第二十一話 ギルドは混乱しているようです


──時刻は昼時。

遅い朝食を済ませた俺たちは依頼を受けるためにギルドまで来ていた。

ちらりと横を見るとリノが眠たそうにあくびを繰り返している。昨日は遅くまで戦っていたのだろうか。朝からずっとこんな調子だ。


ギルドの扉を開けると人の熱気が顔を撫でる。なぜか今日は所狭しと冒険者たちがひしめき合っていた。何かあったのかな?大体この時間帯はお昼時ということもあり人が少ないはずなんだが……。


中の様子を確認する。たまに見る高ランクの冒険者やいつも酒ばかり飲んでいる酒豪連中まで、みな一様に武器や防具を揃えて集まっているみたいだった。


とりあえず端っこの席に座った俺たちは、状況を推測するため近くの冒険者を観察することにした。



『おいおい、なんかヤバい魔物が出たかもしれないって噂だぜ!』



『ブエナ平原がかなり荒れてたんだろ?こえーよ……』



『場所はフェヴル山脈の近くだってな。まさかスタンピードが発生したのか……?』



それぞれ恐怖や困惑といった感情を見せながらお互いに色々と言い合っているみたいだった。その手にはなにかの依頼書が握られている。


──ちらりとリノの方を見た。

彼女は今の会話に心当たりがあるのか、俺と目が合うとサッと視線を逸らした。焦っているのか目が泳ぎまくっている。


続けてテーブル近くの壁に貼り付けられた依頼書に目線を移した。そこにはこんなことが書かれていた。


『ブエナ平原にて大規模な災害が発生した模様。大型モンスターによる魔災の可能性もあるため、本ギルドは調査隊を派遣することにした。高ランク冒険者はなるべくこれに参加するように。当依頼はギルドから発生している。報酬は銀貨三十枚。パーティの場合は金貨二枚。脅威が未知数であるため、万全の準備をおこたるな』


いわゆる緊急クエストというやつだな。よほど大きな事件があったのだろう。

依頼書を一通り読み終えた俺は小さくため息をついた。顔の前で手を組み、さっきからやたらそわそわしているリノの方へと視線を移す。



「──で、なにか言い訳はあるかな?」



「わわわ我は何もしてないのじゃ!勘違いするでない!」



「嘘つけぇぇぇい!」



バンッとテーブルを叩き、身を乗り出しながらリノに詰め寄る。彼女はその音で体をビクンッと震わせた。ちょっとやりすぎたかな?いやしかし、ここは心を悪魔にしよう。

ゴホンと咳払いして席に戻ると、責めるようにリノをジッと見つめる。



「フェヴル山脈の近くって、昨日リノとクルエラが戦った場所だと思うけど?」



さっきの様子からして、今回の騒ぎの原因はリノにあると予測する。災害っていうくらいだから派手に暴れたんだろう。スキルの特性を考慮しても流石にクルエラだとは考えにくい。



「そ、それはそうなんじゃが!昨日は色々とあってだな!」



「ほぅ、色々とな……?」



「エンテーラとかいう物凄く凶暴なドラゴンがおったのじゃ!我はそれを撃退したにすぎぬ!逆に褒めて欲しいところなのじゃが!」



「エンテーラ……?」



──って、まさか強硬龍エンテーラのことを言ってるのか?いやいやいや流石にないだろ。だってあれは覇龍級だぞ?それに世界樹領の遥か奥地に住むって伝書にも書いてあったし。



「そんな覇龍級のドラゴンがなんの前触れも無しに来るわけないだろ!もっとマシな言い訳をするんだったな!」



「本当なのじゃあ!……のぉ?クルエラァ…………!」



リノはすがるようにクルエラへと抱きつく。彼女は少しうっとおしそうな表情をした後、俺の方を見てこくりと頷いた。



「確かにあれはエンテーラだった…………」



「えぇぇ……」



いや、えぇぇ?そうなのか?それが本当だとしたら災害なんてものじゃ済まされないぞ?最悪ラングラント王国そのものが破壊されてしまう可能性もある。


──でも、リノはいま撃退したと言ったよな。確かに彼女の強さを考えると有り得る話だが、本当にそうなんだろうか。まぁクルエラが言うんだから間違いないだろうけど。



「でも、何でエンテーラが王都の近くにいるんだ?」



そもそもドラゴンの存在が確認されるのも稀であるのに、覇龍級まで出てきたとなっては話が変わってくる。一度教会の文献でエンテーラについて調べたことがあるけど、の龍は国一つを滅ぼせるほどの脅威だとされていた。そんな存在がこんな身近に迫っているなんておかしすぎるだろ。


トマソンさんの言ってた魔族のことも気になるし、<死の森>に出現した天龍級のドラゴンの件もある。にか強大な悪意が働いているような感じがするよな。王都も安全じゃないってことか。



「まぁ俺が考えたところで何も分からないけど……」



そんなことより────



『おい!パーティだと報酬が金貨二枚になるらしいぜ!?お前、俺とパーティ組めよ!』



『いいか?貴重な素材を見つけたら皆で山分けだ。抜け駆けは禁止だぞ?』



『や、やっぱり辞めようぜ?いくら緊急クエストだからって強制じゃないんだ。いのちだいじに…………な?』



────この事態をどうするかだよな。

各々おのおの反応は違うけど、既にギルド内はお祭り騒ぎになっている。もう手遅れの状態だよな?緊急クエストまで発令されちゃってるし。


俺がそうやって頭を悩ませていると、不意にリノが手を挙げる。



「ん?」



「少し気になることがあるのじゃが……」



「気になること?」



「エンテーラはここまで飛んで来た訳ではないのじゃ。何者かに転移させられておった」



「転移?」



……てことは魔術によって召喚されたってことか?

でも、転移陣は第八階梯に分類される非常に高度な魔術のはずだ。そもそも単独での発動は無理だし、相応の魔力量も要求される。つまり何らかの集団がエンテーラを王都の近くに召喚したってことか?



「…………フェヴル山脈の近くに誰かがいた」



不意にクルエラがそう呟く。



「むむ?そんなやつおったかの?」



「リノは戦闘に夢中だったから気付いてない…………」



「そういえばそうじゃったっ」



リノは気恥しそうに頬をかく。今の会話に照れる要素なんて一つもなかったけどな。



「まぁ考えても仕方がないか……」



とりあえず今からどうするか、だよな。

一応俺もBランクだから緊急クエストの招集対象にはなってるはずだ。報酬も銀貨三十枚は結構おいしいし、エンテーラを転移させた犯人の痕跡も分かるかもしれない。とりあえず調査隊に参加することにしようか。



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