月と太陽

「陽太は、私のことをどう思ってるの?」

「……月渚のことを異性として好きになることは出来ない」


 月渚先輩は月渚先輩の言葉を聞いて、一瞬で絶望に囚われたような表情になった。


 だがすぐに衝撃を胸の奥にしまい、わかっていたというような表情へと変化する。


「そうだよね。ほら、日向くん。陽太は私に惹かれてなんかいない」

「月渚」


 俺に告げた月渚先輩の名を、陽太先輩が呼んだ。


「俺は月渚のことを好きになることは出来ないけど、月渚のことは尊敬している。憧れている」

「なんで? なにに関しても、陽太の方が優秀だよね」

「俺はただの才能。神様だか両親だかからの借り物だよ。でも月渚は、そんな俺に追い付こうと必死になって努力したんだろ? 俺と月渚の才能が同じだけだったら、確実に月渚は俺よりも優秀だ」


 陽太先輩は真剣な声色で言った。


「それに、月渚のことを好きになることが出来ないって言ったのは、俺がいまだに過去に囚われているからなんだ。俺はあの日々を超える"最高"を見つけ出す、なんて格好いいこと言って見せてもやっぱり完全に抜け出せてるわけじゃないから。だから月渚に好きだって言うのは、抵抗感があるけど、やっぱり月渚のことは……」


 陽太先輩の言葉の続きが紡がれることはなかった。


 静寂が、陽太先輩の言葉の余韻を上書きして、それが完全に消えたとき、月渚先輩は言った。


「陽太、私のこと好き?」

「それは……」

「私のこと好き?」

「えっと……」

「私のこと、好き?」


 月渚先輩は半ば泣き出しそうになっていた。


 陽太先輩が月渚先輩に好きと伝えなければ、どうにかなってしまいそうなほどに。


「ああ、好きだ。自分が苦労してるのに人のために頑張れるところとか、毎日睡眠時間を削ってまで勉強してるストイックなところとか、ずっと俺のことを見守ってくれているところとか」


 ダムによってせき止められていた水が、ダムが決壊したことで溢れだしたように、陽太先輩は言葉を続けた。


「どんな時でも周囲を気遣ってくれるところとか、俺と一緒にクソゲーをプレイしてくれるところとか」


 クソゲーに関しては、何を言っているのかわからない。だけど、月渚先輩には確かに届いているようだった。


 月渚先輩は、涙をこらえていた。


「恥ずかしいとすぐ赤くなっちゃうところも、意外とノリがいいところも、全部好きだよ。光のことを受け止め切れていないのに、俺のことを好きでいてくれるところも好きだ」


 月渚先輩がこらえていた涙は、いつの間にか溢れ出していた。


 その場に崩れ落ちて、うずくまって、声を抑えて嗚咽する。


 俺はその状況が居た堪れなくて、でも月渚先輩の心が縫い付けられて修復されていくのを感じて、幸せだった。


「月渚、好きだ。ずっと言えなくてごめん。それでも一緒にいてくれて、ありがとう」


 その言葉がとどめとなったのか、月渚先輩は声を抑えるのもやめて、精一杯の声で泣いた。


 さっきまでは、周囲に配慮して声を抑えていたのだろう。


 こんな時でも気遣いを忘れないところが、月渚先輩の魅力でありながらも不安定なところだと感じられて。


 その不安定さが陽太先輩の言葉によって一度崩されて再構築されたのを感じる。


「陽、太……」

「月渚。俺と一緒に、神ゲーをプレイしてくれないか」

「もちろん……!」




「え、あれ付き合ってくださいって意味だったんですか?」

「まあ初見の人にはわからないだろうな……。ゲームって言うのは人生を表してるんだよ。意訳するなら俺と付き合ってください、幸せにします、だろうな」

「やっぱ陽太って格好いいよね!」


 これまで脳が溶けていた影響かわからないが、反動で陽太先輩とくっついて会話が出来ていない人が約一名。


「月渚も可愛いよ、好き!」


 訂正、どうやら約一名ではなく二名いたらしかった。


 これはさすがに俺はお邪魔になっているので帰ろうと、無言で手を振ると。


「あ、日向は帰さないからな? 月渚がまずいこと、俺も気づけなかったのに気づいてくれた恩人だし。俺ももっとちゃんと月渚のこと見ないといけないって思ったよ」

「恩人ならこの地獄から帰してくれませんかね?」

「無理」


 どうやら俺はしばらくこの砂糖マシマシシロップ漬け空間に幽閉されることになりそうだ。


「陽太、格好いい!」


 この人大丈夫かな、俺のイメージからどんどん外れてキャラが崩壊しているような気がする。


 まあ、明日にでもなれば元に戻るだろう。


「先輩、そろそろ解散しませんか?」

「月渚、どうする?」

「陽太はこの部屋に泊まっていく~!」


 ふざけてるのかな。


 俺も翠の部屋に泊まったことあったけど、それは翠の自我があったから許されたわけであって、自我が崩壊している今の月渚先輩の家に泊まるというのは――


「月渚は俺が一晩で治しとくから、日向は好きなタイミングで帰っていいよ」

「陽太先輩格好いい!」

「月渚みたいなこと言ってんなら早く帰れ」

「はーい、帰りまーす」




 翌日、学校で月渚先輩に出くわしたが、これまでよりもきっちりとしていて真面目な表情で喋っていた。


 昨日の月渚先輩とのギャップで驚いていたら、何も知らない翠がなんで驚いているのか疑問をぶつけた。


 すると、陽太先輩が真実を語ろうとして、それを止める月渚先輩という光景が発生し、俺は遠くからカオスを眺めるという事件が起こった。


「待って陽太、本当に駄目なの!」

「いや、でも月渚……」

「あー、聞こえない聞こえない!」

「陽太先輩と月渚先輩は何の話をしてるの?」

「……月渚先輩の名誉のために詳しくは言わないでおくけど、昨日翠が帰った後で黒歴史が出来たんだよ」


 泣き崩れたところに告白されて、それを受け入れるまではよかった。


 だが、それ以降の、陽太先輩に格好いいと言い続けた月渚先輩は、さすがに俺から見ても黒歴史だろうと思う。


「気になるなあ……」

「日向くんお願い、喋らないで!」

「わかりましたよ。悪いな翠」

「くっ、月渚先輩がそう言うなら無理には訊けないな……!」

「日向くんありがとう!!」


 本気ガチの感謝が飛んできた。

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