第二十五話 吸血は落ち着くらしい!


そいつは、よく知った見た目をしていた。クルエラを蘇生した日──<死の森>で依頼を達成するためにヨハン達が討伐した魔物、クレイジーベアーがそこにはいた。他の奴と違って単体行動をしているのか、周りに同種の魔物は見つからない。


まるで何かに憤っているような荒々しさだった。

というか同じBランクであるはずのタンクオーガをあんな簡単に吹き飛ばせるほど強くなかった気がするんだが。



「…………ん?あれは、なんだ?」



クレイジーベアーの顔にはどこか見覚えのある模様が付いてあった。

あれは────炎の模様っ……!昨日、トマソンさんの顔に付いていたものと一緒のやつだ!



「お主、強そうじゃの!」



「……純血硬剣アンロクト・エーチ



「ぐがっ……!?」



駆けつけてくれたリノ達によってクレイジーベアーは一瞬で絶命してしまった。雰囲気こそ圧倒的なものがあったが、二人にしてみれば他の魔物と大差ないってことなのかな。



『お……終わったぞぉぉぉぉ!』



『やった!俺たち生きてるよ!』



『こ、こんだけ魔物を倒せば追加報酬もいっぱいありそうだよな!』



歓声が上がる。みんな喜びを露わにして盛り上がっていた。俺も緊張が解けたのか、僅かな疲労が四肢に広がっていく。雑に剣を納めながらクルエラ達の方へと歩み寄った。



「ありがとう。二人がいなかったら結構やばかったかもしれない」



タンクオーガは倒せていたかもしれないが、あのクレイジーベアーは俺の手にあまっていたと思う。それほどのプレッシャーがあいつにはあったからだ。


それに頬に描かれていた炎の模様。やはり精神干渉系の魔術で間違いないだろう。あの怒り狂った様子やタンクオーガを吹き飛ばしたところを見ると、強制的に怒り状態にして力を上げるって効果があるんじゃないかな。うん、推測の域を出ないけど割と確信に迫っていると思う。



「みんな!よくやった!小規模だがスタンピードを殲滅したぞ!」



エルメニコさんの一声で一段と歓声が強くなる。初めてスタンピードを経験したが、うわさ通りかなり脅威的なものだったな。しかもこれで小規模ときたもんだから大規模スタンピードなんて想像したくもない。



「回復系のスキルか魔術を使える者は治療にあたってくれ!魔術組は引き続き魔法陣の解析を!前衛組は倒した魔物の部位を剥ぎ取って欲しい!」



興奮冷めやらぬ中、彼の指示に従っていく冒険者たち。俺とクルエラもそれにならって魔物の部位を取りに行く。リノは相変わらず立ったまま寝ていた。


一通り解体が終わったあと、気になっていたクレイジーベアーの死体に近寄る。

もう炎の模様はなかった。あれはなんだったのか、何者による仕業だったのか。よくわからないが、それでもこれだけは言える。この炎の模様を施した魔術士は確実に悪意を持って王都に何かしようとしているはずだ。



「はぁ……」



なんというか、短い間に色々とありすぎだろ。天龍級のドラゴン、トマソンさんが見た魔族、強硬龍エンテーラ、そして炎の模様。俺が王都に来た時は平穏だったというか、ヘンネルさんに聞いてた王都での生活話にもそんな物騒な内容はなかったはずなんだけどな。


一応エルメニコさんにも炎の模様の件を伝えた。それを聞いた彼は真剣な表情になる。



「ふむ、となればトマソンくんの件と同一犯の仕業と見て間違いないだろうな。報告ありがとう。とりあえず王都に戻ろうか」



どうやら他の作業も終わったらしい。魔物の素材や使えなくなった武器を馬車に積んだ俺たちは王都に向けて歩き出した。


あれだけテンションの上がっていた冒険者たちも流石に疲れたのか、帰りの道中は比較的に静かだった。リノも寝てるし、クルエラも喋らない。だから暇なのだ。とりあえず何か話題を見つけて会話したい。まぁクルエラと共通の話題なんかないかもしれないけど。


──あ、そうだ。



「今日は吸血するのか?」



あの時リノが言ってたけど、クルエラは吸血行為が必要ないらしい。彼女の雰囲気も元通りになったし、ちょっと気になってたから聞いてみた。


するとクルエラは恐ろしい早さでこちらへ向いた。あまりにもそれが早かったので俺も少しビックリしてしまう。その勢いでフードが取れ、クルエラの顔が顕になった。相変わらずの無表情だが、怒ってる訳ではなさそうだ。やっぱり聞いたらまずかったかな?



「あ、えと、ごめん。変なこと聞いちゃった」



「…………する」



「えっ?」



吐息のようなその声は周りの冒険者たちの足音にかき消されてよく聞こえなかった。クルエラは少し俯き気味になると、今度は先程よりも大きな声で一言発する。



「吸血……する」



少し照れてるのか、僅かに頬が紅潮しているように見えた。

というか……か、可愛すぎるだろ!なんかこっちまで照れそうになるよ!普段はフードを被ってて顔はあんまり見えないけど、やっぱりまじまじと見たらクルエラって絶世の美少女だ!



「わ、わかった……」



後ろ髪を掻きながらそう答える。なんか恥ずかしい。あの吸血行為って、ちょっと、えろいというか、どことは言わないけどくるものがあったから。

いまだにあの夜のことは鮮明に覚えてる。というか忘れられるはずがない。その翌朝の絶景も脳裏にしっかりと焼きついている。


……大丈夫かなぁ、俺の理性。まぁクルエラに襲いかかったところで返り討ちに会うのは目に見えてるけども。いや、少なからず俺に心を開いてくれてるのかな?だって必要のない吸血行為をしたいわけだし、流石に嫌われてはないと思うんだが。というか何で吸血したいのかも気になる。これはちょっと聞いてみたい。



「クルエラが吸血する意味って何かあるのか?」



触れてはいけない話題かもしれないが、好奇心のほうが勝ってしまったんだ。許してくれ。

それを聞いたクルエラはフードを被り直しながらチラリと俺の方を見ると、こくりと小さく頷いた。



「……カインに吸血すると、落ち着く」



「そ、そうなのか……」



いや、普段も落ち着いてるように見えるけど……。彼女にしかわからない何かがあるんだろうな。まぁこんな美少女とあんなに密着できる機会なんて絶対にないから、むしろ吸ってくれって感じだけど。


そんなこんなで王都に帰り着いた俺たちはギルドから今回の緊急クエスト分の報酬を受け取ると、そのまま宿へと向かった。

飯を食べ終え、部屋に着く。相変わらず寝ているリノをそっと部屋に運び、俺はクルエラともう一つの部屋に入った。


クルエラの眼が光っている。のそのそとベッドの上にいる俺に近づいてきた。やっぱりえろい。でもなんだろうな。こんなに可愛いから下心を持つことさえ烏滸おこがましいようにも感じてきた。



「……カイン」



小さな口を大きく開け、ゆっくりと俺の首に近づいてくるクルエラ。いよいよ吸血が行われようとしていた。


──しかしその夜、『クルエラ!戦おうではないか!』などという訳の分からない声を上げながら部屋へと乱入してきたリノによって、結局吸血は中断となってしまった。


もちろん……めちゃくちゃ怒った。


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