やっぱりデートは緊張する

 翠とのデートはもう何度目になるかわからないが、それでもやっぱり緊張する。


 緊張しすぎて、約束の日程、時間、場所が本当にあっているか何度も確認した。


 まだ集合時間にもなっていないのに時計と周りをちらちらと見る。


 すると、約束の時間の五分くらい前になって、集合場所の方へ歩いてくる翠の姿が見えた。


「日向くん、おはよう! 待った?」

「いや、俺も今来たところ」


 定番の質問に対して、定番のセリフで応える。


 このままテンプレをなぞっていったら翠がチャラ男複数名にナンパされるような気がする。


 もしそんな状況になったら、俺はチャラ男には見向きもせず翠の手を引いてその場を離れるだろう。だって怖いもん。


「日向くん、たぶんだけどかなりくだらないことを考えてない?」

「よくわかったね、占い師のセンスがあると思う」

「日向くんはくだらないことしか考えてないからね」


 悪意のかけらもないが、悪意百パーセントと受け取られてもおかしくない言葉が、俺を刺し貫いた。


 人をより強く傷つける言葉は、その人が心の中で思っていることを突いた言葉なんだとはっきりわかる。


「それで、どんなこと考えてたの?」

「翠がもしチャラ男にナンパされても俺は翠の手を引いて逃げることしか出来ないなって」

「大丈夫だよ、私はナンパなんてされないから」


 いったいなにを根拠にそんなこと言いきってしまうのだろうか。


 俺がチャラ男で、もしも翠を見つけたら間違いなくナンパする。


「私はあんまり可愛くないから」


 テストの学年順位が一位の人が、自分はあまり頭が良くないと言ったら、それは十中八九嫌味になる。


「翠は可愛いよ。あんまり謙遜しすぎても嫌味になるよ」

「いやいや、月渚先輩の方が可愛いし」


 翠のその言葉を聞いて、月渚先輩の姿を思い浮かべる。


 ……確かに、月渚先輩の方が可愛い。それに、どことは言わないが月渚先輩の方が翠よりも大きい。


 そこで、俺は目の前の翠の顔を見た。


 ……翠の方が可愛いような。


 結論が出た。


「どっちも負けず劣らず可愛いと思う」

「もう少し真剣に考えて。例えば、そうだなあ……顔を真っ赤に染めた月渚先輩を思い出して!」


 そういえば、顔を真っ赤に染めるのは月渚先輩のお家芸だった。今は吹っ切れたのか、あまりそんな感じはしないけれど。


 実際にその姿を思い浮かべてみる。


「可愛い」

「でしょ? 月渚先輩の方が可愛いんだよ!」

「どっちも負けず劣らず可愛いんだけど、まあそれは置いておこう。ナンパするようなチャラ男の評価基準は月渚先輩じゃないからね?」


 街ゆく女性の顔を見渡したのちに、目の前に立っている翠の顔を凝視する。差は歴然だ。


 俺は今、かなり失礼なことを考えたような気がする。


「いやいやいや、そこのカップルの女の人の方が可愛いじゃん」


 どうせ翠の方が可愛いんだと思いながら、翠が指さした先を見る。


「……月渚先輩じゃん」

「……陽太先輩もいるじゃん」

「……話しかけない方が良いよね?」

「……うん、話しかけない方が良いと思う」


 果たしてこれは偶然なのか、もしくは陽太先輩が自慢の戦闘力で俺や翠の気配を察知したりしたのか。


 俺としては、出来れば偶然であってほしいと思う。


「じゃあ、映画館の方に行こうか」

「そうだね!」


 俺たちは気を取り直すことにした。




「それでは二名様でよろしいですね、五十番スクリーンでの上映となります」

「……五十番」


 すぐ目の前にあったスクリーンの番号を見ると、そこには一番スクリーンの文字。


 どうやら、入り口に最も近いスクリーンを一番スクリーンとして、そこから遠ざかるにつれて数字が大きくなっていくようだった。


 受付で返却されたチケットを手に、翠と二人で映画館の奥へ奥へと歩いていく。


「映画館大きいね!」

「呑気だね!? いやまあ、大きいとは思うんだけど!」


 その映画館の規模の大きさがあだとなっている感が否めない。


 ずっと歩いていくと、上映開始まで十分程度の余裕を持って映画館自体には到着していたはずなのに、スクリーンに到着するころにはもはや上映直前になっていた。


「もう始まっちゃう、席番号どこ!?」

「えっと……これかな」


 チケットの席番号の部分を指さす。


 俺たちは慌ただしく着席した。


「やっぱり、映画泥棒の広告だけで映画館に来た価値の七割が達成されてるような気がする」


 確かに俺も映画泥棒の広告は結構好きだけど。カメラ男とかパトランプ男(正式名称)の姿が面白くて好きだけど。


 だけど、いくらなんでも映画館に来た価値の七割だとは思わない。せいぜいが六割だろう。


「映画館に来た価値軽すぎじゃない?」

「七百円分の価値があるからね」

「もしかして最大値が十割じゃないパターン?」

「それは映画本編を見てから決めようと思う」


 そんなやり取りの中、映画泥棒を始めとした広告の数々が終了し、映像は映画本編に突入していた。




「めっちゃ面白かった!」

「そうだね。俺は特に主人公があそこで……」

「違う違う、映画泥棒!」

「映画泥棒がそんなに面白かったの!?」

「映画本編の価値は、六百円が限界かな……」

「映画泥棒に負けてたのか!?」


 かくいう俺はというと、映画本編の価値は五百円から六百円程度だろうか、本編の評価自体は翠と大して変わらなかった。


 それはもちろん、他の雑多なアニメと比較するのであればあまりにも格が高かったが、あの超人気アニメの映画化にしては……という印象だった。


「でもめっちゃ面白かった!」

「そうだよね、私は特に主人公があそこで……」

「俺と同じところ言おうとしてる?」

「たぶんそうだと思う!」


 それじゃあ昼食をいただこうか、という流れになったところでここが五十番スクリーンだということを思い出す。


「……お腹空いた」

「翠はなにか食べたいものはある?」

「日向くんはなにかあるの?」

「俺は特には。強いて言うなら、安めに食べられるイタリアンレストラン」

「ああ、サイゼリヤね」


 せっかく名前を伏せたのにさらっと名前出してくるのやめませんかね。


「あの店の名前って、サイゼリヤかサイゼリアどっちだったっけ?」

「確かサイゼリヤだった気がする……」

「ちょっとスマホで調べるね」


 サイゼリヤだった。

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