でもバイトやめられないんだけどwww

「影山くん、ここにある本の品出しよろしく。翠ちゃんこっち手伝ってくれる?」

「「はい」」


 バイトはとても忙しかった。


 しかし、人から頼られて悪い気はしない。言うなれば、心地よい忙しさといったところだろうか。決してドMというわけではなく。


「日向くん、品出し終わったら私が作業してるとこ手伝ってくれない?」

「わかった、終わったら行く」

「ここじゃ私が先輩なんだから敬語ねっ!」


 翠に敬語を強要されているが、これまでバイトの経験がなく、部活もやってこなかったので先輩という響きと敬語が新鮮で心地いい。


「翠先輩、品出し終わりました!」

「ごめん、本の買い取りめっちゃ来たから一部手伝って!」

「はい!」




 バイトが終わると、俺と翠は従業員室に向かった。


 個人経営店とのことだが、設備は思っていたよりもしっかりとしていて、店舗も広く、大成功していることを感じさせる。


「日向くん、バイト楽しかった?」

「うん、楽しかった。まるでブックオフで働いてるみたいだった。ブックオフで働いたことないけど」

「ブックオフじゃないよお」


 とはいえ、いつもバイトが俺と翠の二人だけだと、俺を雇ってなお人手不足が大きいようにも思える。


「私より前に入ってたバイトの人が二人と、その人たちの紹介で入った新人が一人いるから、シフト合ったら仲良くしてね」

「まだいっぱいいるのか、じゃあ人手不足とか心配ないな」


 俺や翠のほかにも金欠に陥っている人は多く、バイトをしたい人はいっぱいいるということだろう。


 どんな人なのか気になるし、シフトが合う時があったら話しかけてみよう。


「あ、次のシフトの人が来る前に帰らないと、従業員室に入りきらない」


 翠の言う通り、店舗自体は広いが従業員室はとても狭く、荷物を置くスペースが歩かないかくらいだった。


「それじゃあまたね」

「ああ、また」




 それから何週間か、学校とバイトと陽キャとの遊びを往復するという非常に充実した日々を過ごした。


 これではまるで陽キャではないか。


 しかしそのせいで結構ギリギリのタイミングになるまでディズニーでのデートプランは何も浮かんでいないという状況になっていたわけだった。


 本当に忙しいが過ぎる。


 とはいえ計画も立て終わったので、翠に連絡しようとして、翠の連絡先を持っていないことを思い出した。


 一応、明日が土曜で給料日なのでそこで翠と会うことができる。そのタイミングで連絡先を交換しよう。


 とはいえ俺は根っこが陰キャである。


 そう簡単に連絡先の交換を申し込めるものだろうか、と不安になるが、俺は陰キャ脱出を目指す身。このくらい出来なければどうしようもない。




「今日バイト終わりに給料渡すから、翠ちゃんと日向くんは終わったら残っててね」


 いつの間にか俺の呼び方が日向くんになっているが、それは気にするようなことではない。


「翠、バイト終わったら連絡先交換しよ」

「そうだよね、交換してなかったもんね!」


 やはり翠も気になっていたようだった。


「あ、天野くん来た」


 突然翠が発した言葉に、俺はなんで天野が、と思って翠の視線の先を見ると、そこには本当に学校一の陽キャである天野太陽がいた。


「お、日向本当にここのバイト入ったのか!」

「天野、うちの学校ってバイトは校則違反だぞ」


 なぜここにいるのか分からずつい冷静な突っ込みをしてしまう。


「いや、日向もバイトしてるんだろ」

「そうだね」


 なぜここにいるのかというと、そういえば翠がだいぶ前に先輩のバイトがいるといっていたからその人が天野だったのだろう。


 これまで何故かシフトが被らなかった。もうそろそろ三カ月経つというのに、である。


「ちなみに明もここでバイトしてるよ」


 明っていったい誰だと思い、天野からつながりをたどっていくとそういえば古月の下の名前は明だったと思い出す。


 誰も古月のことを明と呼んでいないから忘れてしまっていた。


「今日は古月はシフトじゃないのか?」

「ああ、明は今日は休み」


 ということは今日のメンバーは、店長、翠、天野、俺の四人ということになるだろうか。


「店長、今日はバイト三人ですか?」

「いや、もう一人。今日は土曜だから一くんにも入ってもらうよ」


 一という名前、どこかで聞いたことがある。


 というか佐藤の下の名前が一だった気がする。


 それに、天野と古月が同時に入ったとすれば、もう一人はその紹介で入った人だというから、佐藤である可能性も十分にある。


「あと日向、お前と同じクラスの一もここ」

「あーそうなんだ」


 なんというご都合主義。


 バイトをしているだけで翠と仲良くなれるかつ陽キャ度も上がるという一石二鳥。しかも金も入ってくる。


 これはバイトし得。


「よっしゃ、今日もバイト頑張ろー!」

「やる気があっていつも助かってるよ」




 バイトが四人もいるとなれば、俺と翠だけでシフトに入っている普段の忙しさとは日にならないほど楽だ。


 そんな楽な仕事だが、時給は千円を超える。よく高校生にそんな大金を払う気になるものだ。


 お陰様で、ディズニーへの予算二万円(翠調べ)を優に超える給料を一月でいただくことができる、とてもアットホームで給料も高い最高の職場だ。


「じゃあ日向くん、LINE交換しよ」

「ああ、そうだな。……あと天野、LINE交換しよ」


 翠の連絡先を獲得しつつ、そこにいた天野の連絡先も獲得するというファインプレー。これはもはや陽キャといえるのでは。


「いやー、日向くん、明日が楽しみだね!」

「日向、明日なにすんの?」

「ちょっとディズニーランドにね」


 なんというか、天野と翠の雰囲気というか話題作りの仕方がどことなく似ているように感じられ、翠二人を相手している気分だ。


「おお、ディズニーいいな! 楽しんでこいよ!」


 陽キャの天野様は混ざりたいとか言い出すかと思ったが、さすが陽キャだけあって空気も読めるらしい。


「そういえば一は?」


 天野が翠に佐藤の所在を尋ねた。


「佐藤くんは給料もらったらニヤニヤして帰って行ったよ」


 彼は何をしていたんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る