打上さん、出番ですよ

 翠の家で二人でアニメを見た。


 こんなに家を留守にして、翠の家族は一体何をしているんだろうと思ったが、本人に訊くのは少し気が引けるような気がして、なにも訊けていない。


 それ以外には普段のお泊り会と特に変わりはなく、強いて言うなら今回も三階の部屋で一人で寝たというくらいか。


 そろそろ翠の家に泊まるのにも慣れて、新鮮味がなくなってきたころだ。


 あ、三期は面白かったです。


 そうして約十二時間かけて二クール分のアニメを見た。


 そして翌朝、翠の家で朝食にカップ麺をいただいて帰宅。家について、文化祭が終わってから初めてLINEを確認すると、今朝に太陽から連絡が来ていた。


『打ち上げは今日の十三時からに決定したよ』


 なるほど、打ち上げの日程も場所も決まったようで、今回は普段よりも少しだけ高級な焼き肉屋で打ち上げをすることになったらしい。


 打上、おめでとう。やっと打ち上げが出来るぞ。心の中で呟く。


 打ち上げが今日だと確定したのは良いものの、十三時までは特に用事もなく、そこには虚無の休日があった。


 だから、陽太先輩や月渚先輩、そして翠、おまけに他の陽キャたちとLINEして暇をつぶす。


 俺がどこに出しても恥ずかしい陰キャだったころはLINEする勇気もなかったが、今では常に誰かしらからLINEが来る。


 今の俺が陽キャになったというわけではないが、陽キャはLINEが暇つぶしになるんだなあ。休日ともなれば、返信する前に新しいメッセージが来るんだもの。




「ということで、体育祭と文化祭の成功を祝って、乾杯!」


 陽キャたちによる、体育祭と文化祭の打ち上げが始まった。その中で、打上が水を得た魚かのようにはしゃぎまわっている。


 ちなみに乾杯と言ってはいるものの、この場にいる俺たちは全員もれなく未成年なので酒を頼んだわけではなく、焼き肉屋のドリンクバーで乾杯する。


「湊は本当に打上が好きなんだな」


 ここ最近、残念なことばかりで不運にも残念キャラっぽくなってしまった太陽が、珍しく陽キャっぽいムーブをかましている。


 これでも学校一の陽キャだ。


「それにしても、なんで打上はこんなに金があるんだろうな」

「バイトもしてないはずなのに」


 俺との多少のキャラ被りにより、会話の見分けをつけやすくするのが面倒でしかも活躍の機会もなかったから文化祭で全く出番がなかった古月が疑問を抱く。


 そもそも最近の男子高校生はみんなほぼ同じ口調で喋るのが悪いんだよ、古月はもっと特徴的な口調で喋れ。


 で、打上の話だ。


 よく考えたら、確かに俺と太陽、古月はバイトをしているから問題ないし、他の陽キャたちは金欠ゆえに遊びに参加しないことも多々あるが、打上に関しては違う。


 シフトあるから帰るとか一度も言っていないから、バイトもしていないはずだろうに、そのうえで俺が参加している遊びすべてに参加するほどの財力がある。


「「……もしかして、お坊ちゃん?」」


 キャラが被っているからセリフも被る。


 俺と古月はたまたまちょうどいいタイミングで呟いた。


「俺? 親から金貰ってんの」

「「お坊ちゃんじゃねえか」」


 ツッコミまで完全に一致した。


「打上って苗字、調べてみるか……」


 古月がGoogleで検索をかけたようなので、俺は身を乗り出してスマホの画面をのぞき込む。


「え、この企業見たことあるような……」

「結構有名企業だよ。最近株価が高騰して話題になってた」


 順調ですやん。


 俺が普段からニュースを見ていない弊害か、その企業について詳しいことはわからなかったので、古月が教えてくれた。


 どうやらその企業は少し――二、三年前に新製品が爆売れして有名になった企業らしかった。


「へー、ググったら出てくるんだね」

「そうらしいな。打上すげえ」


 打ち上げ打ち上げって騒いでるだけの一般通過陽キャかと思ってた。打上は意外に重要な人物なのかもしれない。


「え、湊やば!」

「金持ちじゃんうまい棒奢って!」


 なんで金持ちに奢らせるものがよりにもよってうまい棒なんだろうか。うまい棒はあまりに安すぎるので、そこはせめてガリガリ君とかにしないか。


「誰が奢るか。俺の金は打ち上げのためにあるんだよ」

「湊らしいな……。あんまり奢ったり奢られたりするとトラブルになるから、やりすぎないようにしなよ」


 やっぱり太陽は陽キャの王としての風格を醸し出している。それがどうして、翠の前ではあれほど使えなくなるのだろうか。全く以って不思議でならない。


 古月と打上との会話に他の陽キャが集まってきてからは周りの会話を気にせず、元を取ろうと考えて食べ放題の焼肉をセルフでむしゃむしゃ食べ続けながら考える。


「お前らも影山を見習って食べ放題の元取ろうぜ!」


 太陽の言葉で少しだけ重くなった空気を払拭するためだろうか、周囲をよく見ているポジションの古月がその場の全員に呼びかける。


 そこで、古月の言葉に乗っかるような形で、打ち上げ界隈の神である打上が告げた。


「打ち上げの正しい楽しみ方は、肉を食べることだ!!!」


 間違いない。


 彼は打ち上げに関することでは、なんでもできる奇跡の三年八組や、陽キャ界の王である太陽を凌駕する。


 俺は元を取ろうと本気で肉を食べ始める前に、肉の味で吹き飛びそうになっている口を直そうと、とりあえずライス(一皿百五十円)を注文した。


 その焼き肉屋では、肉より米の方が美味しかった。


「おい影山、なに米頼んでんだ! 肉を食え肉を!」

「ここは熱血運動部かなにかなの?」


 別に米を食べるくらいいだろ、人権を尊重しろ人権を。


「肉が一番美味い!」

「いや、ここに関しては米の方が美味い。一回食ってみろ」


 もうここまで来たら面倒くさいからこっちが折れてもいいかな、という理性が芽生えるが、感情はそれを許さなかった。


「いいや肉だね!」

「いや、米だ!」

「肉だ!」

「米だ!」


 その議論を止めようと太陽や古月が割り込んでくるが、食べ放題の制限時間中議論はずっと続き、俺は肉を全然食べられなかった。


 絶対元取れてないだろ。

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