文化祭二日前(文化祭準備をするとは言ってない)

 文化祭二日前、ついにすべての文化祭準備が完了した。


 壊れた壁の補修を完了し、お化け係と受付係も当日の動きを頭に叩き込んでもらった。


「日向くん、文化祭準備の完了祝いに一緒に遊びに行こうよ!」

「おっ、いいな。じゃあ、陽太先輩と月渚先輩も誘わない?」

「……。いいよ」


 返事をした翠がどこか不服そうなのは、俺の見間違いなのだろうか。そうでなければ、なぜなのだろうか。


 陽太先輩や月渚先輩とは翠も仲良くしていると思っていたのだが、実は不仲だったとか?


「まったく日向くんは女心というものをわかってないんだから……」

「え、何?」


 小声で翠が何か言っていたようだけれど、聞こえなくて申し訳ない。


「なんでもない」

「なんでもないかあ……」


 確かに何か言っていた。でも本人がなんでもないというのだからなんでもないのだろう。


 俺は連絡アプリを開いて月渚先輩にメッセージを送る。陽太先輩は寝ていることが多いと月渚先輩に聞いているので、陽太先輩には送らない。


「連絡はしといたから、とりあえずは返信待ちかな」


 返信が来た。


 返信が早すぎて、月渚先輩はもしかして暇なのかと疑ってしまう。


『今日の放課後は空いてるかな? 陽太が今日がいいって言いだして、ごめんね』


 月渚先輩は苦労してるんだなあ。


 俺は陽太先輩のことを、素だったら落ち着きのある人だと思っていたが、これは認識を改める必要がありそうだ。


 ともかく、今日の放課後は俺も翠もバイトがなく、俺は暇なのであとは翠のスケジュール次第で行けるということになる。


「翠、今日の放課後は空いてる?」

「お、今日! 空いてるよ!」


 翠が今日空いているらしいので、月渚先輩にその旨を送信する。


 そういえば翠も、どちらかといえば突然に誘ってくるタイプの人間だった。案外陽太先輩と気が合いそうだ。


「今日遊ぶことになったらしい。突然すぎじゃない?」

「このくらい突然なのがちょうどいいと思う」

「真面目に言ってる?」

「真面目に言ってる」


 やっぱり俺と翠はわかりあえないのかもしれない。根っこが陽キャの翠と、根っこが陰キャの俺だからか。


「まあいいや、このあとすぐに校門前集合らしいから準備しといて」

「わかった!」




「陽太先輩、なんでそんな格好してるんですか?」


 陽太先輩は星型のサングラスをかけて、ほんのり髪を金に染めて、一言で言うならパリピみたいな恰好をしていた。この短時間でどうやって髪を染めたんだ。


「俺らの中ではカラオケ行く予定になってるから」

「陽太先輩って根っから明るいんだっけ」

「いや、陽太は普段こういうタイプじゃない」


 俺の中では、こういうノリで過ごしているのは明るい時の陽太先輩とか、太陽とかのイメージだった。


「陽太は普段大人しくて大人びてて思慮深い雰囲気をまとってるんだけど……」

「月渚はその方が好き?」

「好きっていうか……まあ、その方が好き」

「じゃあ」


 陽太先輩は、月渚先輩との間に甘々しい雰囲気を醸し出しながらウィッグとサングラスを取った。ああ、その金髪ウィッグだったのか。


「陽太、ちょっと……」


 月渚先輩は陽太先輩の言葉を聞いて顔を真っ赤にしていた。


 月渚先輩はぶれないなあと思った。


「月渚のためだったらなんでもするよ」

「先輩方、甘々な空気を醸し出すの辞めてもらって、遊びに行きましょうよ」

「ごめんね、日向くん、翠ちゃん。陽太が急にこんなこと言いだしちゃって」


 俺は翠のことが好きだが、それとは別で月渚先輩の照れた顔も見るだけお得なので謝られるようなことではない。


 翠はおそらくまた別の理由から、謝られるようなことではないという結論にたどり着いていたようだった。


「謝ることじゃないですよ、天川先輩。いや、月渚先輩」

「翠ちゃん!」


 月渚先輩は、翠に名前で呼ばれたことに感動しているようだった。仲が良くて結構なことだ。


 陽太先輩も俺と同じ気持ちなのか、満足した表情で頷いていた。


「じゃあ、集合してから長くなったけど、カラオケに移動しようか」

「なんで陽太が問題起こしたのに仕切ってるの……」


 月渚先輩は呆れた様子ではあったが、すっかり陽太先輩の虜だった。




 カラオケは思ったより高い値段だったが、ぎりぎり続けているバイト代のおかげで俺と翠も十分に払うことが出来た。


「あそこのバイト代、結構割良いよね。仕事は多くて忙しいけど」

「最近は人手も足りてきてるから、仕事が少ないのに割のいいバイトになってるんですよね」


 陽太先輩と月渚先輩はブックオフみたいなあのバイトに、太陽の代わりにやっていたからバイトの話が通じる。


 今から振り返っても、なんで団長だった二人より太陽の方が余裕がなかったのか分からない。時間でも止めてんのか。


「じゃあ、皆なに歌う?」

「俺は歌はあんまり。アニソンは得意なんですけどね」

「私も、そんなに歌は上手じゃないです。アニソンならね……」

「私は歌うの結構恥ずかしいんだけど」


 翠の行動が陽キャすぎて定期的に忘れるが、そういえば翠はまあまあのアニメオタクなんだった。


 そして、月渚先輩は歌うのを恥ずかしがっていて俺的に解釈一致。百万影山ポイントを進呈。


「じゃあいつも通り俺が最初に歌うのかな」

「陽太先輩、いつも通りって何ですか?」


 この四人組でカラオケに来るのは、俺の記憶が正しければ初めてだったと思うのだが、いつも通りとはこれ如何に。


「ああ、学年の陽キャたちと一緒にカラオケに来るときは毎回俺が最初に歌ってるんだよ」

「なんか、陽太先輩らしいですね……」

「ところで月渚、せっかくだし一緒に歌わない?」

「もう、陽太……。いいよ」


 陽太先輩と月渚先輩は確かにカラオケに来たら一緒に歌いそうな関係性で、これも解釈一致だ。百万(ry


「じゃあ翠、次はアニソン一緒に歌わない?」

「そうだね、私もそう言おうと思ってたんだ!」


 陽太先輩は陽キャらしくとてつもなく歌が上手く、月渚先輩は解釈一致だというくらいに美声で、俺と翠は一般人として彼らの引き立て役に徹することとなった。

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