誠に遺憾です

「発表だよ、早く早く!」


 どっかのラブコメか何かで既視感のあるような場面に、俺が遭遇するとは半年前の俺は思ってもいなかっただろう。


 しかも、ここまで嫌々だとは、夢にも見ていなかったに違いない。


 俺たちは、放課後のタイムが鳴り終わった直後の混雑した廊下を二人で走り抜けていた。


「どれどれ、一組……佐藤一、影山日向! 日向くん当選!」

「大声で叫ばなくてもいいよ……」


 誠に遺憾ですが、どうやら俺は応援団員選挙当選を勝ち取ってしまったらしい、本当に不本意だ。


 あれから今この瞬間まで、俺は常に『ロックの人』なんて呼ばれ続けてきた。


 逆に当選していない、なんていう結果を期待してみても最終的に俺は当選してしまっていたようだった。


 体育祭の応援団の活動をしている間ずっと『ロックの人』って呼ばれ続けるの普通に嫌なんだけど。


「じゃあ次は、二組の古月、当選か。四組の打上打上……いないな」

「打上くん落ちちゃったね~。天野くん当選してる! 私も当選だ!」


 打上が落選したのは実は予想外だった。


 彼は陽キャだから普通に友達が多いし、あのパリピな感じの雰囲気は体育祭の主力である陽キャたちに大うけすると思っていたのだが。


 で、古月と天野と翠は安定の当選。


「体育祭応援団員は、放課後体育館に集合……!?」

「店長に電話してくる」


 さすがに初日で応援団員の集まりを休むというのはあまりにも印象が悪すぎる。店長には申し訳ないが、人手不足を味わってもらおう。


「あ、店長ですか?」

『もしかして日向くんも今日のシフト休むの!?』

「聞いてるんですか?」


 と尋ねてから気づいたが、佐藤と古月と天野、彼ら三人も当選したのだから今日のシフトはあれば休みになるはずで、誰かが連絡していてもおかしくない。


『明くんと太陽くんが休むって』

「誠に遺憾ですが、翠も休みますんで」

『終わった……』

「すみません、今度一日入ります」


 返事が返ってくる前にプチっと切った。


「今日は遺憾な日だな」


 ついさっき俺が当選していた時のことも思い出しつつ呟いて、ダッシュで翠の元へ合流する。


「お、連絡入れてくれた?」

「ああ、翠の分までばっちり。それじゃあ体育館に行こうか」


 翠にそう声をかけた瞬間、後ろから別の人に声をかけられた。


「日向、と……南野さん」


 俺に話しかけてきたのは天野だった。


 確か天野と翠は、体育の時間の後に入れ替えをしたとき、一瞬話していたような気がする。


 あとはバイトでも二週間に一回くらいのペースで会っている。


 他にも何かつながりがあったのかもしれないが、クラスによって階が違うため、別の階である七、八組の事情に俺はあまり詳しくない。


 しかし、バイトでたまに会っていて、天野が翠に話しかけるときの様子が違うことをどこか感じていた。


「南野さん、応援団員に当選してよかったね。演説すごかったよ」

「ありがとう、天野くんの演説もすごかった!」


 これどっかのラブコメで見たことある。いや、ラブコメっていうよりはどろどろの三角関係になるやつ。コメディ要素全然ない。


 確かに翠の容貌はどこに出しても恥ずかしくない美少女だし、性格もまっすぐで友達もすぐにできそうだし、めっちゃモテる。


「日向もよかったね」

「翠と比べてなんか雑じゃね?」


 いくら陽キャ界の神が言ったことだとは言えども、さすがに突っ込まずにはいられなかった。


 だってどう考えても翠より俺に対する対応の方が雑なんだもの。


「南野さんは日向と違ってまともだし、女子だし」

「ちょっと待って、俺がまともじゃないということに異論がある」

「日向くんは普通だと思うけどなあ」


 俺が異議を発すると、今度は先ほどと違って翠も援護射撃をしてくれた。


 翠にとって普通だと思うということは別に俺が翠に乗って特別な存在だというわけではないと証明したようなものだが、俺は気づかなかった。


「ところで南野さん、名前で呼んでもいい?」


 本当に唐突で、視界外から隙だらけの脇腹に奇襲を食らったかのような感覚に陥った。


「うん、いいよ」


 翠は翠で何も気にせずに許可していて、嫉妬とこの状況の複雑さで俺の頭の中はついにカオスになっていた。


 そろそろ体育館に行かないといけないし、天野と翠の関係の変化も気になるし、俺が翠に捨てられるかと思うと気が気じゃない。


 俺は一体翠の何なのかと訊きたくなるような考え方だが、翠が天野に名前で呼ばれるなんて誠に遺憾です。


「じゃあ翠さん、日向、体育館に行こうか。そろそろ会議始まっちゃう」

「あれ、天野くんは古月くんのこと待たないの? 古月くんはハッピーセットのポテトの役割なのに」


 どうやら翠は、天野に対して古月とのハッピーセットという印象を抱いているらしかった。俺もそんな印象だった。


 だが古月がポテトだというのには俺は反対だ。彼はチーズバーガーだろう。


「明は先に行ったから、翠さんと一緒に体育館に行けるよ」

「あー、そうなんだ……」


 ハッピーセットの片割れである古月。メインディッシュであるおもちゃは天野だとしても、それに次ぐ、チーズバーガーである古月を捨てて翠に求愛した。


 ハッピーセット失格ではないか、と考え、その瞬間自分のあまりにつまらない考えに呆れる。


 ハッピーセットとかマジでどうでもよくて、俺が気にしているのは翠が天野のことをどう思っているのかということだけだった。


「翠さん、ハッピーセットのメインっておもちゃだと思わない?」

「私はそうじゃないと思うなあ。ハッピーセットのメインはいくらハッピーセットとはいえ、マクドなんだから、バーガーであるチーズバーガーに間違いない!」

「あ、翠さんもしかして関西出身? マクドって略称、主に関西で使われてるらしいよ」

「へえ、そうなんだ。お母さんがマクドって言ってるからそれが染み付いたんだよ、関西出身ではないんだけど」


 天野と翠のハッピーセットに関する会話が何故か以上に弾んでいるのを横目に見ながら、俺だけは黙って体育館まで歩いて行った。

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