陽キャ美少女が俺に話しかけてきたけど、彼女はアニオタでした
ナナシリア
第一章 出会い
あれ、名前なんだっけ?
「あれ、名前なんだっけ?」
この高校で、天野太陽の名を知らない者はいない。
彼は陽キャという言葉を身をもって体現したかのような人物だ。
この学校に在籍する陽キャは、一年の生徒から三年の生徒までほぼ全員、彼と日ごろから仲良くしている。
いや、むしろ彼と日常的に仲良くしているからこそこの学校で陽キャと呼ばれるのだろう。
そんな陽キャだが、この作品の主人公を飾るわけではない。だって陽キャが主人公を飾ったら、作品としての緩急がお亡くなりになってしまう。
また、彼がどれほどの陽キャだとしても、そもそも話しかけられる側の俺がどちらかといえば地味な部類に属するため俺の名前は普通に忘れていた。
「名前忘れてるのかよ!?」
「悪い悪い、でも君が誰だかっていうのは知ってるよ。
佐藤一は、とても平凡な陽キャだ。一般的なクラスの一軍男子といった趣で、俺は二軍か三軍かそこらの男子として、そこそこの高頻度で会話をしている。
俺と佐藤との仲は良いといえば良い方なのだ。そのおかげで、人伝いとはいえ学校一の陽キャに覚えられているとは非常に光栄なことだ。
いつか誰もが認める陽キャになるという俺の目標にとって大事なことだ。
「天野とは佐藤経由で何回か遊んだことあったよな?」
「ああ。それで、名前は?」
「影山日向だ。日陰なのか日向なのかわからないってよく言われる」
「まったくどっちなんだよ」
なぜ影山という苗字に日向という名前を組み合わせようと思ったのか、甚だ疑問ではある。
しかし、下の名前的には陽キャになれそうなポテンシャルを秘めていそうだ。
とはいえ心の根っこが陰キャに育ってしまったので世間が陽キャとして認める陽キャになるよう、東奔西走している。
「ま、覚えやすくていい名前だと思うな」
「天野のお墨付きをもらえてよかった」
そのもっとも簡単な道となるのが、この天野と仲良くなることだろう。
天野に話しかけられているという状況は俺にとって貴重なチャンスだ。取り逃さないよう慎重に、それでいて何も進展がないということが起こらないように確実に会話をしなければならない。
「せっかくだし天野、今度みんなと遊びに行かね?」
できるだけ陽キャに見えるように。
「ああ、そうだな――」
そうやって天野を誘ったところで、別の陽キャが天野に話しかけてきた。
「天野、ちょっと来て!」
「今行く! 日向、詳しいことはまたあとでな!」
これだから陽キャ界というのは面倒くさい。
基本的には陽キャ度の高い人間が優先されるので、スクールカーストを上げづらいのだ。それでいて、スクールカーストなんて下がるときは一気に下がる。
だが仕方のないことだ、約束自体は取り付けたのでどこかしらで陽キャ集団に混じることが出来そうだ。
肝心の天野の連絡先を持っていないため、日付のすり合わせとかはできない。
「あれ、名前なんだっけ?」
どこか既視感のある絡まれ方をされた。既視感というか明確に天野に似ている。
絡んできたのは天野の最古の友達である。名前は、古月明。当然トップクラスの陽キャだ。
もしかするとトップクラスの陽キャは皆人の名前を忘れやすいのかもしれない。もしくは天野と仲良くしているから人の名前を忘れやすい病気がうつったのか。
「影山日向だよ」
天野は彼自身が陽キャすぎて俺のことを下の名前で呼んだ。だが一般的に陽キャか陰キャ区別がつかないような人種を呼ぶ際は苗字で呼ばれることが多い。
「ああ、影山か。いたないたな」
このように、陽キャでもとびぬけた陰キャでもない人間は、そもそも存在自体忘れ去られることも多い。影が薄い。
そう考えると、何度か遊んだ人の存在自体はほとんど覚えている天野は、天性の陽キャなのだろう。
「いたなってなんだよ! 酷え!」
「ごめんごめん! また今度太陽あたりと一緒に遊ぼうぜ」
「おっ、いいな」
「じゃあ話は太陽経由で伝えとく」
「おっけー」
天野と古月という、学校ツートップともいえる偉大な陽キャたちと約束を取り付けられたことで、今日は上機嫌だ。
そんなわけで夢見心地になっていたからか、移動教室なのに教室に道具を忘れてきてしまった。
授業中なので下手に忘れ物を取りに行って陽キャである佐藤からの評価を下げるわけにはいかない。
かといってこのまま一時間分ぼーっとしていても仕方がない。というか今度は評定が下がる。
俺は佐藤からの評価が下がってしまうという大きなリスクを割り切って手を上げた。
「先生! 持ち物全部忘れました! 取ってきていいですか!?」
勢いで突破する作戦だ。一個二個忘れたというよりかは全部忘れたといった方が面白味があるだろう。
とはいえ苦し紛れの作戦、通用するとは思っていない。
「いいですよ」
「え、影山全部忘れたの!?」
オタクの気質があるくせに生徒人気が妙に高い美術の先生が、あっさりと許可した。彼はそういうタイプだ。だから彼のことは気にしていない。
また、単純なクリーチャーである陽キャは勢いで笑わせて、何とか佐藤からの評価を下げずに忘れ物を取りに行くことに成功する。
今俺たちが授業を受けている美術室は、俺たちのクラスの教室とは校舎が違うため、校舎移動を跨ぐ必要がある。
授業中の静寂が広がる廊下、学校特有のオレンジの遮光カーテンが靡いた。
絶対この奥に美少女転校生が立っているに違いないと思わせる間をおいた。
ゆっくりと靡いたカーテンが窓に吸い込まれる。
カーテンが完全に元の状態に戻って、俺の視界中に現れたのはカーテンの後ろの景色だった。
美少女の姿はない。
現実なんて、そんなもんだ。
突然美少女が俺の前に姿を現すこともなければ、俺が少し頑張ったところで陽キャの仲間入りをするというわけにもいかない。
どうせ俺が陽キャになろうとしているのはコンプレックス解消のためだ、別に失敗したって困らないさ。
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