応援団員 is あげぽよ

 俺が向かった体育館の先の状況をあえて一言で表すとするのであれば、最適な言葉はまさに『熱狂的』だった。


 テンションが熱狂的とか、そういう影響もあるのだとは思うが、その次元ではなくて物理的に暑苦しい。


 今の温度はどのくらいなのだろうかと体育館入り口に常にかけてある温度計を確認すると、もう秋も中ごろだというのに温度計の示度は『二十八度』。


 今の老人が子供だった頃は夏の最高記録がこのくらいみたいな話をどこかで聞いたことがある。


「地球温暖化の影響はすさまじいな……」


 言いながら学校指定の上着を脱ぐ。


「あ、日向くんが喋った」

「日向、どうしてさっきまで喋らなかったんだ?」


 組ごとに分けられ、そのあと学年ごとに分けられて二かける三で合計六列ある列に分類されて、俺たちは全員同じ組かつ同学年なので同じ列に分類された。


「いや、まあ何でもないよ。ちょっとした考え事というか」

「なにか悩みがあるなら私が聞くよ」

「翠さんがこういってくれてるんだから、迷いがあるなら相談しなよ」


 翠に夢中になりつつも仲間への気遣いは忘れない天野が陽キャすぎて、俺の嫉妬がスケールの小さいものに見えてきた。


 スケールが小さいのは事実ではあるんだけど。


「自分じゃ解決できなさそうだと思ったら天野か翠に相談するよ、ありがとう」


 ここは自分のスケールを少しでも大きく見せるために、余裕があるアピールをしておく。


 天野と翠が満足そうに頷くと同時に、体育館の壇上に三年生と思しき、体格のいい先輩が上がった。


「はい静粛に!」


 彼が発言すると同時に、体育館中が静まり返り、それと同時に二十八度あった気温が十度ぐらい下がったように感じられた。


 俺は何も言わずに上着を装着した。


 圧力というかプレッシャーというか、生物としての格差があの人に逆らってはいけないと警鐘を鳴らした。


 いつから俺は異世界に転移していたんだと言いたくなるほどの感覚に、足が震えてきた。


「皆さんやる気があって素晴らしいと思うが、加減してくれ! 君たち応援団員が体育祭の雰囲気を決めるといっても過言ではないからな!」


 たぶん悪い人じゃないと理性で理解してはいるのだが、本能がそれを否定する。この人やばい。


「申し遅れたが私は体育祭実行委員長、三年八組の武田剛だ!」


 応援団員じゃないのかよ。


 この高校での体育祭という行事において、実行委員は主に裏方を担当する役職である。


 彼はあんまり裏方に向いていなさそうだ。


「早速、各組の応援団長の紹介に入ろうか! 赤組団長、壇上へ!」


 武田先輩の言葉の通り壇上に上がってきた赤組の団長は、武田先輩の隣に並ぶとどんぐりのようだった。


「三年八組、赤組団長! 名前は天野陽太です!」


 天野、という苗字を聞いて俺のすぐ前に座っている天野の方を見ると、こっちを向いてピースをしていた。


 俺はテレパシーの心得はないが、たぶん天野陽太先輩は天野太陽の兄なのだろうと思った。


「剛は怖いけど、いい人だし頼りになるから困ったら俺じゃなくて剛に頼ってね!」

「待て、押し付けるな!」

「じゃあ白組団長!」


 天野の兄というだけあって、やはりカオスというかなんというか、ノリが完全に陽キャだ。


 弟が兄に似たのか、そもそも彼らの家系がそういう家系なのかはわからないが、恵まれた家だと思う。


 なんにせよ、彼が団長ということは楽しい応援団かつ楽しい体育祭に、手を加えずとも勝手になりそうな予感だ。


「はい、白組団長の天川月渚です。三年八組です。武田くんや陽太ほどカリスマがあるわけじゃないけど、私にできることをやっていきます」


 白組団長は女性だった。女性というより、華奢でか弱い美少女という印象の方が強い。


 女性の団長というのは男女平等の風潮が進む現在、珍しいことではない。


 だが気にかかることは、実行委員長も、団長二名も、全員三年八組の生徒であるということだった。三年八組なんか不正してる???


 とは思ったがよく考えると天川先輩はともかく、武田先輩と天野陽太先輩は何があろうと当選しそうだ。


「私はあまり運動が得意じゃないので、そっち方面は副団長に任せます……」

「では団長の二名、ありがとう。次に各組二名ずつの副団長を紹介する」


 副団長合計四名はまっとうに陽キャだった。


 武田先輩ほど特徴的なわけでも、天野陽太先輩ほど振り切れているわけでもなく、それこそ古月ぐらい。


 それから初日の集会ということで、とりあえず軽めにしておこうかという天野陽太先輩の発言にその他残業を増やしたくない先生方が同意したことにより今日の集会はそれで解散ということに決定した。




「兄ちゃーん!」

「お、太陽! それと、ロックくん!」


 誰だよ、ロックくん。


 その言葉を疑問に思ったのは一瞬で、すぐに思い当たった。というより思い当たってしまった。


「俺じゃん」

「そうだよ、影山日向くん」

「本名わかってるじゃん!」


 先輩についため口で突っ込みを入れてしまった。


 公開したのもつかの間、


「ははっ、三年八組でもその話題で持ちきりだよ」


 陽キャは心に余裕を持っているから、後輩がため口で話しかけてきても別に怒ったりしないのかもしれない。


「っていうか、団長二人当選した三年八組もその話題で持ちきりなんですか!?」


 普通同じクラスから二人も団長当選者が出たことを祝うなり喜ぶなりするものじゃないのだろうか。


 それがどうして赤の他人の演説なんかに上書きされてしまうのだろうか、何なら正気を疑う。


「で、君は誰だい?」


 翠のことは知らないようだった。


 別に兄弟だからって同じ人に惚れてしまって取り合いになったりはしないようだった。


「私は南野翠、一般の応援団員です!」

「ああ、一年に来た転校生の子!」

「そうです!」


 陽キャにはノリノリの天然をぶつけるくらいがちょうどいいらしかった。


 翠と天野陽太先輩の会話は、翠と天野太陽の会話の軽く百倍くらいは盛り上がっていた。


 体感温度は三十度を超えているほどだった。


 温度計の示度は三十二度だった。

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