第4話 傘

5月17日水曜日。天気は晴れのち雨。

朝、家を出る前に天気予報を調べていた立花は鞄にお気に入りの折りたたみ傘を入れて登校する。

学校に徒歩で向かいながら昨日の休み時間に階段の踊り場で出会った中村との事を思い出す。

「卓也って…誰よ?」

「えぇ!?誰って小柳卓也だよ!歩美ちゃんと同じ1組の!…あれ?歩美ちゃんが卓也に告白したって噂で聞いたけど…違ったかな」

立花は目を閉じて考えると中村は間違った情報で動いてしまった自分に焦りを見せる。

「…あ!そうだったわ!そうそう、アイツの名前卓也だったわ!うん、した!」

「だ、だよね!歩美ちゃんって本当に面白いね!その反応面白くて私好きだな。でもさ、名前も知らないような相手によく告白なんてしたよね」

「そんなの関係あるの?」

何も混じりけのない真っ直ぐな瞳で見つめる立花の言葉に中村は少し戸惑ってしまう。

「はは…確かにそうだね。一目惚れだと名前知らなくて…って話もあるし不思議じゃないかもね。でも同じクラスだよね?少しは関わりはあったりしたの?卓也から恵美ちゃんの話聞いたことないけど」

「一目惚れ?だってそもそもあの告白は…」

「歩美いた!急に休み時間に消えたから探してたんだよ?そろそろ移動しないと次の授業移動教室だし村田(むらた)の授業だよ!」

中村にあの告白は罰ゲームだと伝える前にいつもの3人が立花を見つけて近づく。

「そうだったわ!ごめん恵美ちゃん、次の授業の準備もあるしまた今度話そうね」

「あ、そうだね。またね歩美ちゃん」

立花は中村の手を解いていつもの3人と次の授業へ向かった。


(あれ?そういや恵美ちゃんはアイツの事名前呼びしてなかった?)

今になって気づいた立花は少しモヤモヤしながらも学校に向かう。

学校に着いて学校指定の上履きに履き替えようと靴箱を開けていると小柳が登校して立花の隣に立つ。

「あ、おは…じゃないわ!単語帳は書いたの?提出期限明日までよ?」

「書いてないし提出期限あるなんて聞いてない」

「本当に?実はもう既に書いてて私に意識し過ぎて渡す勇気がないだけじゃないの?」

「はいはい。勝手に言ってろよ」

「怪しいわ…ちょっと鞄の中見せなさいよ!」

立花は小柳の通学鞄の中を調べようとするが途中で奪い取られて小柳は立花を置いて1人でそそくさと教室に向かった。

(ふふ、きっとアイツは本当に私が単語帳のために鞄の中を無理やり調べたと思ってるわね。甘いのよ…私が調べたのはアイツの傘よ!)

今日の朝、天気予報を調べた時に立花は1つの作戦を考えていた。

その名も相合傘作戦だ。

1つの傘に2人が入る。強制的に距離が近づき嫌でも相手を意識してしまう荒業だ。

(アイツの鞄には傘がなかったわ。ってことはこの相合傘作戦さえやれば私のことを好きになるに違いないわよ!)

立花はニヤニヤしながら階段を登って2階の左側、一番遠い2年1組の教室までの長い廊下を歩く。

教室に着くといつもの3人が先に席に着いて立花の登校を待っていた。

「はよー」

「はよー。あれ?歩美、顔がニヤけてるけど何か良いことでもあったの?」

「ふふふ…どうでしょう。それより昨日話した合コンの件はどうなったの?やっぱり厳しかった?」

「気になるなぁ。あ、その件なら来週の中間テスト後だったらなんとかいけそうだよ。今のところ28日予定かな。空けといて」

「歩美の条件で探すの本当に苦労したんだよ」

「あの知り合いが多い佳奈でも苦労したとは…やっぱりそうよね。悪かったわ」

「それでも見つけてくる佳奈も100%凄いけどね。さすがメッセージアプリの友達のもうすぐ4桁さん」

「そのアダ名はやめてってば。でも私にできることはしないとって思って。だってこの前は歩美に迷惑かけたし…」

「それはもういいってば。今回は私が頼んだわけだし、皆は気になった人がいたら私に教えなさいよ!私の目的以外は全力で協力するわ」

「よろしくお願いします歩美様。そういや今日は話しかけないの?例の空気君にさ」

「アイツ?ああ、いいの。放課後があるから」

立花は相合傘作戦を実行をするためにひたすら放課後と雨が降ることを待つことにした。


放課後、天気予報通りとはいかなかった。

午後から空は曇ったものの雨は未だ降らず。

立花はいつもの3人と別れて校門前で小柳が通りかかることを待つためスマホを触りながら時折空を見上げ雲の流れを確認する。

(雨降りなさいよ!せっかくいい作戦だと思ったのにこれじゃ台無しだわ。また別の日にと思っても雨降る日とアイツが傘を忘れてくる日が同じじゃないと無理だし…。さすがに条件が厳しかったわね)

立花が腕を組んでどうしようかと考えているとヘッドホンを耳に掛けた小柳が立花に気づくことなく目の前を通り過ぎる。

「ちょっと待ちなさいよ!」

(こうなったら一緒に下校して私のことを意識させる作戦に変更だわ!)

立花は小柳に近づいてヘッドホンの片方を外すと小柳は振り向いて立花の存在に気づく。

「うわ。だから書いてな…」

「一緒に帰るから!一緒に帰ってあげるわ!」

「何で?」

小柳はヘッドホンを首に掛ける。ヘッドホンからはテンポの早い洋楽の音が少し漏れていた。

「私も帰り道こっちだし。今日は週刊少年フライの発売日じゃないから大事な用事はないわよね?何、ダメなの?」

「ないけど。だからって別に一緒に帰らなくても…」

「ほら!行くわよ!さっさと歩く!」

立花が歩きだすと小柳はやれやれとその後ろを周りの生徒たちの目を気にしながらついて行く。

通学路を縦並びで2人は歩いて下校する。

「そういやもうすぐ中間テストだけど小柳君は中間テストの勉強はちゃんとやってるの?」

立花は後ろを振り返る。

「まあ…。立花は?」

「私は一夜漬けで乗りきるタイプだから!どうせ今回もきっといけるわ」

立花は再度後ろを振り返る。

「へぇ。凄いな」

「でしょ?でも毎回赤点ギリギリだけど」

立花は再々度後ろを振り返る。

「そうか。ギリギリか」

100mくらい歩いた先の歩行者信号機の点滅が赤に変わり立ち止まる。

「想像してた一緒に下校と違う!だいたい何で私が一々振り返らないといけないわけ!?そのうち私の首がもげるわ!私の隣に立って歩きなさいよ!」

「いや、でも…」

「何よ!?何かあるんだったらはっきり言いなさいよ!また変な用事とか言ったら許さないわよ?」

「だって他の奴らに見られてるし…また変な噂になったら立花に迷惑かかるし…」

小柳は頭を掻きながら立花から少し目線を外し申し訳なさそうに言う。

「はぁ…。バカじゃないの!?私が一緒に帰りたいって言ってるの!変な噂とか迷惑かかるとか、私がしたいようにしてるんだから気にするわけないわよ!」

2人の周りで信号待ちしてる人々からの目など気にすることもなく大きな声で思った気持ちを素直に伝える立花に小柳は目を見開いてその場で動けなくなる。

「ほら、青になったわ。私が隣に立って歩くから歩幅合わせなさいよ?」

そう言って立花は小柳の隣に立って2人はゆっくりと信号を渡って歩き始めた。

しばらく無言が続く。

(何かさっきより話さなくなったじゃないの!なにこの気まずい感じ?そりゃ私から一緒に帰ろうと誘ったから私から話さないといけないのはわかってるけど…やば、もう少ししたら分かれ道…時間がないわ)

少し先に見えるのはブランコとちょっとした砂場くらいしかない小さな公園。ここが2人の帰り道の分かれ道だった。立花は焦っていた。

「立花」

「何!?どうしたの?」

まさか小柳から声を掛けてくると思ってなかった立花は驚いて歩くことを止めてしまう。

小柳は歩くのを止めて鞄の中に手を入れて何かを取り出そうとしていたがその時冷たいものが肌に触れる。

「雨だ」

(今降ってんじゃないわよ!タイミングどうなってんの…まあでもこれで相合傘作戦が使えるわ。無理やりにでも作戦実行よ!)

小柳は鞄を閉じて雨に濡れないように庇いながら走る姿勢をとるが立花は自分の鞄から折りたたみ傘を取り出して目の前で開く。

「ほら、どうせ傘忘れたんでしょ?仕方ないから入れてあげるわよ。ってか入りなさい」

立花は折りたたみ傘に小柳を入れようとするが、持ってきたお気に入りの折りたたみ傘が小さいため体を丸めて入っても2人の片方の肩は傘からはみ出てしまった。

(あぁ…左肩が濡れて最悪…。とりあえず相合傘は成功よ。あとはアイツがこれをどう思うか…)

「俺が傘持つよ」

小柳は立花の身長で傘を持たれると骨組みが頭に当たって痛いため自分が傘を持とうとハンドルに左手を持っていくが立花の手と触れてしまう。

「ちょっと!」

「悪い…傘に入れてもらってるからせめて俺が持った方がいいと思って」

「違うの!ちょっとびっくりしただけよ。じゃあ…傘、お願い」

「わかった」

傘は小柳が持って鞄は濡れないように2人の間に挟まれている状態。それでも2人の距離がここまで密接になったのは初めてだった。傘に響く雨音が心地よい。

(相合傘作戦成功…これは流石に意識するはずだわ!この私がこんな近くに居るわけだし、私の手だってアイツは触ったのよ?)

立花は小柳の表情を確認しようとするが距離が近いため顔を振り向くことが難しい。

「恵美ちゃんとはどういう仲なのよ?」

自分の発言に立花は驚く。思い返すと手を触れられた時に昨日の中村に手を触れられた事を思い出した。2人の共通点には中村がいる。

会話の話題としては不自然ではなかった。

(今聞くべきじゃなかった!せっかく私を意識してたのに恵美ちゃんの存在が邪魔しちゃうわ!)

「恵美?ああ、小さい頃からの幼なじみ。まさか立花の口から恵美の話が出てくるとはな。恵美と知り合いなのか?」

「なるほどね!いや、小柳君のことを名前呼びしてたから何でかなって思って聞いただけよ。知り合いというか少し話しただけね。結構可愛い子じゃない?まあ私程じゃないけど」

「そうなのか。確かに名前呼びするやつ恵美しかいないかも」

(ミスった!アイツの頭が恵美ちゃんでいっぱいになってしまうわ!話題を変えないと。えっと…えっと…)

「雨ね」

(何言ってんの私!?雨だからこうなってるのに…話題変えるの下手くそだわ)

「だな。ってか立花ってどこに住んでるの」

(えぇ!?急に積極的じゃないの!どうして家なんか…あ、もしかして私の親に私を産んでくれてありがとうって感謝したいの!?それってつまり、私のことを好きになったってことじゃないの!?…やったわ!これで後は告白されるだけよ!やっぱり私の可愛さは誰にでも通じる挨拶みたいなものよね!)

「そうね、ここからだと15分くらい歩いたところだけど、どうして聞いたの?ねぇ?何でよ?」

立花は隠しきれない程の勝ち誇った表情で小柳に少し体をぶつけながら聞いた。

「いや、もう俺の家着いたから」

一気に立花の感情は失われ真顔になる。

(アイツは自分の家に着いたのに歩き続ける私を止めようとしただけだったわ)

小柳の視線の先には住宅街の中で目の前には青い屋根の二階建ての一軒家が建っていた。

「へ、へー、この家に住んでるのねー立派なお家じゃないのー庭もあって夏なんてそこでBBQなんかしたりできそー」

「こっちで待っててくれ」

そう言って小柳は家のドアを開けて立花を招き入れた後に玄関に残すと1人奥の部屋へ向かった。

(相合傘作戦は一応できたけどイマイチな反応ね。この私を振るくらいだしそう簡単には好きにはならないとは思ってたけど…こんなにも響かないものなのね。なんか腹立つってよりも悔しいわ)

立花は玄関口の下駄箱の上に置いてある熱帯魚が入っている水槽をぼーっと眺めていた。

(わーエビ可愛いー透けてるー)

「これ」

奥の部屋から戻ってきた小柳は立花に綺麗に畳まれたバスタオルを渡す。

「何よこのバスタオル。今治タオルってこと?ん?」

「いや、俺のせいで左肩濡れただろ。だから」

申し訳なさそうな小柳を見た立花はそのぶっきらぼうな優しさに笑ってしまう。

「なによそれ!だったら洋服を貸しなさいよ!まだ私は今から歩いて家に帰るんだしこれじゃ乾かないわ!」

「そうか。悪い…そこまでは考えてなかった」

「いいのよ。じゃあ…有難くこれ借りるわ。また明日。風邪ひかないようにね」

立花は小柳から借りたバスタオルを持って自宅に帰っていった。

小柳は通学鞄を持って脱衣所に向かう。

脱衣所に置いてある洗濯機の上で急いで通学鞄の中を調べる。

何かを確認して安心した小柳は濡れた体を温めるため浴室でシャワーを浴び始める。

洗濯機の上には逆さになった単語帳が置いてある。

その単語帳は立花の質問に小柳の文字で答えが埋まっていた。

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