陰キャにデートは難しい
初デートである。
今週の日曜日、翠と二人だけで某巨大テーマパークに出かけることになった。本当は千葉にあるのに東京を名乗る不届きものである。
売り出しのため、東京をアピールした方が外国人にもわかりやすい、ということは理解できるのだがやはり嘘はよくない。
で、俺はどちらかといえばディ〇ニーランドについての知識は浅いので、翠をリードしようとか言われても何をすればいいのか分からない。
とりあえず超有名なデートコースなどをインターネットで検索をかければどうにかなりそうにも思える。
しかし、そんな適当に考えた計画を翠に提供したくないという無駄に洗練された無駄のない無駄な逆張りの思いがそれを許さない。
とりあえず何も決まらなかったら最終手段として使おう、と一応ブックマーク登録を済ませ、マイナーなアトラクションを検索する。
常識的に考えればメジャーなアトラクションは好まれるためメジャーなのだと思うが、俺はもうそんなこと考えていなかった。
いろいろと調べた結果、どうやらディズニーには自分で漕ぐカヌーがあるらしい。
高い金を払ってやることか? と思ったがディズニー批判をしすぎると嫌われるのでこのくらいにしておく。
いかだを歩いて渡るアトラクションなどもあるらしいが、ただでさえ長い距離を歩くディズニーでさらに歩くのはうんざりする。
ツリーハウスはデートで行くなら普通に行きたいと思ったのでありかもしれない。
ところで、いつ俺と翠がデートをするという話になったのだろうか。まだ俺と翠は出会って半年も経っていないのである。
それは、翠と初めて会った日の次の日の昼のことだった。
「ディズニー行こうよ!」
「なんでだよ」
唐突なディズニーへの誘いに、俺は思わず突っ込んだ。
別に何かがあったというわけではないのになぜディズニーなのか。
「日向くんと私の出会いに乾杯! ってところかな」
「ちょっと待って、俺の財布事情は?」
男子学生は、中学生だろうと高校生だろうと常に金欠であることが世の定めだ。俺の感情がどうなろうと、金がなければ仕方がない。
「私がバイトして稼いだお金があるよ!」
「誰が人の金でディズニーに行くか! 申し訳なくて行きづらいだろ!」
「じゃあ日向くんがバイトする?」
「うちはバイト禁止だぞ」
特例として、家庭に特別な事情、例を挙げるとするのであれば片親であるとか、そういった場合は認められることがある。彼女はその制度を使ったのだろう。
「どっちか選んで」
「選んでって言われてもバイトは禁止じゃん」
「じゃあ私が払うから、決定!」
「ちょっと待って、支払いのことは後に置いておくとして、なんで翠はそんなに俺に良くしてくれるんだよ」
これはかねてからの疑問だった。俺たちは初対面なのに、なぜこれほどまでに簡単に距離を詰めてくるのか。
いずれ死に至る病気のヒロインは残りのお金をすべて使おうとする傾向があるが、まさか……?
「大昔、日向くんがもっと暗かったころの姿を見たことがあるんだよ」
それは、どこに出しても否定できない陰キャだったころ、俺の黒歴史。
「その時に、日向くんは諦めるんじゃなくてこれからの計画を立ててた」
「なんでそんなことを知ってるの?」
「話しかけてノートを見せてもらったの。日向くんは覚えてないみたいだけど」
翠のことを覚えていなかったのはとても申し訳ないと思った。しかし、俺が陰キャだったころのことすら知ってくれていて、溢れるほどの嬉しさを感じた。
「それで転校してきて初めて日向くんを見て、変わったなって思った。いっぱい頑張ったんだよね」
「翠……」
感動的とすら言える。
ここまで言われてしまったら――
「校則違反だけど、バイトするしかないか」
「じゃあ私が働いてるところ紹介しようか? ちょうど人手が足りないらしいから」
「それは良いんだけどさ、俺あんまり放課後の時間取れないんだよね」
放課後はパリピな陽キャたちとエンジョイするベストなタイムだ。
もちろん翠との時間はとても楽しい時間だが、陽キャになるという目標もある。そうしないと陰キャ時代の俺を乗り越えられないように思えるから。
「大丈夫、シフトはある程度自由が利くし、臨時として入ってもらうだけだよ」
「え、臨時?」
「ディズニー、三カ月先のチケット買うから、それまでだけね」
常識的に、約束をするということは一カ月前以上後なのだろうとは思っていたが、ディズニーはそんなに前から予約しなければならないのか。
「めっちゃ遠い話するじゃん」
「それまで愛の日々だね!」
何をふざけているのか。
いや、ふざけるのは勝手にすればいいと思うけど。
今からバイト一月でディズニーに行けるものなのか。俺は自分の金で行ったことがないのでわからないが、ディズニーに行っている人なんて一日十何万使っているクレイジーな人間に違いない。
まあいいや、翠がそこまで言うということは恐らく大丈夫だ。
心配なら後で調べればいい。
「私あんまりディズニー詳しくないからリードしてね」
「俺も最後にディズニー行ったの十年近く前の話なんだけど!?」
「よろしく!」
なんという無責任。なんでディズニー詳しくないのにディズニーに誘ったんだよ。
しかしその無責任に対しても、不思議と不快感とか苛立ちみたいな、マイナスの感情を感じることはなかった。
というか、三カ月あるなら何とかなる。
こういう人を人付き合いが上手いというのだろうか。
たぶん、さっきの話を聞いて俺を認めてもらったように思えるからだろう。
バイト初日だ。
一応形式上だけは面接を受けたが、翠の紹介のおかげでほぼ顔パスのようだった。
小さい個人経営店なのだが、その小ささに見合わないほど繫栄しているようで、おかげで人が足りないと店長が嘆いていた。
ちなみにその店長は、俺たちの高校でバイトが校則違反になることは既に翠から聞いているらしい。寛大な人だ。見ようによってはギャンブラーともいえる。
そしてこの店は、なんというかブックオフだ。
もともとは古本を売っている店だとのことだったが、最近は本以外の中古物の買い取りも始めたという。
それが原因で最近は繁栄を極めているという。改革としては大成功となっただろうが、おかげで人手不足とのこと。
「影山くん仕事出来そうな見た目だから期待してるよ」
「見た目だけは立派なんですよ」
初デートとかいう苦難を、初デートという思い出にするために、働き始めることになった。
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