休み時間に陰キャボッチムーブをかます
休み時間は一人がいい。
陽キャを目指すなどと言っている人間の言葉には思えないが、俺は一人の時間も必要だと思う。
こういうところが俺を陽キャと陰キャの中間といった立場にとどめてしまう主な原因なのだろうと自分でも理解している。
当然、休み時間、その中でも特に昼休みなどの長い休みは友達を増やしたり陽キャとのコネを作るのに最善の時間だ。一人でいるのはもっぱら昼休み以外の、十分程度の休み時間。
俺はクラス内ではどちらかといえば陽キャ寄りのキャラクターを作っているため普通に教室にいると陽キャたちが話しかけてくること必至だ。
俺は一人になりたいと思った時にはたいていの時間を教室にほど近い非常階段で過ごしていた。
「~♪」
スマホを取り出して、家にいる時はよく聴いているアニソンを聴く。こういったものは陽キャの面前では聴いたり歌ったりできないので、一人の時間は貴重な時間だ。
「あれ、影山くん? 一人でいるのは珍しいね」
「!?」
そんな俺は女子の声で話しかけられて驚き飛び上がった。
女子に話しかけられるとはまるでリア充のようだ、話しかけられたし付き合ってるっていう認識で問題ないのでは? と頭を高速回転させて怪文書を作り出す。
「何聴いてるの?」
「いや、誰?」
誰だろうか。誰なんだろうか、彼女は。いや誰だよ。俺の記憶が正しければ、俺は彼女と面識がない。
せっかく話しかけてくれたところに失礼な言い方になってしまったかもしれないが、事実俺は彼女のことを知らない。
彼女は美少女で、例えばこの学校に転校してきたとしたらすぐに有名になりそうな見た目をしているが、俺は多分彼女のことを知らない。見たことないから。
「あ、ごめんね。自己紹介がまだだったね」
「ああ」
「私は八組の南野翠。影山くんは有名だから知ってるよ」
有名……!
誰しもが認める天下の陽キャとは行かないまでも、正反対のクラスにまで名前が覚えられている。
誰もが認める天下の陰キャだった昔に比べると、ずいぶん有名かつ陽キャ的になったものだ!
一人で勝手に軽い感動を覚えていると、南野はそれに気づかなかったのか、話を続けた。
「それで、影山くんは何を聴いているの? イヤホンをつけているし、音楽を聴いているの?」
悪意のない言葉は時に人にダメージを与える。
この事実は多くの人が知っているとても有名な事実に相違ないだろう。
率直に言えばアニソンを聴いていることを責められているように感じてしまった。全くそんな意思はないと分かっているのに。
「アニメの曲、なんだけど……」
「なんて題名のアニメ!? アニソンとかアニメはちょっとだけわかるよ!」
なんといういい子。
アニソンを聴いていることを責められているなどと思った俺が完全にバカだった。脳みそが腐っていた。
そう思い知った俺は、南野に曲名を告げた――
「おい佐藤、しゃべってるだろ。この問題答えろ」
多くの生徒から恐れられている数学教師に、佐藤のおしゃべりが見つかった場面を横目に、俺は南野のことを考えていた。
陰キャは嫌だから陽キャになろう、などと言っている時間よりもはるかに楽しい時間だった。まさか南野が某超有名ラブコメの大ファンだったとは。
超有名なので陽キャでも名前だけなら知っているかもしれないが、南野はそのレベルではなかった。
女子は恋愛ものとかラブコメものが好きそう、と一瞬思ったが、あれは女子が好むタイプのものではないように思える。じゃあ南野は真性のアニオタなのだろうか?
「えーっと……。影山、助けて」
おしゃべりをしていたからと、数学教師に問題を解くよう指示された佐藤が、小声で俺に助けを求めてきた。
普段なら先生に告げ口して佐藤以外の笑いを取るところだが、今の俺はとても機嫌がいいので答えを教えてあげる。
「影山ナイス!」
結局佐藤自身が大声で感謝の気持ちを表し、そしてカンニングしたことにガチギレした数学教師にこってりと絞られた。
普段なら佐藤に絡むか一人で座っているだろう十分休みに、俺はさっきの非常階段へスキップしながら足を運んだ。
南野に会えると嬉しい、とは思ったが別に俺だって毎時間非常階段にいるわけではない、だったら南野も来ていない可能性が高いだろう。
「影山くん! また来てくれたんだ、うれしい!」
会えた。しかも、うれしいとすら言ってくれる。
「あ、ああ。嬉しい……か……?」
「影山くんと会えてうれしいよ!」
素直で可愛い。
とっさに可愛いと思ってしまった俺自身に驚く。
彼女への感情は俺の知らないうちにすでに恋愛感情へと発展していたのだろうか。
「十分しかないからさっきみたいに語り合うことは難しそうだよね」
「ここに来たはいいけど、何をするか考えてなかった……」
まだ俺と南野は会ってから一日すらも経っていない。互いのことをまだよく知らないため、何をしようかと天を仰いだ。
たぶん、こういうところが俺が陽キャになり切れない所以なのだろう。
いくら人との関係を考えたところでそもそものコミュニケーションの能力に難がある。
「じゃあ、自己紹介?」
「そうだな、じゃあ俺から。名前は影山日向。趣味は、買い物——いや、アニメ鑑賞だな。まだ何か必要か?」
「いいや、これから知っていけばいいから!」
ここはいつものように陽キャ力を上げるために来た場所じゃない。本当の趣味を言っても問題ない。
俺はいつもの窮屈さから解き放たれたような気持ちになった。
「私は南野翠! 趣味は同じくアニメ鑑賞、なのかなあ……?」
「なのかなあ、って?」
俺はつい首を傾げた。
「私、『私』がわからないの」
衝撃の言葉だった。
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