ロックの話、掘り出さないでほしいなって

「え、ロックの人来てるの!?」


 教室の中で明らかに最上位に君臨しているギャルが、俺の姿を見てか、武田先輩と俺の会話を聞いてか、言った。


 その呼び方はやめてほしいって体育祭期間中全校に訴えたような気がするが、願いは聞き届けられなかったようだった。


「マジ!? ちょっとサインください!」

「え、ロックってサインすればいいんですか?」

「それでいいよ!」


 ギャルが好きなのはK-POPとかだと思っていたけど、ロックも好きなのかな。


 いやいや違う、音楽の話じゃなかった。


 でも俺にロックってサインさせてどうするんだろう、部屋に飾ったりするとも思えないんだけど。


「日向くんめっちゃ歓迎されてるね」

「誰も翠を見ていないことに腹を立ててるところ。翠にも飛び火すればいいのに」


 言霊という概念は実在するのかもしれない。


 俺にも都合の悪いように翠に飛び火した。


「その隣の子はロックくんの彼女?」

「へーロックくん彼女いたんだ!」

「見直した!」


 三年八組は、奇跡の三年八組というくらいだから、成績が悪い(偏見)ギャルはあまりいないと思っていたのだが。


「私はまだ彼女じゃないですよ!」

「まだ! 君やるね、名前は?」

「南野翠です!」


 翠は翠らしく、陽キャのノリに適応していた。


 そもそも翠は根っこが陽キャだからこういうノリは得意なのかもしれないが、翠がギャルになるとあんまり……いや、意外と……?


「日向くんと翠ちゃん、今日も来てくれたんだ」

「月渚先輩、助けてください……」

「ああ、ロックの人って言われたの?」


 テスト期間中はあれほど俺を苦しめていた月渚先輩が、今では天使か神のように見えた。


「残念だけど、事実は覆せないよ」

「頼りにしてたのに……」


 俺は絶望の淵に突き落とされたような気分になった。


 どうすればいいって言うんだ、翠はギャルたちと喋っていて助けは期待できなさそうで、陽太先輩はここでのキャラ的に助けてくれない。これは確定事項。


「それでロックの影山くん」

「両方わかってるなら影山の方で呼んでくださいよ」

「君の話はよく聞くが、これからも頑張ってくれ」


 頑張ってくれ、って言われて頑張らないという人はいないと思うが、武田先輩の言葉はその比にならないくらいの強制力を持っていた。


 単に『はい』って答えるだけでは不足なような気がする。


「了解です!」

「私は人にプレッシャーを与えすぎてしまうようで、申し訳ないな」


 武田先輩が与えているのはプレッシャーだけではないような気もするが、それはとりあえず置いておく。


 だってそんなこと言ったら即刻首がもげそうだから。


「武田先輩がいれば、不審者が侵入してきても安心ですね」

「この間は侵入してくる前に処分しておいたから、是非感謝してくれたまえよ」


 理性では武田先輩なりの冗談だと理解してはいるが、俺の身体が冗談として対応することを許さない。


「誠にありがとうございます」

「そんな真面目に言わなくても」


 武田先輩が笑いながら言ったが、その笑い声にどこかぎこちなさが感じられて、俺はまずいことをした気分になった。


 冷汗が止まらない。


「す、すみません」


 俺はこれからどうすれば生きているだろうか。十分後に俺の命がある可能性が限りなく低く思える。


「やっぱり日向くんでも剛とまともに話すのは難しいよねえ……。剛、一回離れてもらえる?」

「ありがとう、天川」

「月渚でいいっていつも言ってるのに……」


 月渚先輩は、圧倒的に生命の恐怖を感じて、しかも不器用そうな武田先輩に対しても優しかった。


 こういうところで月渚先輩の優しさを実感する。


 一度評価が最底辺の打上レベルの残念な人材にまで落ちていたのに、一瞬でここまで信頼回復できる能力は凄まじい。社会に出ても活躍する人材だろう。


「日向くん、大丈夫?」

「大丈夫です、せいぜい呼吸困難になったくらいですから」

「それは、大丈夫ではないだろう! 救急車を呼ぶか!?」

「剛、それはさすがに冗談っしょ」


 陽太先輩はこう見るとあまりにもチャラいように思える。だって両腕に女子ぶら下げてるもん。これでも月渚先輩と付き合ってんのか。


 月渚先輩はどう思っているのかと月渚先輩の方を見ると、頬を膨らませて不満そうにしながらも、嫌々受け入れているようだった。


 下手に口を出しはしないが、不満は示すところが月渚先輩らしかった。


 陽太先輩は月渚先輩の様子を確認すると、彼の両腕を掴んでいた女子になにやら話しかける。


 すると、女子たちは陽太先輩の腕を離れた。


「で、ロック影山! うちのクラスはどう!?」

「ロック影山!? ロックな影山ならぎりぎりいいですけど、ロック影山!?」


 ロックな影山もぎりぎり良いだけであって、セーフではなくアウトなんだけどね。


「本人がそう言うなら仕方ないな、ロック影山」

「駄目じゃないですか!」

「私もさすがに日向くんが可哀そうになってきたよ」


 月渚先輩の加勢もあって、俺の呼び方はロックな人ということで確定した。


 再三いう通りロックな人という呼び方はセーフではなくアウトだ。


 あと、俺をロック影山と呼ぼうとしたギャル三名と陽太先輩のことは許さないことになりました。


「じゃあこれからよろしくな、ロックな人!」

「陽太先輩のテンションが腹立つ」


 俺の発言は陽太先輩の両腕に絡みついていた女子生徒二名と、困ったら武田先輩をけしかけてきそうな月渚先輩からの敵意でかき消された。


 月渚先輩の評価が下がってしまう要素はたぶんこういうところだと思う。


「ロック影山、またね!」

「……もう二度と来たくねえ」


 このクラスはどうやら奇跡と言えるほど優秀なクラスであり、悪ふざけに関しても奇跡と言えるほど優秀なようだった。


 良い性格もしてました。

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