テスト初日、物理的にも精神的にも死にそうです

 今日はテスト当日だ。これまでの勉強の成果を発揮できるよう、一生懸命テストに取り組もう!


 と思ったが、これまで勉強した内容は全部月渚先輩の言葉によって押しつぶされた。


 俺の脳内を支配する言葉は『日向くん、意外とえっちなんだね』。


 俺の中の紳士的な心が、早くその言葉を忘れ去ってしまえと忘却しようとするが、俺の中の変態紳士的な心がそれを否定する。


 俺としてはテストに集中できないので早く忘れ去らせてほしいんですけど。


 ここで俺は脳内翠を召喚し、変態紳士的な心を消し飛ばしてもらおうと画策する。


『日向くん』


 ああ駄目だこれ。


 普段の翠の喋り方が月渚先輩に似ていて、俺を『日向くん』って呼ぶところも同じだから、脳内翠を召喚しようとすると脳内月渚先輩が召喚されてしまう。


 こんな時は大人に頼るのが一番だ。


「先生」

「影山くんですか。なんでしょう」

「俺を殴ってください」

「私は教師なので、殴ったら解雇されるのですが」

「そこをなんとか」

「無理です」


 大人も頼りにならないのか。


 今度から困ったときに大人に頼るのはやめておこう。


 そこで頼りになるのが信頼できる友人というわけだ。


「佐藤、俺を殴ってくれ」

「嫌だよ、成績下がる」


 友人も頼りにならないのか。


 そこで頼りになるのが――


「それでは、テストを配布するので着席すること」


 昨日月渚先輩に言われた言葉が俺の頭の中から抜けないまま、テストは始まりかけていた。


 一教科目のテストの配布が終わり、問題用紙を裏向きで机に伏せ、前に置かれた時計が一秒一秒を刻むのを待つ。


 脳内にこれまでの努力の光景が駆け巡ったりはせず、ただ月渚先輩の太腿の感触と『日向くん、意外とえっちなんだね』。


 思考回路が気色悪いながら、どうしても忘れられない(物理)。


 テスト開始のチャイムが鳴り響くと同時に、見慣れた担任の見慣れないスーツ姿が宣言する。


「はじめ」


 テスト用紙を裏返す。


 クラスを書き、名前を書き、問題を読むと、月渚先輩の声が問題に干渉してくる。


 ある意味終わった。




「やめ」


 俺のテスト初日は、月渚先輩に終始支配され続けたままあっという間に終わった。


 そして、俺の得点も終わった。


「それじゃあ、気を付けて帰るように」


 普段から明らかにやる気がない担任だが、今日はいつもよりもさらにやる気がないように感じられた。たぶん、テストの採点があるからだろう。


 帰りの用意を終えて教室の外に出ると、珍しく翠が教室まで来ていた。


「日向くん、テストどうだった!?」

「最悪だ、過去最悪だよ」


 月渚先輩のせいというにはあまりにも八つ当たりだけど、俺のせいというのも少し違うような気がする。


 じゃあなんのせいかとしばらく考え込んだ結果、これは子孫を残そうという人類の習性のせいだと判断。俺は悪くない、世界が悪い。


 翠と取り留めない会話をしていて月渚先輩と喋っている気分になりながら、自然と三年生のクラスがある三階を目指す。


「ところで日向くん」

「なんですか?」


 ついうっかり、月渚先輩と喋るときの癖で敬語に。


「他の女のこと考えてるよね?」

「俺たちってどういう関係なんだったっけ」


 これ狙ってるんですかね。


「どういう関係……言わせんなよ恥ずかしい」

「口調まで変わってるんだけど?」


 月渚先輩といい翠先輩と言い、この学校にはボケるためにはキャラ崩壊の覚悟を受け入れるやつしかいないの?


 ん? 月渚先輩……。


『日向くんって、意外とえっちなんだね』


 俺は頭をぶんぶんと横に振った。


「月渚先輩のこと考えてました。ごめんなさい」

「彼氏持ちを狙ってるなんて……。日向くん、無謀だよ!」

「違うよ!」


 俺は決して月渚先輩を狙っているというわけではなく、言い方は悪くなるが単に性欲の成れの果てだ。


「冗談だよ。それに、最後には私に帰ってきてくれたらいいからね?」


 こういうやつがいるから勘違い男子が絶えないんだ、と口に出してやろうかと思ったが思いとどまる。


 でも実際、こういう発言するってことは脈ありだって受け入れられる覚悟が出来てるんだと男子は認識するよ。


「日向くん、翠ちゃん。こっちまで来てたんだね」

「初日が終わっても、気を抜いたらいけませんからね!」


 問題の人物が現れた。


 俺は月渚先輩の目を直視できなかったが、そんなこともつゆ知らず翠は月渚先輩に優等生らしい宣言をしていた。


 月渚先輩は高校入学の直後に両親が亡くなってしまったらしく、いつでも家に来て良いらしい。


 両親がいないからいつでも来て良いという理論はわかるが、翠の理論は両親がいない時だけ来て良いというもので、それはよくわからない。親いる時に誘えよ。 


「で、日向くんはなんで目を逸らしてるの?」


 なにもわかっていないような口調で月渚先輩は言った。


 お前のせいだよふざけるなとツッコんでやりたい心持ちだったが、先輩は尊敬するべきなど穏やかに……。


「昨日のことが気になりまして」

「おい日向、昨日月渚となんかしたのか?」


 陽太先輩が来た。


 翠、俺ここで死ぬね。


「いや、ちょっと励ましてあげてそのあと膝枕を」


 月渚先輩が陽太先輩に言った。


 言ってしまった。


「……日向、次は許さないからな?」

「待ってください誤解が!」

「なにが誤解だって?」

「月渚先輩が、二万円受け取るか膝枕するか選べって言ったから!」


 月渚先輩からの評価によると、少し疑わしいが陽太先輩は器が広いらしかったので、正直に言い訳をしてみた。


 翠と陽太先輩からの眼差しが痛い。


「それで膝枕を選んだと」

「そうなんですよ!」

「月渚、本当か?」


 俺、疑われてる!


 本当のことを言ってるから不安になっても仕方ないことはわかってても不安なものは不安だ!


「そうだよ。ちょっと無理に言っちゃった」

「じゃあ仕方ないか……。でもやっぱり次はないからね?」

「もちろん」


 月渚先輩とスキンシップを取ると、即刻陽太先輩に殺されてしまうということは理解した。


 これからは出来るだけ月渚先輩とスキンシップを取らないようにしなければ、俺の命がいくつあっても足りない。


「やっぱり、日向くんは私の元に戻ってくるよね」

「それはそうなんだけど、ちょっと怖いよ」


 目が本気だ。

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