第3話 謎謎

「ただいま」

立花はコンビニの袋と鞄を玄関マットの端に置くとゆっくりと靴を脱ぎ始める。

「お帰りおねーちゃん!その袋何!?」

元気よく玄関にやって来たのは立花の妹で小学校3年生の立花愛美たちばなまなみだ。

ここは立花歩美の住む8階建ての8階、820号室のマンションの一室である。

家族は父、母、歩美、愛美の4人構成で女性の割合が多い分女性が強い家庭だ。両親は共働きのため帰宅する時間が遅いので学校から帰宅後は姉妹で過ごす事が多い。

「これはその…甘い、甘いやつよ…?」

「もしかしてスイーツ!?ダメだよ!おねーちゃんまた太るからマナがこれ食べる!」

立花は妹に痛いところを突かれて顔をムッとしていると妹は隙を見てコンビニの袋を持ってリビングに小走りで向かう。

「こら、マナ返しなさい!わかったわよ、少しだけあげるから!少しだけよ?」

テレビの音だけが響くリビングで妹は大きなソファに座るとコンビニの袋の中身をまるで宝探しをしているみたいに楽しそうに確認している。

テーブルの上には宿題だと思われる算数のドリルと鉛筆が転がっていた。

「わー、これ美味しそう!マナこれがいい!この…ゆうめいみせ…なんとかってやつ!」

そう言って妹はコンビニの袋からシュークリームを取り出して立花に見せる。

(これは…最近ネットで話題の有名店監修の私が1番楽しみにしてたやつじゃない…!それをチョイスするなんて…この妹、やるわ…!)

「んー…でも、それよりこっちのエクレアの方が絶対美味しいわよ!ほら見て、美味しそうよ!このシュークリームは私みたいな大人向けだからマナにはまだ早いわ」

立花はカスタードクリームがたっぷり詰まったエクレアを袋から開けて妹の顔の前に近づける。

「マナこのシュークリームがいい!おねーちゃん、食べちゃダメなの…?」

妹は知っている。姉の扱い方を。

こういう時に上目遣いで甘えれば姉は私の言う事を聞いてくれると。何度も経験済みだった。

「…わかったわよ!食べていいわ…」

この姉は妹に対してチョロかった。

「やったー!おねーちゃん好きー!」

立花はエクレアを袋に戻してミルクティーを1口飲むと冷蔵庫に入れる。

「マナだからシュークリームをあげたのよ!これがもし違う妹だったらエクレアだから。いや、エクレアもあげてないわ。私に似た顔だから可愛くて断れないだけで…」

「んー!美味しい!おねーちゃん美味しいよ!なるほど、これが大人の味なんだね!マナ大人になった気分!」

「聞いてない…はぁ、良かったわね…。お姉ちゃん今日もう疲れたから先にお風呂入るわ。ちゃんと宿題しなさいよ」

精神的に疲労した立花は洗面所でコンタクトを外し、脱衣所で服を脱いで浴室で体を軽く洗うとゆっくりと湯船に浸かる。

(はぁ…それにしても今日は本当に色々あったわ…)

真っ白な天井を見つめて今日1日で体験した出来事を振り返っていた。

(罰ゲームで同じクラスなのに全く知らないアダ名が空気君って呼ばれてるアイツに嘘ついて告白したのに何故か振られちゃって…。実はこれドッキリでしたー!って伝えて…ん?あれ?伝え…)

「ドッキリって伝えてないじゃないの!!」

立花は小柳に罰ゲームで告白したとネタばらしをする前に去ってしまったことに声を上げて思い出す。

その瞬間妹は冷蔵庫の中からエクレアを取り出そうと伸ばした手を止めて冷蔵庫をそっと閉める。

「ま、まあ?結局振られたのは変わりはないわけだし…。この私を振るなんてどうかしてるわ。今頃他の男子は驚いてるわよね。メッセージも何件か着てたくらいだし。そして…例の大事な用事よ…」

今にも沸騰しそうなくらい立花の顔が真っ赤に染まる。

(他の女子に負けるよりも屈辱だわ!敵が週刊誌なんて聞いたことないわよ…!そもそも他の女子って…アイツに好きな人はいるわけ?まさかの彼女がいたり?それだったら振られたのにも納得…いや、週刊誌優先してたわ。そういやアイツの事何も知らなかったわね)

立花との関わり、絡みがないからこそ罰ゲームの対象として選ばれた小柳だが、余りにも彼を知らない事に気付かされる。

(まずはアイツの事を知らないと何も行動できないわね。いいわ、私を振ったこと後悔させてやるわよ…)

今までしたことないような悪い顔で湯気まみれの風呂場で決意する立花だった。


5月16日火曜日。天気は晴れ。

ここ最近は天気が悪かったため久しぶりの日差しに鬱陶しいくらいの眩しさを感じる。

立花は昨日の件が嘘みたいにいつものように徒歩で登校しているが、行く先々で立花を見かける生徒達の小声の会話が嫌でも目立ってしまう。

「ほら、あの立花さんがよくわかんない奴に昨日告白したらしいよ」

(ふふ…よくわかんない奴って。アイツは名前すら知られてないじゃない。笑えるわ)

「しかも振られたらしいよ。びっくりだよね」

立花はその生徒達を鋭い目付きで睨みつける。

「やべ、聞こえたかな…立花さんおはようございます。今日は天気も良くて素晴らしい1日になりそうですね!ははは…」

焦った生徒達は走ってその場を離れる。

(まあいいわ。そのうちアイツが私に告白してきて思いっきり振った事実だけが上書きされるんだから!)

昨日の風呂上がりから就寝前までに1つの策を思いついた立花は徹夜までして作り上げた代物があった。確認のため鞄を入念に調べる。

(よし、ちゃんと持ってきてたわ。覚えてなさい!これはアイツに仕返しするための序章よ!)

それから教室の自分の席に着くまで生徒達の小声が止むことはなかったが、立花の耳には何も聞こえていなかった。

何故なら立花は小柳を好きにさせるため既に次の段階へと頭が切り替わっていたからだ。

彼女は1つの事にしか集中できない性格だった。

(アイツは…どうやらまだ来てないみたいね。もしかして私を振ったことに凄く後悔して眠れなくて寝坊でもしてるんじゃない?)

「歩美はよー…」

いつもの3人が小柳より先に教室に入ってくる。

「はよー。あれ、皆テンション低くない?朝からどうしたのよ。髪が上手く決まらなかった?」

昨日の夜にいつもの3人はそれぞれ立花宛に長文で謝罪のメッセージを送っていた。

だが立花は深刻に捉えていないため「OK」のキャラクタースタンプで返信したが、3人にとっては長文謝罪をスタンプ1つだけ返事するという事は凄く怒っているのではと重く受け取ってしまっていた。

「いやぁ、だって昨日あんな事に…」

「いいのよ、元は私のせいだし。もうこの事で謝るのなし!いつも通りに仲良くしたいわ。このいつメンで」

「ありがとう…。うん、これからもよろしく。もうこれからは罰ゲームなんてなしにしよう。何かあったらいつでも協力するからね」

「よろしく。それでね、早速協力してもらいたい事があって…あ、来たわ」

小柳が前のドアから教室に入ると昨日の件でクラスメイトの視線が一斉に集まるが席に着くなり顔を下げて昨日の朝と同じように眠りにつく。

「まあ空気君は来たけど、それで協力って何をしたらいいの?」

「それは今じゃなくて…また後で話すわ!ちょっと私アイツのところに行ってくるから待ってて」

そう言って立花は自分の鞄を持ち、空いていた小柳の前の席に座って小柳に振り向く。

「小柳君おはよう」

立花は笑顔で顔を伏せている小柳に挨拶をするが全く動く気配がない。

周りのクラスメイトや廊下から告白の件を知ってわざわざ見に来ている生徒達は立花が振られたのに積極的に挨拶していることに驚いていた。

「………何か?」

小柳は顔を伏せたまま立花に聞こえるか聞こえないかくらいの声の大きさで答える。

「昨日言ってた大事な用事…週刊少年フライはちゃんと買えたみたいね!」

この一言に寒気がした小柳は顔を勢いよく上げる。

笑顔で話しかける立花に少し怯える。

「あ、こっち見た。小柳君おはよう」

昨日小柳に告白した時に言われた言葉で返す。

「はい…おはよう…ございます…」

「面白かった?私をすぐ振ってまで読みたかった週刊少年フライは」

「まあ…」

「それは良かったわね。へぇ、私をすぐ振ってまで読みたかった週刊少年フライはそんなに面白いのね。何を読んでるの?」

小柳は立花には大事な用事としか伝えていないし週刊少年フライを購入している事を知っている。そして菩薩のような笑顔。

表情1つ変わらない立花は小柳にとって恐怖でしかない。

「全部読んでるけど、特に気絶の大河とか…」

この一言で立花の表情がいつも通りに戻り、鞄から2つの物を取り出すとその1つを小柳に渡す。

「はい!知らないことを知るならこれよ!」

立花が小柳に渡した物は英語の単語などを覚えるために使われる1穴リング留めの細いカードが何十枚にも連なっている単語帳だった。

「え…?なんだこれ」

「まさかの単語帳を知らないの!?これは表に単語を書いたりして裏にその単語の意味を書いたりするの。勉強の時使ったりするわ。わかった?」

「いや、単語帳の使い方は知ってるけど…」

「じゃあ説明させないでよ。それでもわかんないの?私は小柳君の事知らないし小柳君は私の事知らないじゃない?だからこれで教えあうのよ」

小柳は戸惑いながらも受け取った単語帳1つをパラパラと捲ると、表面には名前から無人島に持っていきたいものまで質問がびっしりと書かれていた。

「これは小柳君用。表は質問が書いてあるから裏に小柳君の答えを書いてくれればいいわ」

「うわぁ…。めんどくさ。だいたい何で俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ」

「はぁ!?私がせっかく作ってきてあげたんだから書きなさいよ!あとこれ」

立花はもう1つ単語帳を小柳に渡す。

「もう1つ?もしかして…」

「その通りよ!こっちは私の事が全部書いてあるわ!これで今まで知らなかった私の事を知ることができるわね!おめでとう」

「いや…いらな」

立花は小柳の言葉を遮るように自分の単語帳と小柳に書かせる単語帳を手に取って無理やり小柳の通学鞄に押し込む。

「わかったらちゃんと書きなさいよ!書いたら私のところに持ってくるように」

そう言い残して立花は3人のいる自分の席へと戻っていった。

「ちょっと歩美!」

「皆どうしたの?やっぱり髪が決まらなくて…」

「違うよ!今空気君にやってたこと本気なの?単語帳のやつ」

「あれ?もちろん本気よ。ほら、まずはお互いの事知らないといけないでしょ?」

「いやぁ…。だったら他のやり方とかあったんじゃないかなぁ?そういうのって一緒に会話したり過ごしたりして少しづつ知っていくものじゃない?」

「そんなの回りくどいだけじゃない。私の事を好きにさせるのに時間なんてかけさせないわ。すぐ好きになってもらって復讐するためよ」

立花の驚くほどの自信と態度に3人は何も言えなくなってしまう。

「それよりさっきの協力してほしい話のことだけど」

「何だろ…今の歩美からのお願いってちょっと怖い気がしてならないけど…」

息を呑む3人に立花は1度姿勢を正すと両手を合わせる。

「合コンをセッティングして欲しいのよ!」


2限の休み時間。やはり小柳の姿は教室から消えていた。

「ったく、アイツはどこにいるのよ…。さすが陰でのアダ名が空気君って呼ばれてるだけあるわ。本当はこの学校に存在しない七不思議とかじゃないわよね?だったら告白したことはノーカンよね!」

この学校に入学して1年が経つため学校施設はある程度把握しているはずだが思い当たる場所に小柳の姿はなかった。

(まあいいわ。問25に学校で好きな場所と書いたからアイツから単語帳が戻ってきたら居場所がわかるわ!これでそう簡単に逃げられなくなるわよ!)

階段の踊り場で高らかに1人で笑う立花を横目に生徒達は通り過ぎていく。

「立花歩美ちゃんだ」

1人の女子生徒が立花に気づいて話しかけてくる。

(誰だっけ?どうせアイツに告白して振られた人ってことで近づいてきたのよね。ここは適当に挨拶だけしておくわ)

「はいはいあの立花歩美です。こんにちはー」

「こんにちは。昨日はぶつかりそうになって危なかったけど大丈夫だった?」

(昨日はぶつかりそうに…。あ、そうだわ!私がアイツのストーカ…いや、追いかけてあげてた時の!)

「あの時はごめんなさい!急に振り返ったから後ろを全く見てなくて…まさか人がいるなんて…」

「いえいえ、私もスマホ見ながら歩いてたしごめんね。ってか同じ2年だからタメ口でいいよ」

「そうなの?じゃあ、タメ口よ!」

「切り替え早いね!ふふっ、面白いね歩美ちゃん。私は3組の中村恵美なかむらめぐみ。恵美って呼んでほしいな」

彼女の名前は中村恵美なかむらめぐみ

2年3組で2人とはクラスは別だが同級生だ。

身長162cmでスタイルは良く、髪留めのシュシュが特徴的で綺麗な黒髪のポニーテール。

顔は綺麗系より可愛い系だが、身長が立花よりも高く、会話している感じからは大人のお姉さんの雰囲気が出ている。

「恵美ちゃんでいいの?よろしくね!私は…」

「もちろん知ってるよ。立花歩美ちゃん、学校で男子にも女子にも人気があってその明るい性格で誰とでもすぐ仲良くなっちゃう。可愛くて素直さん。正直羨ましいな」

褒められて当たり前かのように頷く立花の小さな右手を中村は両手で覆うように握ると顔を近づける。

「そして、卓也に告白した女の子」

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