第2話 大事で大事

学校の屋上に流れ吹く風はまだ少し肌寒く、今にも雨が降り出しそうな空は絶好の告白日和とはいかなかった。むしろ状況は最悪だ。

簡単に終わらせようとした罰ゲームは次第に事が大きくなり取り返しのつかない大型一大イベントになってしまっていたのだ。

周りの生徒達やいつもの3人も固唾を呑む。

無理やり屋上に連れられてきた小柳は両手を握ったまま立花と生徒達を交互にチラチラと見ては落ち着かない様子だった。

(これは完全に意識してるわね!この罰ゲームが終わったら今後、いや一生絡むことはないけど今だけは幸せな時間を味あわせてあげるわ!)


その日の昼休み。2年1組の教室にて。

立花は母が作った弁当を食べ終わると小柳を探しにすぐさま教室を出ていく。

空席になった立花の席の周辺に残されたいつもの3人は朝の登校の途中でコンビニで購入した惣菜パンを食べながら話す。

「本当に歩美は告白する気満々だよね。まさかここまでやる気になるとは思わなかったよ」

「だね。今まで1番最悪な罰ゲームだと思って提案したはずなんだけどな…。だからこの罰ゲームが終わったら昨日の事は絶対にチャラにしよう」

「そうだよね。でも昨日は本当に酷かったよ。歩美が来れないってなった時の男性陣のテンションの下がりよう。温度差で風邪ひきそうだったよね」

「ホントね。立花さんのオマケの3人なんていらねーよって。100%あれ聞こえてたし!どうせなら聞こえないところで言って欲しいもんだよ」

「1次会の途中で解散になって本当に良かった。あんな失礼な男共こっちからお断りだっての。顔も話も性格も全部が最悪だったし」

「思い出すとまたムカついてくるわ。連絡先速攻ブロック。歩美が来なかったのも勿論悪いけどさ、それでもあの扱いは酷いよ」

「所詮私たちなんて歩美の引き立て役なんだよ。でもさ、引き立て役だって恋したりしたいもん…」

「だねぇ。ほんの少しだけ歩美にとって嫌なことさせようって考えてたら…昨日の事思い出して、気持ちが溢れてしまって止められなくて…歩美に八つ当たりして最低なことしたよね私…」

「大丈夫だよ楓。どうせ100%OKもらってドッキリでしたってネタばらしして終わるから!ほんの少しだけ嫌なことにはなると思うけどね」

「終わったら歩美の好きなケーキでも奢って謝ったら大丈夫だって!だってあの歩美だよ?」

「確かに…そうかもね。そうだよね!」


放課後、3人は小柳を靴箱付近で見つけて屋上に無理やり連れて行く。

「えっ、なんでこんなに生徒がいるの…?」

「どうやら歩美が他の生徒たちに空気君に大事な話があるから見つけたら教えてって手当り次第声掛けてたらいつの間にかこうなったみたい…」

「あちゃー。こんな大事にするつもりなかったんだけどなぁ。歩美は…うん、大丈夫そう。いつも通り自信満々の可愛い顔だね」


「小柳君!」

立花の一声でザワついていた生徒達が一瞬にして緊張が走りその場が静けさに包まれる。

呼ばれた小柳は返事こそはしないが立花の方に顔を向けて話を聞く姿勢にはいった。

向き合う2人はまるで今から西部劇で観るガンマン勝負でも始まりそうだ。

(よし、ちゃんとアイツは聞いてるみたいね。楓、美咲、佳奈、それにetc、ちゃんと見てなさいよ。これが合コンをドタキャンして罰ゲームとして行う私の嘘の告白よ!しかとその目に焼き付けなさい!)

立花は大きく息を吸い込むと強烈な頭突きでもかますヤンキーくらい思いっきり頭を下げる。

「好きです!付き合ってください!」

実にシンプルな告白だった。

これは立花が高校生活の中でされた数多くの告白の1つで1番素直に気持ちを伝える手段として1番印象に残っていた告白の手法を真似をしたものだ。

周りの生徒達は互いに顔を見合わせて驚きを隠せていなかった。

(ふふ…完全に決まったわ!私からの告白があまりにも嬉しくて気絶して何も言えないみたいね!わかるわ。でも残念ながら時間よ。せめて私の告白を受けて顔を真っ赤にでもしてるところを見てあげるわ!)

立花は鼻で笑いながら下げていた顔をゆっくりと上げて小柳を表情を確認しようとする。

足から腹、腹から胸、胸から首、首から…顔。

小柳は真顔だった。証明写真でも撮るかのように。

「あ、やっとこっちを見たか」

(真顔!?はぁ?嘘でしょ!?この私が告白してあげたのに何その反応!?嬉しすぎて逆に真顔ってこと!?逆に真顔って何!?もしかして表情が顔に出ないタイプ?ってか、そりゃアンタを見るわよ!)

「えっと…あの…。悪い、誰だ?」

小柳の予想外の一言に立花は脳天に雷が落ちるほどの衝撃を受ける。

「は、はぁ!?私が誰かわかんないの!?嘘でしょ!?アンタと同じクラスの立花歩美よ!私を知らないとは言わせないわよ!」

「立花、立花…。あー、いたな」

「あー。って何よその反応!だいたい人が告白してるのにその態度ってどうなの?それに私が…」

「ごめん」

「ふんっ、ま、まあ反省してるみたいだし態度の事は許してあげるわ!それで肝心の告白の返事はどうなのよ?」

「いや、だからごめんって」

「え」

再び小柳の一言に衝撃を受ける。

周りの生徒達もいつもの3人も唖然とする。

告白する罰ゲームは無事に実行はできたが、まさかの立花が振られるという展開で混乱が起きる。

1番混乱しているは勿論立花本人である。

振られる事など1mmも考えてはいなかったのだ。

(は…?ん、今私を振った…?いやいやいや…。え、私を?これは夢?…だって私よ?この学校で1番可愛い立花歩美を…?え、アイツが?まさか!…有り得ない!有り得ない!有り得ない!有り得ない!!)

「悪いけどもう帰っていいか?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「まだ何かあるのか?」

(私が面倒くさがられてる!?これは罰ゲームでドッキリなのよ!ネタばらしさえすればこの私が振られたことなんてプラマイゼロ!結果的に私はまだ振られていないのよ!そういう事よ!)

「授業中に私の事見てたんでしょ!?」

プライドの高い立花はネタばらしよりもまだ少しでも可能性のある小柳の気持ちを確かめた。

「授業中…?ああ…そうだな、うるせえなと思って何度か見たかも」

立花、3度目の衝撃。後に語られる事件である。

「ははは…。そうなのね…うるさくて…へ、へぇ…面白いこと言うわね…」

3度も衝撃を受ければいくら強気の立花でも体中の力がパンクしている自転車の様に少しづつ抜けていくのは当然であった。目眩が襲う。

「大事な用事があるから帰るわ。じゃ」

「実はこれドッキ…」

立花の発言を最後まで聞くことなく小柳は足早に屋上から抜け出して去っていった。

残された立花はその場で1人立ち尽くす。

30人ほど見にきていた生徒達も何も言葉を発することなく続々と屋上から去っていき、気づけばいつものメンバーだけが寂しく残っていた。

「ごめん歩美…まさか、こんなことになるなんて…ね。さ、さあ美味しいケーキでも食べに…歩美?」

園田は返事のない立花に近づいて確認すると顔を真っ赤にして今にも泣きそうな表情で握りしめていた手が震えていた。

「せないわ…。許せないわ…」

「…そうだよね。全部私が悪いよ。私がこんな罰ゲームをさせるからこんなことになってしまっ…」

「この私を振るなんて許せない…」

「え…?」

「私の事を知らない…?はぁ?だったら全部教えてあげるわよ…。私をこんな気持ちにさせるなんて…屈辱だわ…。小柳卓也、覚えたわよ…アイツを好きにさせてやるわ…」

「ちょっと歩美、大丈夫…?」

「絶対に私の事を好きにさせて今度はアイツが告白してきたら思いっきり振ってやるんだから!!」

小柳に振られたことにより立花の心には根深く鋭い棘が刺さった。

いつもの3人に強い罪悪感が芽生えたと同時に立花には復讐心が芽生える。

罰ゲームとして、ドッキリとして嘘をついて告白をした事でこれから少しづつ立花の心は変化していくことになる。


「それじゃまた明日ね!私は大丈夫だから!」

先程の事が嘘のように笑う立花は徒歩で通学できる距離だが、他の3人は電車通学のため毎回校門の前で別れる。

(そうよ、まずは甘いもの…今の私を救ってくれるものは甘いもの!甘いものを食べて落ち着かないと!)

振られた衝撃でハイになっていた立花は糖分を欲しスマホを取り出して地図アプリを使って某コンビニの場所を調べる。

最近のコンビニのスイーツはレベルは高く、その系列店にしか売っていないお気に入りのスイーツを買うために走って向かった。

周りからの目など気にすることなく全力疾走で駆けていく立花の目にはまだ涙が溜まっている。ドライアイのせいにする。

「大事な用事があるから」小柳の一言をふと思い出してしまった。

(だいたい大事な用事って何よ!?私からの告白より大事な用事って何?是非知りたいものだわ!もしくだらない用事だったら絶対に許さないんだから…)

某コンビニに着くとスイーツコーナーに並んであるティラミスやシュークリームをカゴの中に一斉に入れる。その姿はブルドーザーだ。

(あとはミルクティーでとりあえず完璧ね…。こんなに糖分を必要としたのはいつぶりだっけ?また…)

ドリンクコーナーで3社から発売されているミルクティーを吟味する。

(この前買ったこれは後味が甘ったるい感じだったしこっちは後味スッキリって書いてあるけど…悩むわね…)

立花が選んでいるとコンビニに入店して慌ただしく雑誌コーナーを確認する客がいた。

「やっとあった!良かった」

ドリンクコーナーから雑誌コーナーの客をそっと覗いてみると、そこに居たのは嬉しそうな小柳だった。

(はぁ!?なんでアイツがいるのよ!大事な用事があるって言ってたじゃない!)

手には週刊少年フライを持ってレジに向かう。

初めて嬉しそうな表情をする小柳を見た立花は何も言えないまま商品棚に隠れてしまった。

そして何かに気づいた立花はその場で週刊少年フライのホームページを調べる。

発売日は毎週月曜日。今日。

「やっとあった」何軒か回った。

大事な用事。ネタバレ回避

(もしかしてアイツの大事な用事ってこれ!?!?)

小柳にとっての大事な用事とは立花の告白よりも週刊少年フライだった。

購入予定だったスイーツやミルクティーをカゴから商品棚に戻して急いで小柳の後を追う。

(許せない!予想以上にくだらない大事な用事だったわ!私の告白より週刊少年フライの最新号?…それにあんなに嬉しそうな顔…私が告白した時なんて真顔だったじゃないのよ!これは絶対に許せないわ…)

小柳はスマホからBluetoothでヘッドホンに音楽を飛ばして流しながら家まで歩く後ろをこっそりと立花はついて行く。

(なるほど、徒歩通学って事は私と同じなのね。何かと一緒に行動しやすそうだわ。あの大きな看板を左に行って…あ、そこの角を曲がるのね…って私ストーカーみたいじゃないの!)

「やめた!なんだか私バカみたい!アイツを好きにさせるために行動するのは明日からにするわ。それより今は甘いものよ。帰ろ」

引き返そうと後ろを振り向くとこちらに向かって歩いていた女性とぶつかりそうになる。

「ごめんなさい!」

「こちらこそ」

立花はコンビニで先程購入予定だった物を買うために急いで戻った。

その後ろ姿をしばらく眺めている女性。

「立花歩美ちゃんか。へえ」

立花と同じ制服を着た彼女は何かを確かめたみたいに笑みを浮かべた。

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