第五章 すれちがい
俺、捨てられる?
「日向くんのクラスはなにを歌うの?」
「合唱とは似ても似つかないような曲だよ」
合唱祭である。
合唱祭とは一般的にクラスごとの行事で、俺と翠はクラスが同じではない。
それが意味することはなにか。
「合唱祭、だるいなあ……」
「私はそうは思わないよ。でも確かに、日向くんとクラスが違うっていうところはあんまり好きじゃないかも」
体育祭は学年行事だったし、文化祭はクラス行事ではあるものの翠とデートする約束があったからまだ良かったが……。
合唱祭である。面白味が全然ない。
だって合唱祭デートとか聞いたこともない。
「合唱祭で忙しくなったら、翠となかなか会えないからな」
「そっかあ、そう言われたら合唱祭のこと好きになって、とは言えないなあ……」
「合唱祭はともかく、そのすぐ後に来るクリスマスは楽しみだよ」
高校に入学する前とか、入学してすぐの陰キャだった俺は、クリスマスをボッチで過ごしていたが、今なら翠と過ごすことも出来そうだ。
それが、俺の成長を示す要素になってくれそうで、楽しみで仕方ない。
その前に合唱祭があるのだけれど。
合唱祭といえば、先述の通りいくつもの要素を秘めているが、欠かせないのが女子と男子の軋轢である。
基本的に、男子が真面目に歌わず、それを女子が『ちょっと男子!』と咎める形が有名だ。
「翠はやっぱり入賞狙い?」
「私は、あんなこと言ってるけど別に順位とかは気にしないかな。クラスのみんなと楽しめたらそれでオッケー」
翠にしては消極的な目標だったが、そういえば翠と出会ってから翠がカラオケに行っているのを一度も見たことがないことに気づく。
「実は翠って歌が苦手だったりする?」
「!?」
どうやら図星のようだった。俺も歌は得意な方ではないので翠の気持ちもわかるが、自分は歌が苦手なのに積極的に参加しようと思う心意気には尊敬しかない。
「それじゃあ、そろそろチャイムも鳴るし教室に戻ろうか」
それからの日々はまるで地獄のようだった。
体育祭練習や文化祭準備は授業時間中にも翠に会えるという利点があったが、合唱祭練習はただ単に、俺も苦手な歌をいっぱい歌うだけだ。
しかも放課後の時間も取られるのでなぜかバイトに行ける頻度が下がり、なぜか翠と会える頻度も下がる。なぜ?
文化祭の一件から、これまでよりもクラスの中で信頼されるようになった佐藤ですら、合唱祭は嫌だと零していた。それでいいのか。
とはいえ俺も佐藤の気持ちがわかるサイドの人間なので、下手に佐藤に文句を言うことも出来ない。
合唱のクオリティがなかなか上がらないまま、練習だけを積み重ねる日々が続いた。
そんな日々の中では当然かのごとくに誰もまともに練習していないので、生徒同士が雑談というか無駄話をする時間は増える。
「南野さんって彼氏いるらしいよ」
衝撃的な、嘘かと思うような情報を耳にしてしまうくらいには、雑談の時間は増えていた。
翠に彼氏がいるという衝撃的な現実から逃れようと、もしかしたら俺のことかもしれないと思うが、俺は告白された記憶がなく、翠の彼氏ではないと分かってしまう。
「それ、誰に聞いたんだ?」
「天野が告白して振られたときに、彼氏がいるって言ってたらしい」
情報の筋すら明白で、しかもそれが太陽となれば信憑性はかなり高いと言えるだろう。もともと楽しくなかった合唱祭が、さらにつまらなくなった。
翠に訊いてみないと真相はわからないということはわかっていても、肯定されてしまうのが怖くて訊くことも出来ず、気づけば合唱祭前日になってしまった。
「それじゃあ日向くん、また明日」
明日になってしまえば、合唱祭の席はクラスごとにわけられていて他のクラスの人と交流できる時間は少ない。
彼氏がいるという話について訊くなら今しかない、そう思うのに俺の喉は引きつって、こちらに背を向けて歩いて行った翠に軽く手を伸ばすことしか出来なかった。
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