【炎上覚悟】陰キャに文化祭デートは無理【勝ち組】【陽キャ】

 文化祭デートである。


 そもそも、陰キャの世界における文化祭の評価について見直すところから始めるべきだが、大抵の陰キャは文化祭が嫌いだ。文化祭というより学校行事が嫌いだ。


 なぜかといえば話は簡単、陰キャは文化祭を一緒に回る友達もいればはしゃぎまわりながら準備をする友達もいないからだ。


 そんな中、元は清々しいほどの陰キャだったはずの俺はというと、今日が楽しみだったし、なんなら異性と一緒に文化祭を回る準備もできている。


 どこに出しても恥ずかしくない陽キャである。嬉しい。


 俺は、ここ半年くらいで、完全な陰キャからどこに出しても恥ずかしくない陽キャへとクラスチェンジしたのである、やったね!


「それもこれも、翠のおかげだ」

「え、急にどうしたの? ありがとう、って言えばいいのかな」


 かわいい。


「翠も知っての通り、俺はもともととてつもなく暗い人間だったんだよ」

「うん」

「でも最近はどんどん友達も増えていって、翠と関わり始めてから自分が成長できてるから」

「私のおかげだって言ってくれるのは嬉しいけど、日向くんの努力もあるから。ちゃんと自分のことも労ってあげてね」


 翠はなんて良いことを言ってくれるのだろうか。本当に、翠が転校してきてくれてよかった。


「それに、私だって日向くんのおかげで、わかってなかった自分のこともわかってきたんだよ。私は何が好きなのか、とか」

「それだって、翠本人の努力もあるから」


 ふっと笑いあってどこか気恥ずかしくなったので、たまたまそこにあった、うちのクラスとは違うクラスのお化け屋敷に入る。


 入場料三百円。どこかのお化け屋敷とは違って良心的な価格設定ではないか。


 真っ暗な闇の中で、紅潮した俺の顔が翠に見られないのは良いものの、隣にいる翠の顔も見えなくて、不安だ。


 でも翠が俺以上に不安そうにしているので、ここで俺ががたがた震えるわけにはいかない。


 そう決意して顔を上げると、そこには圧倒的武力。


「「ぎゃああああ!?」」


 俺と翠は、示し合わせたかのようにまったく同じタイミングで絶叫する。未知への恐怖ゆえの絶叫ではなくて、死への恐怖ゆえの絶叫だった。


 別に暴力を振るわれたわけでもなく、ただそこに存在しているだけなのに、腰が抜けて立てなくなる。


「ああ、これは武田先輩か……」


 体育祭のときは明るい光の中に立っていたから慣れてしまったが、暗闇の中で再び対峙するとびりびりとした威圧感が足を震わせる。


 本能的な恐怖が、生存のためにここから立ち去れと訴えている。


「すまない、怖がらせすぎてしまったか」

「なんで武田先輩が出てくるとバトル漫画みたいな表現になるんですかね」

「死ぬかと思った……」


 それからなんとか立ち上がってお化け屋敷の中をゴールへと歩いていくが、武田先輩の恐怖が凄まじく、脅かしに来た陽太先輩とかスルーしてしまった。


「出口に水売ってる……。さすがに飲みたい」

「あ、日向くん。一本百八十円だよ」

「「!?!?」」


 武田先輩が客をびびらせて、一年一組以上に高値で原価百円の天然水を売りつける商法……。


 しかも、月渚先輩の圧倒的容姿を前にして誰が断れようか。


「「悪徳商法だ」」

「人聞きの悪い……。企業努力と言ってほしいな」

「企業努力ではないですよね!?」


 だってどう考えても高く売ってるだけじゃん。


「武田先輩が一本二百円で売ったら圧力的に売れそうじゃないですか?」

「それは脅してるから駄目なの。自分から買ったっていう形式をとらないと」

「それは問題にするんですね」


 さすが三年八組、変なところは緩くて変なところはきっちりしている。


「そもそも剛に頼らなくても、私がいるだけで一般人には十分買ってもらえるから」

「……水、二本」


 武田先輩の脅しがかなり堪えたのだろうか、俺の後ろからやってきた客は一人で水を二本注文した。


「三百六十円になります!」

「……天使」


 客は今にも力尽きそうな様子で月渚先輩を拝みつつ歩いてお化け屋敷を離れていった。


「ね?」

「ね? じゃないんですよ……。これ誰が考えたんですか……」

「陽太」

「天野先輩!?」


 結構悪いことするな、陽太先輩。


「じゃあ月渚先輩、またあとで」

「月渚先輩、また会いましょう!」

「またあとで、日向くん、翠ちゃん」


 武田先輩をダシにした吊り橋効果で距離感が縮まったのか、俺と翠は気づかないうちに手をつないでいた。


「手、つないでるね」

「そうだね」


 でもわざわざ放すのも感じ悪いような気がして、なんとなくそのままの空気感で歩みを進める。


「次はどこに行こうか。何か食べる?」

「朝にカップ麺食べちゃったから食事はいらないや」


 かくいう俺も、何か食べるかとは提案したものの、別にお腹が減っているというわけでもなく、ただ単に気を利かせただけだ。


「ちょっとゆっくりしたい気分かな、まだ心臓の鼓動が速いや」

「俺も、落ち着きたい」


 今でも後ろを振り向くと武田先輩が立っているような気がしてならない。


 協議の結果、ひとまず落ち着くために、俺たちはその辺の手ごろな喫茶店で休憩をとることにした。


 人ごみに紛れても身体に染み付いた武田先輩の気配が完全に消えることはなかったが、コーヒーの苦みを摂取することで少し現実に近づいた気がする。


「このコーヒーもたぶんインスタントなんだろうなあ」

「翠、あんまりそういうこと言わないでおかない?」


 偶然俺たちの席の近くを通りかかったウェイターが、大ダメージを受けたような表情をしていた気がする。


 気のせいかもしれないが効く人には効くのだろうと思って止める。


「だって学生がこの味を出すのは無理そうじゃない?」

「その辺に」


 さっきのウェイターがさらにのけ反った。ここまで行くともはやギャグだ。バトル漫画からギャグ漫画への方向転換が速すぎて戸惑ってる。


「というか、某雪印の牛乳の味がする」

「よく味わかるね。っていうか、結構いい牛乳使ってるんだな。原価百円とは大違いだ」


 俺の頭の中には、原価百円の天然水を百五十円で売ったクラスと百八十円で売ったクラスが思い起こされる。


 ウェイターは倒れて、クラスメイト達に搬送されていった。


「でもこれも、青春だなあ。このコーヒーの味も、勝ち組だけが味わえる味だ」

「私のおかげだね!」


 翠とともに回る文化祭の場で飲むインスタントコーヒーは、いつも飲んでいるものより数段美味しく感じられた。

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