もしかして:翠が告られる
「それじゃあ、翠のクラスに行こうか」
「わかった。ここは三階だから、結構降りるね。二年生のクラスは見なくてもいいかな?」
「ディズニーと同じように、回りたい順に回れば良いと思う」
一年生のクラスはこの校舎の一階に位置する。だから、階段を二階分降りるとそこは一年生フロアだった。
各フロア、手前が一組で最奥が八組なので、このフロアで言えば一年八組は一番奥に位置する。
ということは、八組に向かう途中に太陽のクラスである七組を通る。
「先に太陽のクラス寄っとく?」
「私はどっちでもいいや」
翠にどっちでもいいとか思われてる太陽、可哀そうに。
一年七組の出し物はどうやらメイド喫茶のようだった。
太陽をはじめとする男子生徒は執事の格好をしていて、このクラスに来ている女子たちの目当ては執事姿の太陽らしかった。
「俺から見るとそれほど魅力的じゃないな」
「私もあんまり……」
だが、七組にほかの知り合いがいるわけでもなかったので特に気にせずメニューを開く。
「コーヒーはもういいよな」
「ケーキあるって」
一切れ(八分の一)で七百円。
どのクラスもやってる子と同じじゃねえか。
「すいません、ケーキ二つで」
ちなみに、小説かなにかのように、たまたま居合わせた太陽が応対してくれる、なんてことは起こらなかった。小説は事実より奇なり。
七組でお金を吸い取られ、八組にかけられる予算が少なくなってしまったが、翠曰く八組は悪徳商法を行っていないらしいので問題ないだろうと高を括る。
「八組は、焼きそば屋……」
嫌々働かされているといった様相だった、悪原を始めとする男子生徒たちだが、翠が現れたのを機にやる気を出し始めた。
空中で焼きそばひっくり返したりしてる。
卵焼きじゃねえんだよ。
そのあまりのノリノリさに。
「祭りかなにかか?」
「文化祭だから、祭りだよ」
一パック四百円。
安い。
量も十分だ。決してホールの八分の一のケーキとかそのくらいの量ではない。ケチってない。
「あ、翠ちゃん!」
「二パック買っていくね!」
安くて量は十分にあって悪徳商法を行っているわけでもない善良な店舗だが、どこか物足りないというか……。
当日まで秘匿するくらいならもう少しインパクトがあってもいいと思う。例えばメイド喫茶とか。
「美味しい!」
「今まで食べたどんな焼きそばよりも美味い気がする」
物足りないとか思ってすみませんでした。そもそも祭りにおけるパック焼きそばとは――
大して知識量があるわけでもない祭りの焼きそばについて語り始めかけたところで、翠が言った。
「このレシピ、実は私が改良したんだよね」
「翠、料理できないって言ってなかった?」
「できないよ」
矛盾というか食い違いというか、なんで料理できないのにレシピは作れるんだ。
「影山くんだよね。このレシピはなんと翠ちゃんがカップ麺の具を使おうって提案したんだよ。もともとは反対多数だったんだけど、実際に作ってみると意外と美味しくって……」
「……」
俺は黙って翠を見つめた。
翠はふいっと目を逸らした。
なんで焼きそばにカップ麺の、それも具材だけを使おうと提案してしまったのか、甚だ疑問だ。というかカップ麺の麺の部分はどうなった。
「実はこの焼きそば、カップ麺の麺が混ざってるんだよ」
「俺、一年八組はまとも寄りのクラスだと思ってたんだ。でもどうやらそうじゃないみたいだった」
いや、美味いんだけど。
「? 美味しいからよくない?」
「そう言われると反論のしようがないところが余計に腹立つな」
「影山くん、なんかごめんなさい」
「……」
なんで俺は知らない人に謝られているんだろうか。
そういえば俺が悪いんだった。ごめんなさい。
「ごめん、私この後用事があるからそろそろ解散しないといけないんだ」
「そっか。用事ってなにか、訊いてもいい?」
翠は友達が多そうだし、用事があってもおかしくないが、この行動が厄介だと分かっていながらも訊いてしまう。
「天野くんに、文化祭の終盤に言いたいことがあるって呼び出されてるの」
「それ教えて良いことじゃなくね?」
呼び出されたってことはたぶん翠、これから告白されるやつだろうな……。
告白するかもしれないということを他人に言いふらされたとして、例えば俺なら心が死んでるかもしれない。
翠に告白したいと思ったときは呼び出しではなくたまたま一緒にいる時とかに伝えようと思った。
「特に口止めとかはされてないし、大丈夫じゃないかな」
「大丈夫じゃないんじゃないかな」
「そっか……。あんまり他の人には言わないようにするよ。今日もうち泊まる?」
「そうしようかな。じゃあ、またあとで」
翠は階段を登って行った。俺は特にやることもないので自分のクラスの方へ行こうと今度は手前に戻る。
さっきスルーしたからか、学級委員が不満顔で出迎えた。
「結局水は、いくらで売ってるの?」
「百二十円」
三年八組が百八十円で売っていたのに対し、こちらが百二十円で売っていると知ると少し対抗心が湧いてくる。
冷静な第三者がこの思考を見ていたなら、対抗心なんて湧かせるなとツッコむことで解決していたはずだが、生憎今のところ誰も俺の思考は読めない。
「三年八組がさ、百八十円で売ってたんだよ」
「奇跡の三年八組が?」
「その呼称、生きてたんだね」
普通の学校生活内において、人とかクラスを二つ名で呼ぶ文化は存在しないような気がするんだけど。よく消えてなかったな。
「じゃあうちらも百六十くらいなら許される……?」
「俺もそう思う」
目の前に立っている、普段は真面目な学級委員の少女は、もう完全に欲に目がくらんだ商売者の顔をしていた。
俺も同じ顔をしている気がする。
「おい、値上げするなよ……」
疲れたようにツッコんだのは階段の方から歩いてきた佐藤。もしかしたら、このようなやり取りが何度か繰り返されたのかもしれない。
「お、一組また値上げ戦争してんの?」
割り込んできたのは、今度は七組の方から現れた太陽だった。また変なのが増えた、と思うと同時に俺が変なのであることを自覚する。
「太陽、いつの間に七組の仕事抜けてたんだ」
「今日の終盤はシフト抜けていいって言われてるんだよ。じゃ、俺はこの後で用があるから」
そして太陽が階段に向かっていることを察する。
「ごめん、せっかく寄ったけど俺も用」
翠が太陽に告白されるというのなら、その現場はストーキングしてでも押さえておきたい。
犯罪者の目から犯罪者の目へ、俺の表情は変わっていないようで二転三転していた。
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