先輩(彼氏持ち)が膝枕してくれました

 テスト前日の勉強会ももはや解散となり、いよいよ明日がテストだと改めて不安に駆られていると、月渚先輩がこちらに歩み寄ってきた。


「日向くん、ちょっといいかな」

「月渚先輩。どうしたんですか?」


 突然月渚先輩に呼び止められて、少し不安な気持ちになる。


 陽太先輩に甘えているときはああ言ったが、真面目で人に迷惑をかけることを嫌い月渚先輩が、どうでもいい話でわざわざ俺を呼び止めることはないだろう。


 説教かな。


「あとで、話がしたいの」


 他の二人が先に帰って、月渚先輩が家の扉を一旦閉めるまでの間、緊張は治まらず高まっていった。


「皆不安そうだけど、日向くんは特別不安そうで、ちょっと気になって」

「え、そうですかね」


 あまり不安を表に出さないようにしていたはずだったのだが、月渚先輩はそれを見破ったということか。


「特になにもないなら、良いんだけど」

「せっかくの機会ですし、話そうと思います」

「ありがとう」


 月渚先輩なら、ここに集まったメンバーの中でも特筆して信頼している。


「俺はあんまり努力してないんですよ。これまでの人生でも、今までの勉強会でも」

「そんなことはないと思うけど……」

「それ、月渚先輩が言ったら嫌味になりますよね」


 あの後結局月渚先輩は、平日に一日十時間の勉強を再開したらしかった。


 身体には悪いが、陽太先輩には勝つために並大抵の努力だけじゃ全く足りないらしい。


 そんな努力家である月渚先輩が、俺に対して努力をしているなんて言っても、満足に受け入れられない。


「その点に関してはどうしようもないんだけど、日向くんって自分なりに悩んでるよね?」

「……そうですかね? 悩みなんて月渚先輩を始めとして、皆それぞれ持っているものですよ」

「それはそうなんだけど、翠ちゃんから聞いたんだ。昔の暗かった日向くんは、わざわざノートを作って計画を立ててたって」


 やっぱり翠は俺の想像以上に天然だったようだ。


「そのことは、あまり言いふらして欲しくなかったんですけどね」

「大丈夫だよ。翠ちゃんは、誰にも言えないけど月渚先輩だけは信頼できるから、って教えてくれたの」


 実は翠は天然ではないのかもしれない。


 文化祭のあと、太陽に俺の家の方向について訊かれた時も、空気を読んでお泊まりだと言わなかったのかも。


「で、日向くんは日向くんなりに頑張ってると思う。けど、これだけじゃ日向くんの心には響かないよね?」

「はい。自分が納得するまでそれは努力とは呼べないですから。俺の努力はまだまだ甘い。陽キャを目指すと言いながら、陽キャとの遊びを放り出して翠と遊んだりとか、徹底できてない」


 それは前々から思っていたことだった。


 ここ最近は、太陽と絡んでいる間は良いが、陽キャを目指すという言葉が口先だけの言葉になっているように思えてならない。


「じゃあ、そんな日向くんに私からご褒美をあげようと思う」


 月渚先輩からのご褒美、と言われるといまいち想像がつかない。


 振り返ってみれば、俺は月渚先輩の好きなものも知らないし、趣味や特技も知らない。


 勉強会のあと月渚先輩を呼び止めた時の俺は、本当にイメージだけで月渚先輩を語っていたんだと猛省する。


「お小遣いか、膝枕」


 『究極の二択』という言葉の意味がこれまでにないほどはっきりとわかった。


 先輩からお金を搾り取るか、彼氏持ちの先輩に膝枕してもらうか。どちらも選びたくない。


 膝枕って浮気じゃね?


「ただのイメージですけど、月渚先輩は浮気とかしないと思ってました」

「違うよ!?」

「いや、違わないんじゃ……」

「私、日向くんのこと全然知らないの。好きなものも趣味も聞いたことがない。だから、あげられるものがお金くらいしかないの」


 俺が月渚先輩のことを何も知らないと考えていた一方で、月渚先輩も俺のことを何も知らないと考えていたようだった。


 あげられるものがお金くらいしかないというのは納得だが、それなら大人しくお金をくれればよかったのでは。


「日向くんお金なんて受け取らないでしょ」

「膝枕も受け取りませんけど」


 月渚先輩の回答は俺の心を読んでいるかのようなものだったが、俺は膝枕も受け取らないということは読めていなかったようだった。


「じゃあ逆に、なにが欲しいって言うの?」


 欲しいもの、と言われるとなかなか思い浮かばない。


「……彼女が欲しいです」

「それの方が無理じゃん!」


 なんだこの茶番、と思う一方で、月渚先輩の誠実さと陽太先輩への愛が垣間見えて嬉しい気持ちになる。


「……ちなみに、お金って言ったらいくら渡してくるんですか」

「二万」

「膝枕」


 俺は月渚先輩から二万ももらうなんてことできそうもなかった。


「じゃあ、私が正座するから、その上に横になってね」

「今なんですか?」

「他に時間がないから」


 月渚先輩が脚を組み替えて床に正座したのを見届けて、俺は月渚先輩の脚に頭を倒した。


 落ち着かない。


「本当にいいんですか? 浮気認定されて陽太先輩に殺されたりしないですか?」

「陽太の器舐めんな」


 俺は大人しく膝枕されることにした。


 この状態で真上を見て月渚先輩と目を合わせて会話しようとしても、月渚先輩の顔が見えないので、会話もはかどらない。


 月渚先輩の器とかいろいろ大きすぎる。器だけじゃないけど。


「日向くん、あんまりそういうこと考えない方が良いと思うよ」

「前々から思ってたんですけど、月渚先輩って俺の心読めるんですか?」

「いや、上向いて顔を歪めたからそうなのかと思って」


 すごい、じゃあ俺以外の人の心も読めるんだろうな。


 ところで、今俺が考えてたことって……。


「本人に知られると恥ずかしいですね」

「私も見られると恥ずかしいんですけど」

「すみません」


 完全に俺が悪い。


 上を向かないように顔を下に向けると、豊満な太腿が俺の呼吸を圧迫した。


「日向くん」

「すみません」


 俺は大人しく月渚先輩とは反対側を見ることにした。


「日向くん、意外とえっちなんだね」

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