第三章 深淵に潜む絶対

第二十六話 三人目!


スタンピードの翌日、ギルドは緊急性のない高ランクの依頼を規制した。理由は単純──危険だからと。

最近の度重なる不穏な出来事に対して慎重になっているんだろうか。今は比較的に安全な、王都近郊の依頼しか掲示板に載せられていない。


まぁ仕方ないとはいえ、あれから二日ほど色んな依頼をこなしてきたが個人ランクのものしか受けられないのは金銭的に効率が悪かった。というかBランク以上の依頼を規制されたのが痛すぎる。救済措置として報酬の賃上げをしてくれてるけど、それだけだと足りないんだよな。


次の目的地がカザリック王国である事も踏まえて、そろそろラングラント王国の端にあるハーツライ町にも移動したい。日々の衣食住を三人分、道中の物資なんかも考えるともう少し欲しいところだった。



「というわけで、パーティー申請をするためにもう一人だけ蘇生しようと思うんだけど、誰かいないかな?」



──場所は昼時の食堂。

個人よりもパーティ向けの依頼の方が圧倒的に効率がいいのでそんな提案をしてみる。連携面も考慮すると誰かの知り合いがいいと思ったので、とりあえずクルエラ達に質問してみた。

それに即座に反応したのはリノだった。かぶりついていた肉を放棄し、勢いよく手を挙げる。



「はい、リノ!」



「ギズ!ユドラ!ヨドガンド!ファーニール!ウリトラ!」



「それ全部伝説の龍じゃねえか!俺は騙されないぞ!」



「むぅ……いい遊び相手になるんじゃがなぁ……」



いや、最低でも人型ひとがたにとどめろよ。それ全部龍じゃん、絶対に駄目だろ。そもそも意思疎通できねぇし。覇龍級だし。


リノがなにか企んでそうな感じだったから嫌な予感がしてたけど、やはり予想を裏切らなかったか。期待は裏切られてるんだけどね。


──ふぅ、と一つため息をつく。



「クルエラは誰かいないか?」



リノは駄目だと分かったので、今度はクルエラに直接聞いてみた。

その質問に彼女は少しだけ考える素振りをすると、なにかを思い出したかのように複雑な表情になる。どこか茫然ぼうぜんとしたような、思い詰めているような、そんな顔だった。


──クルエラの小さな唇が僅かに動く。



「ルガト……」



「ん?」



声が小さいのか、それとも周りの喧騒が大きいのか、どちらにしろよく聞き取れなかった。



「ごめん、よく聞こえなかった」



聞き返すが、彼女は少し俯き気味に首を振る。



「……なんでもない」



「そっか……」



ふむ、クルエラの様子が少し気になるが既にいつもの無表情に戻っている。続く発言もないところを見ると、特に誰もいないんだろうな。この話も振り出しに戻ってしまったか。


うーん、俺も冒険の話はよく聞いていたが、伝説の冒険者となると誰も知らないからなぁ。

再び肉にかぶりついているリノに視線を向けると、それに答えるように彼女は顔を上げた。



「我は別に誰でもいいのじゃ。我を楽しませてくれればそれでよい」



何故か不貞腐れている。むすっとした感じでこちらをちらちらと見ていた。とりあえず無視しておく。



「リノ……ヴェルがいる」



クルエラのその言葉に、リノの龍翼がピクリと反応した。



「あ、あやつはダメなのじゃ!却下なのじゃ!」



「でも、リノ……仲良しだった」



「違うのじゃ!あやつは我をからかっているだけなのじゃ!絶対に無理なのじゃ!」



へぇ、リノがこうも嫌がる相手ってのは少し気になるな。



「いいんじゃないか?リノみたいに好戦的でもないんだろ?」



「ん……ヴェルは比較的におとなしい」



「却下じゃ!あやつがおるなら我はここを去る!」



そ、そこまで言うのかっ……!

過去に何があったのか知らないが、余程そのヴェルって人のことが嫌いなんだな。



「カイン!あやつは物凄く悪いやつなのじゃ!我よりも遥かに悪いことをしておる!」



すごい剣幕だ。必死すぎて肉を食べ終わっていることにも気付いてない。残りカスの骨をガジガジと噛んでいる。



「リノ……ヴェルが聞いたら怒るよ」



「ぐぬぬ……じゃが、蘇生しなければいい話なのじゃ!」



リノがその言葉を口にした時だった。


──それは唐突に現れた。

ゾクリと、寒気に似たような緊張感が俺たちの周りに漂い始める。どこか異質な雰囲気だった。この世の者ではないなにかが、超常的な存在がそこにいるとわかった。


それはリノの背後から現れた。美しくてうるわしい、俺よりも年上っぽい見た目の女性だった。

紫色の短髪と、同じく紫色の瞳。色白の肌を隠すのはちょっとエッチな黒の薄着。そして特に目を引くのはその頭に生えたねじれたつのと、背中に生えている蝙蝠こうもりのような翼だった。


妖艶で、上品で、気品ある美しさを持っている。彼女に抱いた最初の印象はそんな感じだ。



『へぇ、リノ……そんなこと言っていいんだぁ?』



甘く透き通った声だった。艶やかに表情を変え、怪しげな笑みを浮かべながら、まるでリノの反応を楽しむかのようにその女性は囁いた。



「…………っ!?」



当の本人は目を見開いて口をパクパクとさせている。カランと手に持っていた骨が落ちた。かなりびっくりしたのか、油を差していない機械のようにぎこちなく首を動かして後ろを見ようとしている。


しかし、その女性は言い終わるや否や煙のように霧散して消えてしまった。全く謎だらけの人物だ。今の反応から察するに、その女性がヴェルっていう人なのかな。


俺は説明を求めるようにクルエラの方を向く。それを察し、彼女はどこかを指さした。その先にはリノの腕に巻きつく黒い鎖がある。



「多分ヴェルの魔術のせい……」



「どういうことだ?意識が宿ってるとか?」



それに小さく頷く。



「あの魔術は魂にまで影響してるから……」



「な、なるほど……?」



うーん、よく分からないけど、なんらかの副作用でそうなったってことなのかな?魔術って解明されてない部分も多いから特に驚きもしないけど。


というかあの黒い鎖はリノと親しい悪魔が存在に施した魔術だって言ってたよな。つまりあれか?そのヴェルって人は悪魔なのか?



「悪魔、か……」



悪魔と言えば、体がマナで出来ている不思議な種族だ。魔族と密接な関係にあるとも聞く。その存在自体、あまりいいようには思われてないみたいだけど実際のところどうなんだろうな。そもそも王都のようなイーリス教信仰区域では悪魔に関する文献がほとんどない。調べても上辺の誰でも知っているような情報しか手に入らないのだ。


まぁ、クルエラ達の知り合いだからな。悪魔に対して多少なりとも負の先入観はあるけれど、そこまで悪い人ではないのかも。

それに……なんか綺麗だったし?別にやましい気持ちがあって蘇生したいとか思ってもないけど?

パーティー申請するためにも、ここはそのヴェルって人を蘇生することにしよう!リノはかなり嫌がってるけど、逆にそれが彼女の暴走への抑止力になってくれればいいかな、なんて思ったりもするし。



「よし、ヴェルを蘇生することに決めた」



となれば早速人気ひとけのない場所まで移動して蘇らせてしまおうか。



「我は反対じゃぁぁぁぁぁ!!!!」



必至に抵抗するリノを何とか宥めながら、俺たちは王都の端にある教会近くの森まで移動することにした。


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