翠さん、俺……!

「それで、天野くん。話っていうのは?」


 太陽に呼び出された翠は、異性に呼び出された少女として模範的な反応をした。


 対照的に、翠に話すように促された太陽は、露骨に緊張した様子で顔を逸らした。あまりいい反応とは言えないように思える。


 俺は、ちょうど今告白が行われている空き教室の扉の外側で息を潜めて彼らの会話を盗み聞いていた。


「翠さん、俺……!」


 太陽はあまり緊張するような性格ではないと思っていたが、今は緊張の証に声が震えている。


 翠も、硬直していた。


 俺も、太陽の言葉に聞き入ってしまい、その場を動くことが出来ない。


「翠さんのことが好きです。付き合ってください!」


 真っ向から言ったな。


 でもそれが男らしくて、翠受けも良さそうだった。


 そんな中、告白を見守っていた俺は、翠が太陽と付き合ってしまいそうではらはらしていた。


 今の俺は別に翠のなんだというわけでもないのだが、翠が太陽に取られてしまうように思えて不安だ。


「——ごめんなさい。私、他に好きな人がいるの」


 一難去ってまた一難といったところか、翠と太陽が付き合うことはなかったようだが、翠には他に好きな人がいるらしかった。


 俺がこの状況を外から見ていたら、さっさと告れなどと急かすこと間違いなしだが、生憎ながら俺はチキンだった。


「そうか……。残念だ」

「本当にごめんね」

「じゃあ、翠さんが好きなのはやっぱり日向なの?」


 太陽が翠に尋ねた。


 俺はここから先の話を盗み聞きするのは悪いかと思い、翠と太陽に気づかれないようにその場を離れた。




 俺が昇降口の目の前で靴も履かずに翠を待っていると、しばらくしたのちに階段から二つの影が降りてきた。


「あ、日向くん!」

「日向か」

「翠、それとおまけに太陽か」


 二人が来たので、二人に合わせて歩きながら喋る。


 振られた可哀そうな太陽は、意外にも晴れ晴れとした表情だった。


「文化祭楽しかったね、太陽くん、日向くん」


 翠は、太陽を振ったのにあの後に距離感を縮めたようで、呼び方が名前呼びに変わっていた。


「そうだな。翠と回ることもできたし」

「俺は、働きっぱなしだったからなあ……」


 そういえば太陽は七組の稼ぎ頭だったから、ぶっ続けで働いていたようだった。


「準備がこの二日間のためだけに消えたって今から考えると寂しいけど、楽しかった」

「次の行事ってなんだっけ?」

「次は合唱祭かな」


 俺の疑問に太陽がすぐに答えてくれた。


 俺は運動もあまり得意ではないし文化祭でもそれほど活躍しなかったし合唱もそれほど得意というわけではないので、活躍できない行事が一生続いている。


「行事って言うのかは怪しいけど、その前にテストがあるよ」

「「!?!?」」


 運動とか合唱よりは勉強の方が得意だが、テストとなると別に得意というわけではなくなる。


 でもよく考えて、一回目のテストが終わり、間に体育祭と文化祭が挟まったと考えるともう二回目のテストが始まってもおかしくない。


 ついさっきまでは告白して、振られて、シリアスで満ち溢れていたはずの雰囲気はもはやテストという呪いに蝕まれていた。


「私、勉強はあんまり得意じゃないんだよね……。二人は?」

「俺は他の行事とかよりは得意だよ」

「俺はお手上げ」


 確かに太陽は勉強が出来るイメージがない。あの陽太先輩の弟といえば勉強が出来そうにも聞こえるのだけれど。


「陽太先輩たちに勉強教えてもらおう」

「兄ちゃんは頭いいんだよ。羨ましいな……」


 太陽の口ぶりからすると、俺の予想通り、三年八組に所属しているだけあって陽太先輩は頭がいいようだった。


「天野先輩の頭がいいのは、先輩の努力の成果なんだよ。羨ましいなら勉強しないと」

「そ、そうだよな」


 太陽が翠のまっすぐな熱量に圧されている。


 他人の努力をこういうふうに言ってくれるところが翠の良いところだと思うのだが、太陽はわかっていなかったのだろうか。


「翠は良いこと言うなあ」

「そうかな……? 普通だと思うけど」

「いや、翠さんは大事なこと教えてくれた。あ、俺はここで解散になるかな」


 太陽は翠とは家の方向が違うようで、途中で解散となった。


 太陽が進む方の信号が赤くなっている間だけ、その場で立ち止まって話をする。


「あれ? そういえば、日向の家ってそっちだったっけ?」


 いや、翠と一緒に帰っているのは、俺の家がこっちの方向にあるからではなく、今日翠の家に泊まる予定だからだ。


 大人しくそう言うわけにもいかなくて、俺は困惑した。


「日向くんは、今から私と一緒に出掛けるんだよ」

「いつの間にそんな約束」


 太陽は口では訝しむような声を出したが、翠に向ける視線はどこか優しいものだった。


 だがそんなことよりも、翠が俺と泊まりをすると正直に言わずに、わざわざ一緒に出掛けると表現したことの方が気になった。翠ってこんなに空気読む子だったっけ。


「文化祭を一緒に回ってた時だね」

「結局、俺はどこまで行っても敗北者ってことかよ……」


 翠の言葉に、太陽がネガり始めたタイミングで、ちょうど信号が変わったのでネガティブは帰って行った。


「意味深な呟き、どういう意味だったんだろう?」


 翠は純粋に言葉の意味を考えているが、たぶん深く考えなくてもいいと思う。ただ単に俺が太陽に勝利しただけだから。


「で、今日は何見るの?」

「三期」

「三期もあるのか……」

「こっちも二クール制なんだよね」


 界隈ではかなり有名かつ人気なだけあって、制作にかなり力と熱量を入れているアニメのようだった。


 面白いからいいんだけど、気になったアニメが長すぎると見る気が失せるような気がする。


「でも、長い分日向くんと語り合うのが楽しみだよ!」

「確かに」


 そのアニメが長いということは、翠と一緒にそれを見る時間も長いということになる。


「お得だな」

「そうだね!」


 俺は早くも翠とアニメを見るのが楽しみになっていた。

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