陽キャじゃなかったのかよ!?
「店長すいません、明日からしばらくシフトは入れません」
応援団員の集まりの翌日、今日は翠のシフトがないため俺一人でバイトにやってきていた。
「太陽くんと明くんと一くんと翠ちゃん、それに加えて日向くんも……」
なんというかもはや、店長に申し訳なかったが、応援団員になってしまったものは仕方がない、あれに辞退とかいう制度は存在しない。
「すいません……」
「謝らなくていい。日向くんには面接のとき言ってくれたシフトより多めに入ってもらってたからそのつけが来たんだよ。というか日向くんが悪いわけじゃないんだ。それに太陽くんは代わりが来るって言ってたし、たぶん足りる……」
いくら俺のせいじゃないと言ってくれても、店はさらに繁栄を増してきていて、人手がここから減ると考えると、気まずいものは気まずかった。
とはいえ俺にとってはこれが人生初のバイトなので、どうすればいいとか対処法もわからずどうしようもない。
「あ、天野陽太です。太陽の代わりのシフト入る人です。面接に来ました」
「天川月渚です。私も一応、太陽くんの代わりっていう立場です」
「ごめんなさい、手が足りなくて、閉店後に面接するので、しばらくそこで待っててくれますか?」
あの、閉店まで二時間あるんですけど。
ということはできず、赤組団長と白組団長が仲良く突っ立っているのを眺めながら仕事をする羽目になった。
よく考えたら彼ら、団長のくせに平団員の代わりにバイトに入ろうとしてるのおかしいと思う。時間止めてるのかな。
「月渚、閉店二時間後みたいだよ」
「え、なにして待ってよう」
天野陽太先輩は、なんというか集会のときと雰囲気が違って、バリバリの陽キャという印象は少し薄れた。
俺が翠に接するときの態度みたいな。
それから勤務時間二時間、最近給料が時給九百九十円から時給千百円に上がったため、給料にして二千二百円分という破格の労働を終えて、俺は控室に下がった。
ディズニーはもう行って、しばらく行く予定がない以上、このお金を何に使おうなどと考えていると、控室に人が入ってきた。
「じゃあ、天野陽太くんと天川月渚ちゃん、いっぺんに面接するね」
「「はい」」
俺がまだいるのに普通に面接が始まったが、本当に軽いものなので俺も店長も互いのことは気にしていなかった。
が、さすがに天野陽太先輩も天川先輩も俺のことが気になるようで、面接中、店長にそのことを訪ねた。
「あの、店長……。従業員がまだいるんですけど、大丈夫なんですか?」
「さっきから思ってたんですが、雑じゃありません?」
「いいんだよ、太陽くんの兄と、その恋人でしょ?」
「私は陽太くんの恋人じゃないです……」
俺も天川先輩と天野陽太先輩は付き合っているとばかり思っていたので、少し意外だった。
「ああ、そうだったの。でも陽太くんは月渚ちゃんのこと信頼しているようだし、問題ないでしょ?」
「まあ、信頼はしてますけど」
天野陽太先輩がさも当然かのように堂々と言って、天川先輩はその言葉を聞いて顔を隠すかのように俯いた。
天野陽太先輩に初めに受けた、天野太陽と似ているという印象は間違いだったようで、全然似ていない。
天野太陽はたぶん年上の人に対してはここまで堂々としていない。人生経験が圧倒的に違う。
「君たち初々しくて可愛いから合格でいいや。あれ、今のはセクハラになるのかな」
「別にそのくらいは良いと思いますけど」
天野陽太先輩はやはり心が広いようだった。大人の余裕ってやつか。
「陽太くん何歳だっけ? 怪しい意味じゃないんだけどさ」
「気にしすぎじゃないですか……? 十八歳です」
「そうは見えないねえ。まるで三、四十代の人を相手にしているみたいだ」
三、四十代まで行ってしまったらそれは大人びているというよりは年老いているということじゃないか。誉め言葉じゃないじゃん。
俺はついつい心の中で突っ込んだ。
「まあ、いろいろあったんですよ」
天野陽太先輩は遠い目をした。
それは、俺と十歳以上離れた大人かのような目だった。
天川先輩も、気難しげな顔をしていた。ということは、天川先輩は天野陽太先輩の『いろいろ』を知っているのかもしれない。
「店長、上がりますね」
面接の最中に天野陽太先輩の言葉を聞いて固まってしまった店長に、上がると宣言して俺は店を出た。
そこで、俺はつい立ち止まって考えてしまう。
それにしても、何も考えていない陽キャだと思っていた天野陽太先輩が、『いろいろ』な経験をしていたとは。
「影山くん、まだ帰ってなかったの?」
「天野陽太先輩」
天野先輩というと天野太陽と混ざってしまうような気がして、いつも心の中で呼んでいる呼び方で呼んだ。
「陽太でいいよ、太陽と区別をつけるためにそう呼んでるんでしょ?」
「はい」
「あとは太陽のことは名前で呼んだ方がいいんじゃない?」
確かに、陽太先輩だけを下の名前で呼ぶのはなんというか陽太先輩に後に出会ったのに違和感がある。
「で、なんでまだここにいるの?」
「陽太先輩の過去について考えていたら、思ったよりも時間が経っていたみたいです」
陽太先輩は驚いたような顔をした。
「俺の過去? 月渚との出会いとか」
俺は黙って首を横に振った。
「じゃ、ないよね」
「なんで陽太先輩はそんなに達観しているのか、気になって夜も眠れません」
「まだ一回も夜来てないでしょ」
今再び考え直してみると、陽太先輩の言う通り、陽太先輩のあまりに大人すぎる部分が垣間見えたのは今日のバイトだから、まだ一回も夜は来ていない。
どう考えてもボケる側の陽キャである陽太先輩が突っ込みを担当しているのがどこか可笑しい。
「俺の過去か……。あんまり他人には話したくないんだ」
「それなら、話さないでもらって結構です」
「まあ、端的に言うなら、その当時の恋人が死んだ。それだけなんだけどね」
俺は恋人が死んだどころか恋人がいた経験すらないのでその辛さを一端しか想像することが出来なかったが、その苦痛はすさまじいものだったに違いない。
そんな一大事を、それだけと言って大したことがないと過小評価して嗤う陽太先輩が切なく思えてたまらない。
「それに、今は月渚もいるから。月渚はねえ、いい子なんだよ」
「天川先輩はどんな方なんですか?」
「月渚の良いところは――」
陽太先輩の語りは小一時間続き、俺と陽太先輩の帰宅時刻は十時を回った。俺のスマホにま翠からの連絡が十何通やってきていた。
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