家に泊まることになった(そろそろ慣れた)
文化祭一日目、後半のお化け役は大体単純作業だった。
とはいえ、お客さんが俺たちの作ったもので恐怖を感じて悲鳴を上げるというのはちゃんと楽しませることが出来ていて、気持ちのいいものだった。
決してサイコパスってことではない、俺たちの努力が実って嬉しいということだ。
翠はうちのクラスのお化け屋敷にもう一周やって来た。俺に驚かされて本気でビビってた。
また、お化け屋敷をゴールしたのちに、今度は一本百三十円となった天然水を買って行ったようだった。
一本百三十円となった水はさらに売れ行きが良くなり、利益としては若干大きくなって、値段を下げたことは購入者にとっても販売者にとってもいいことだった。
だが、嬉しいことがあった半面で、お化け屋敷のお化け役は受付よりも何倍か疲労が大きい。
疲労困憊の様相で着替えを済ませて、さあ帰ろうとお化け屋敷を出ると、そこには翠の姿があった。
「お、翠。待っててくれたの?」
「そうだよ、一緒に帰ろうと思って。あと、今日親いないんだよね」
「アニメ鑑賞会するの? あ、でも明日も文化祭あるか」
「私が日向くんの家の前まで行くから、荷物を持って私の家に来てくれない?」
今晩のアニメ鑑賞会からは逃れられないようだった。俺は別に逃げようとしているわけでもないので、大歓迎だが。
とはいえ不安点もあり、それはアニメ鑑賞会をすると強制的に深夜までオタク語りが続くので、睡眠時間が短くなってしまうということだ。
「睡眠時間は、頑張って確保しよう! 日向くんは明日暇だから、大丈夫だよね?」
「そうだね。問題点といえば翠と回る間に眠くなっちゃうことくらいかな」
「それは気にしなくてもいいよ」
「二期も面白いな。作画も手が抜かれることなく、かつギャグパートも強化されてる……。しかも二クールもあるのに、終始続きが楽しみだ」
「そうだね。私は二周目だけど、相変わらずギャグパートでは笑っちゃうし、続きが楽しみなハラハラ感は失われてない」
今日やるべきことをすべて済ましたのちに深夜に二人で爆笑する爽快感に代わるものはない。
これこそ、俺が陽キャになろうとしてまで探し求めていた青春なんだ、と深夜テンションが冷めていないからか、思う。
「じゃあ日向くん、もう夜遅いし寝ようか。どっちの部屋で寝る?」
「そりゃあもちろん三階の部屋」
先日は緊張で寝られなかったという反省を思い出して、明日に向けてよく寝られるように速攻で三階の部屋を選択する。
「そっかあ……。残念だな、せっかく泊まりに来てくれたのに」
「明日は集中して翠と文化祭を回りたいから。眠いままじゃ失礼でしょ?」
「なるほど、さすが日向くん」
「楽しみな日の前日に良く寝るのは普通だと思ってたんだけど」
「私と文化祭を回ることを楽しみにしてくれてるのが嬉しいと思って」
なるほど、こうやって改めて向かう会ってみると太陽が翠に惚れた理由もわかるというものだ。
なんというか、説明が難しいが、翠の感情の表し方は俺や太陽をはじめとした男子に”よく刺さる”。
嬉しいことばかり言ってくれるというか、コミュ力を感じる言葉が多いというのだろうか。
「じゃ、遅くなってもいけないから、お休み」
「残念だけど、お休み。また明日」
目が覚めると、そこに広がるのは、一度ここで起きたことがあるから、ぎりぎり知ってる天井だった。
時間を確認すると十分に翠は起きていそうだったので、起きたことを翠に報告するために階段を降りる。
「翠、起きたよ」
「日向くん。おはよう。朝起きておはようを言い合うなんてなんか夫婦みたいだね」
果たして翠は狙っているのか、それとも寝ぼけているのか。まさかとは思うが天然の発言なのか。
真相はどうでもよくて、これもおそらく翠がモテる理由の一つなのだろう。
いや、俺と太陽以外に翠がモテるのかは知らないけど。
「面白い冗談だね」
「冗談ってわけじゃないけど」
「それで、八時に着くなら何時に出るくらいがちょうどいいの?」
「うーん……」
翠の答えによって、今から出発まである程度の時間的余裕があることが分かったので、朝ご飯を食べようと提案する。
「私はご飯作れないから、カップ麺でいいなら食べようか」
「確かに夜もカップ麺だったな……。ていうか、食べ物ないなら誘わない方がよかったんじゃ?」
「でも、日向くんはカップ麺でも食べるでしょ?」
「何よりも作るのが簡単で、何よりも美味しい食べ物だからな」
俺と翠はなぜか、机に向かい合いながらカップ麺にお湯を注ぐというシュールな光景を演出することとなった。
「ぐ、苦渋の決断……。早くカップ麺を食べたい……」
ぺりっ。
翠はお湯を入れてから三分待ちきれず、二分半で蓋を完全に剝がしてお箸をカップに突っ込んでしまった。
俺は翠の分まで背負う気持ちで残り三十秒を必死に耐え、三分ちょうどで蓋を剥がして箸をカップに突っ込む。
「朝から何してるんだろうな、俺たち」
「朝から何してるんだろうね、私たち」
誰にもわからない。
でも、カップ麺を三分待ってから食べようとして三分待ちきれずに二分半で食べてしまったり、三分待つことに成功したり、これは青春で間違いない。
「いや、さすがにそれは青春じゃないでしょ」
「冷静かつ冷酷な突っ込みどうもありがとう、目が覚めたよ。翠はいつもボケる側なのにツッコミがキレキレだね」
「寝起きだから仕方ないのかもしれないけど、日向くんのボケはゆるゆるだね」
残念ながら、俺は寝ぼけているらしかった。
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