文化祭なのに悪徳商法をする(俺発案)

 文化祭準備をしたり遊んだりしているうちに、文化祭当日になっていた。


 一応、受付とお化け役の体制だとかそういうものは整えてあるが、実際に上手くいくかは正直なところわからない。


「南野さんはクラスに帰っちゃったけど、頑張るぞ!」


 佐藤は、翠や陽太先輩や月渚先輩ほどのカリスマはないが、佐藤なりにクラスを引っ張っているようだった。


 それに比べて、俺の貢献は大したことがないと反省する。


 そこで久しぶりに、脳内天使(翠の姿)が顕現。『日向くんの貢献もすごいと思うよ! 好き!』と俺に言葉をかける。やっぱり翠はいい子だ。


「じゃあ前半の受付が、影山の分類で言うAグループ! 前半のお化け役はBグループだから、準備してくれ! C、Dグループの人たちは先に文化祭を回っといていいよ」


 俺は適当に分類した結果、Aグループになった。


 Aグループは、二日間のうち、本日の前半の間は受付に徹し、後半はお化け役に徹するという、今日がハードなグループだ。


 ちなみに翠が一番暇なのは今日らしい。一応、一緒に回る時間は二時間ほど確保できたが、適当に分類した弊害が出た。


 で、受付の作業だが……。お化け屋敷は、高校の文化祭のクオリティなのに入場料が五百円。出口で水のペットボトルを販売していて、それが百五十円。


 ぼったくりです。間違いない。


 この金額を設定したのは俺なので、なんとも俺の商魂のたくましいことだ。


 この水、普通に売れないと思っていた。


 実際に文化祭が始まってみれば――


「ちょー怖かった!」

「めっちゃ怖かったねー。あ、水のペットボトル二本」

「三百円になります」


「……。水一本」

「百五十円になります」


 たかが高校の文化祭での出し物程度のクオリティのくせに、やけに怖がる人が多く、水(原価百円)の売れ行きも上々だった。


「え、水一本百五十?」


 はい、そうです。


 そのうち五十円は利益です。


「高くね?」


 はい、そうです。


 間違いなく馬鹿みたいに高いです。


「ぼったくり?」


 はい、そうです。


 ぼったくりです。


「まあいいや、五本買います」

「七百五十円になります」


 ありがとうございます。


 水(一本百五十円)は、普段苦労してバイトしているのが馬鹿馬鹿しくなるほどの売り上げを誇った。


 ……具体的には、一時間で十四本。利益にして、七百分である。


 なんでそんなに買うんだ。余裕をもって用意しておいたはずの在庫があともう少ししかないんだけど。


 そもそも時給七百円(水だけの収入)は高校の文化祭で稼ぐ額ではない。というか普通に水を売ってもこれほどの収益は得られないだろう。


 お化け屋敷の方の収益を確認すると、二十一名様のご利用で、売り上げに換算すると一万五百円。


 携わっている生徒数が二十人弱とはいえ、収入が一時間一万千二百円。材料費を考えなければ一人当たり時給五百円ちょいになる。


「影山くん、収入どうなってる?」

「この一時間で一万千二百円。従業員は二十人弱いるけど、文化祭としては上々の収入だと思う」

「やば、この調子で行けば十分なお金が入るじゃん」

「材料費は天引きだけどね」


 クラスメイトも驚くぐらいの収入。


 一応、まだAグループの受付の番は終わってはいないので職場に戻るが、最終的に入ってくる給料を考えると胸の動悸が止まらない。


 なんたって、ひとりに水を買わせるだけで五十円の利益である。なんか詐欺みたいな思考回路になっている。


「水一本百五十円です。いかがですか」


 お化け屋敷の出口前に待ち構えて、恐怖に震える顧客に水を買わせる。まさに悪徳商法だ。


 だが、それだけのことで補給した水はどんどん売れていったから、需要の差というものは凄まじい。


「日向くん、どこにもいないと思ったらこんなところで水を……?」

「翠。一本百五十円だけど、買う?」

「高くない? 私はいいよ」

「バレたか、なんと五十円増額だよ」

「悪徳だねえ、誰が考えたの?」

「俺」


 さんざんに言われたうえでこのことを考えたのは俺だということを告げると、翠は気まずそうな顔になった。


 そりゃそう。


「日向くん結構悪いこと考えたね」

「俺は正直上手くいくとは思ってなかったんだけど、思ったより売れちゃってやめるわけにもいかないなったんだよ」

「言い訳まで考えてあるなんて、すごい徹底ぶりだね」

「言い訳じゃなくて本当のことなんだけど……」

「……」


 やべえ超気まずい、どうしよう。


 そう思ったタイミングで別の客がやってきた。


「水はいかがですか?」

「あ、一本ください」


 ちょっと声をかけるだけでまた一本売れてしまった。今日は儲かる日だなあ。


 お化け屋敷の方から聞こえる絶叫のような悲鳴と、のどかかつ簡単な商売の風景のコントラストがよく映える。


「百五十円になります」

「……」


 客が少し顔をしかめたように見えた。いくらなんでもただの天然水が百五十円は高いようだった。明日は少し値引きして売ろう、良心が痛むから。


「日向くん、これ以降もうちょっと安くして売らない?」

「奇遇だな、俺もそう考えていたところだ。とりあえず佐藤に確認を取るつもりだから、次の休憩までは百五十円だな」

「私が佐藤君に報告しておこうか?」

「あ、よろしく」


 一年一組の生徒は翠をまるでうちのクラスメイトかのように扱っているが、よく考えたら翠は一年八組の生徒だ。


 それに気づいて呼び止めようとしたころには翠はもう見えなくなっていた。


「お水ください」

「一本百五十円になります」


 翠が戻ってくるまでは水の値段は百五十円ということになりそうだ。

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