美少女になんでも言うことを聞かせられる
今、俺の手元には翠になんでも言うことを聞かせられる権利がある。
果たしてこれをどう使ったらいいものか!
翠になんでも言うことを聞かせられる権利とは、美少女になんでも言うことを聞かせられるということである!
……なんでも言うことを聞かせられるからといって、なんでも言うことを聞かせられるわけではないのだけれど。
「キスはたぶんアウトだろう。でもハグは……セーフか?」
もちろん俺としては、翠とは出来る限り深い関係を構築したいと思っているのだが、一気に距離を詰めすぎるのは逆効果だとも聞く。
だがその一方で、俺に対して引くほど急激に距離を詰めてきてくれた翠を相手に取った場合ではその限りではないんじゃないか、という考えが頭をよぎる。
でも、翠だからといって強引に距離を詰めるのはやはり良くないのでは……どの程度のお願いをするべきか。
俺の頭の中は翠になんと言うべきか、それだけで埋め尽くされていて授業も入ってこなかった。
具体的には、ハグをお願いしてもいいのか、それとも手を繋ぐくらいがちょうどいいのかである。
最終的に、下手に欲張って嫌われてしまうと逆効果だということに気がつき、翠には俺と手を繋いでもらおうという結論が出た。
ただし、ただ一度手を繋いでもらうだけでは少しもったいないような気がしたので、俺が要求するのは、『いつでも手を繋がせてくれる権利』だ。
「日向くん、私はなにをすれば良いの?」
「俺が翠に要求するのは、いつでも手を繋がせてくれる権利だ!」
俺の宣言を聞いた翠は、予想外の提案だったというような表情になった。
そして、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「一回手を繋ぐだけじゃないなんて、日向くん結構欲張ったね?」
「……駄目かな?」
俺が翠の目を見つめて不安を強調しつつ訊いた。
翠は返事をせずににこっと微笑んで、俺の方に右手を差し出した。
「それじゃあ握手じゃん」
「確かに」
翠は俺の言葉を聞いてか、今度は俺の左側に移動すると、右手の指を俺の左手の指に絡めるように掴んだ。
これは、女性はともかく男性の中ではイケメンしか使うことが許されない超上級テクニック――恋人繋ぎ、ではないか。
女性がこのテクニックを使うと男性はもれなく即落ちすることで有名なこのテクニックだが、その使用者が翠ともあれば――
冗談抜きで、俺は自分の黒目がハート形になっているんじゃないかと疑わざるを得なかった。
「いつでも言ってね」
翠の笑みを見て、その後言葉の意味を考えて、少しずつ情報を理解しているうちに、『好き』という言葉が反射的に俺の口から零れ落ちそうになった。
だが、今勢いで告白した結果、翠から好意を寄せられていたと思っていたのが勘違いだったとか笑えないので、ぎりぎりのところで抑え込む。
「翠と日向、ずいぶん仲良さげだな」
「「!?」」
陽太先輩の声が聞こえて、俺と翠はそれぞれ反射的に手を離した。
とっさに陽太先輩の声が聞こえてきた方を向くと、そこには月渚先輩もいて、こちらを見て微笑んでいた。
「仲が良いのは良いことだよ」
その言葉を聞いて翠の方を向くと、翠は月渚先輩かと思うくらいに顔を赤く染め上げていた。
そんな翠の姿を見て俺もどこか気恥ずかしくなってくる。
「兄ちゃんと、月渚先輩と、翠さんと日向。全員揃ってるね」
陽太先輩の前では普段よりも頼りなくなることが評判になっている太陽も、姿を現した。
「翠さんと日向、なんだか顔赤くない?」
「太陽くん、それはね……」
「「月渚先輩言わないで!」」
俺と翠による、月渚先輩を止める声が揃って、仕方なくといった様子で月渚先輩は続きを話すのをやめてくれた。
「月渚、なかなか良い性格してるよね!」
陽太先輩が、少し呆れた様子を太陽の前だからと発揮された、明るさというオブラートに包みつつ言った。
実の弟にまで自分の本当の姿を晒すとは、陽太先輩の素にはそれほど自身がないと見えて、なぜか俺が悲しくなる。
そこで、新しい声が割り込む。
「天野くん、君の担任が職員室で呼んでいたよ」
「先輩、ありがとうございます!」
突如現れた武田先輩の言葉を聞いて、太陽は急いで職員室の方へ走って行った。廊下は走っちゃいけないのに。
ちなみに、武田先輩が予想だにしていなかった方向から突然現れた影響で、俺は腰を抜かしてしばらく立てそうにない。
「剛、突然現れると日向くんが死んじゃうよ」
「そうだった、すまない。影山は貧弱だからな」
武田先輩が真顔で言ったが、そもそも俺が武田先輩に弱いのは人間としての正当な生存本能であって、武田先輩に強い他の人たちの方が屈強過ぎるだけだろう。
……そういえば、陽太先輩は武田先輩と互角に殴り合うことが出来るんだったか。それなら武田先輩を恐れないのも納得である。
「……もしかして、月渚先輩って武田先輩と互角に殴り合えるんですか?」
「なんでそうなるの、互角は無理だよ」
「良かったあ……」
「せいぜい瞬殺されない程度だよ」
そっか。
武田先輩に瞬殺されないのか。
「程度という言葉が信用できなくなりました、ありがとうございます」
「大丈夫だよ、私は武田先輩と殴り合ったら瞬殺されるから!」
翠が慰めるように言ったが、武田先輩と殴り合って瞬殺されるのは当然なのでそれはたぶん何の慰めにもなってない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます