第二十二話 魔物の大群


リノの冒険者登録を終えた俺たちは、その流れで緊急クエストへと参加することにした。今は王都を出てブエナ平原を歩いているところだ。四方には今回の依頼に参加している冒険者たちの姿があり、皆僅かだが浮き足立っているように見える。


──序盤は大きな街道を通ってるおかげか魔物の出現も無かったけど、ここに入ってからはそれなりに出てきてるな。まぁ前方の冒険者たちが見つけ次第掃討してくれてるから俺たちは何もすることないけど……。


戦闘が起こる度にリノがそわそわしだすが、何とか落ち着かせている。こんなに人が密集した場所で暴れられると絶対に死者が出ると思うからな。



「あっちゃぁ……」



そしてブエナ平原の中腹にたどり着いた俺は、その光景に頭を抱えていた。辺り一面に大きな穴があいている。それも一つや二つではない。見渡す限りだ。



「そりゃ緊急クエストも発令されるわな……」



それこそ災害級の魔物が出たと勘違いしてもおかしくないだろう。やっぱり覇龍級同士の戦いはその余波で地形すらも変えてしまうらしい。是非とも手合わせ願いたくないところである。


まばらに散っていく冒険者たちにならって、俺たちも周囲を観察していく。大きな穴以外は特に目立った痕跡もなさそうだな……。



「ふぐぇっ……!?」



歩きながら寝ているリノが、砕け散った地面の欠片につまずいて盛大に転んでしまう。

これが自業自得というものかっ。地面がデコボコなんだから足元には注意しとかないと駄目だろ。まぁそんな間抜まぬけなところもちょっと可愛いけど……。



「あれ……?」



リノが倒れている場所に何か違和感を感じる。そこには線のようなものが描かれていた。ところどころ欠けてはいるが、これは間違いない────



「魔法陣だな」



俺が言おうとしたことを隣の誰かが代弁する。少し驚きながら横に振り向くと、そこにはエルメニコさんが険しい表情で立っていた。すぐそばまで気配を感じさせない辺り、この人もかなりの実力はあるんだろうな。



「まだ魔力の残留を感じる…………最近ここで何かがあったはずだ」



エルメニコさんは神妙にそう呟いた。


確かにそうだ。薄れてはいるが僅かに魔力が残っている。線を辿たどっていくとこの魔法陣がどれほど広範囲に広がっているのかが見て取れた。これがリノの言っていた転移陣なのかもしれないな。


今の発見で魔術に詳しい冒険者たちが招集され、魔法陣の解析が始められる。俺も興味本位で見てみたが、その構造については全くわからなかった。



「もう少し魔術の勉強をしておけばよかったかな……?」



現段階で俺が使えるのは風の弾丸ウインド・バレット水の大壁ウォーター・ウォールなどの初歩的な魔術のみ。ああ、後は第二階梯魔術の水の流刃ウォーター・スペッズぐらいか……。あれは不発のリスクが高いからあんまりアテにしてはないけど。


難しいんだよなぁ、魔術理論。簡単な神秘ルーン文字は描けるようになったけど、魔法陣に対しての知識や魔力の配分効率なんかはまるっきり素人のままである。よく魔術の師匠には『宝の持ち腐れ』なんて言われてたな。魔力量が多いのにそれを活かせてないんだとさ。



「おーい、リノ。そろそろ起き上がれよ」



視界の端でいまだに倒れている彼女に声を掛ける。…………しかし反応はない。心配になった俺はリノの手を引いて体を持ち上げてみる。



「むにゃむにゃ……」



────こ、こいつ……!この状況でまだ寝ているだと!?転倒てんとうの衝撃など関係ないと言わんばかりに幸せそうな顔をしている!



「リノは相変わらずだな」



蘇生してからずっとこの調子だからもう慣れてきたよ。自由気ままなところは昔からなんだろうな。

そっとリノを仰向けに寝かせ、乱れたフードを整えてやる。



「リノはいつもこんな感じ…………龍人族は寿命が長いから、ゆっくりと生きてる」



「なるほどね」



隣に来たクルエラがリノの頭を撫でながらそう言う。これも種族間の違いってやつなのかね。人間の俺にはわからない感覚だ。



「ほれほれ」



寝ているリノの頬をつんつんして遊んでみる。それがうっとおしかったのか、彼女は時折『むにゃっ!?』という訳の分からない声を上げて身をよじった。ちょっと面白かったのでしばらく続けてみる。



「暇だなぁ……」



緊急クエストとはいいつつも、俺たちは今回何もしていない。ギルド側も不測の事態を予測してこれだけの冒険者を集めたんだろうが、その半数が手持ち無沙汰な状態になっていた。まぁ平和なのはいいことなんだけどね。


周囲の警戒や調査なんかは他の冒険者たちがやってくれてるし、魔法陣の解析も専門知識のある人達がやってくれてる。何もしてないのにこれで報酬が貰えるんだからうまい話だ。


────ふぅ……と軽く体を伸ばし、辺りを見渡す。このブエナ平原も牧草の絨毯みたいに綺麗な景色だったけど、今では見る影もなくなっていた。一部の冒険者には恋人とのいこいの場として人気だったみたいだけど、この様子じゃしばらく来れないだろうな。


フェブル山脈を眺めながらそんな事を思っていた時だった。遠くの方で何かが見えた。



「ん……?」



フェブル山脈のふもとに小さな黒ずみがある。しかも動いている。あれは何だ……?見たところ行商人の列でもなさそうだが。



「お、おい!なにか見えるぞ!」



周囲を警戒していた冒険者たちもその異変に気付いたようだ。徐々にこちらへ近付いてくる謎の物体に、俺たちは警戒心を強めていく。周囲の緊張感が僅かに高まった。



「みんな戦闘態勢を取れ!あれは魔物の大群だ!」



近くにいたエルメニコさんがそう叫ぶ。手のひらサイズの魔法陣を右目に展開し、黒ずみの方を見ていた。俺の知らない魔術だが、恐らく遠くを見ることができるんだろう。


────というかあれは魔物なのか!?だったら数が多すぎるだろ!薄々そうなんじゃないかと思ってたけど、嫌な予感が的中してしまった……!


地鳴りとともにやってくる魔物の大群に対して、冒険者たちも迎撃する体制を整えていた。俺も剣を抜いて深呼吸する。


──っと、リノも起こしておかなきゃな。彼女の力も必要だ。もちろんクルエラの力も。

なにせあの規模だ。一体何匹いるかなんて全く想像もつかない。『未知はそのまま脅威となる』って、むかし剣術の師匠にも言われてたしな。



「クルエラ、なるべく被害を減らせるように冒険者たちのことを気にかけて欲しい」



「……任せて」



「リノ、あまり派手にはやってほしくないけど緊急事態だ。いざという時は本気で敵を殲滅してくれ」



「ふわぁ〜、言われなくとも……むにゃ、分かっておるわい」



クルエラは静かに頷き、リノは眠たそうに欠伸をする。

何はともあれ初めての共闘だ。右に左に最強の二人がいるんだから心強いことこの上ない。俺も加勢はするけど、正直力になれるかわからないからな。気を引き締めていこう。


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