強硬龍 VS 黒覇龍


「クルエラ、お主弱くなったか?」



ブエナ草原を気だるそうに歩くリノが、ふと思い出したかのようにクルエラへ問う。



「…………なぜ、そう思ったの」



「いやな?昔のお主の実力であれば、我の力が封印された状態じゃと手も足も出んかった気がするんじゃが……」



自身の腕に巻き付く黒い鎖を見つめながら、リノはぽつりとそう呟いた。その発言に、クルエラも少し考える素振りをする。



「力が弱くなった、というよりも…………血と魂の繋がりが弱くなった」



「うぅぅ、我に難しい話をするでない」



「……ごめんなさい。ただ…………一つ言えるのは、私の中には彼の魂が入ってるということ」



「えぇぇ…………」



リノは小さく仰け反りながら、少しばかり困惑した反応を見せる。頭を掻きむしり、必死に思考を巡らせ始めた彼女だが、程なくして「やっぱりわからぬ」と匙を投げた。

その様子を尻目に、クルエラは足を止めることなくブエナ平原を進んでいく。やはり気にしていないのか、その表情からは何も読み取れない。



「んっ…………?」



不意にクルエラが立ち止まり、遠くを見つめる。彼女の視線の先には月光に照らされたブエナ平原が広がっているだけだが……多少の違和感からだろうか、クルエラの目が僅かに細まった。



「……あれは、なに?」



満月に照らされたブエナ平原はいつもより明るいが、その光源とは別のなにかがフェヴル山脈の近くで光っている。クルエラとその光の発生場所まではかなりの距離があるはずだが、それであの明るさなんだからそこそこの光度はあると推測できる。



「むむむ?なんじゃあれは!なにやら面白そうな予感がするのじゃが!」



一気に元気を取り戻したリノはその光源を指差し、満面の笑みを浮かべる。



「クルエラ!あそこに行こうではないか!」



「でも…………変なことをしたらカインに怒られるかも。もう決闘も出来なくなる」



「えっ?あっ、そ、それはあれじゃ!ほらっ、内緒にしとけばいい話なのじゃ!」



「…………リノ、悪い子」



「うぅぅぅ!もう悪い子でも何でもいいのじゃ!早く行こうではないか!」



まるで玩具を必死にせがむ子供のような勢いのリノに、クルエラは小さくため息をつくと仕方なさそうに彼女へと着いていく。二人は翼を展開させると目標に向かって飛んでいった。


程なくして光の正体が近づいてくる。それは巨大な魔法陣だった。闇夜に眩ゆいほど輝くそれは、これまた一匹の巨大なドラゴンを召喚し終えたところだった。



「やはり面白そうな奴がおるのォ!」



闇夜に鎮座する謎の生物に、リノはキャッキャッと喜びを露わにする。月光に照らされて銀色に輝く巨大なドラゴンは王城すらも軽く凌駕するほどの大きさだった。わずかにあふれる神秘的なオーラや荘厳そうごんな佇まいは、見る者の心を引きつけるほど綺麗だった。


ドラゴンはフェヴル山脈から彼女たちの方へと視線を移す。



『俺の…………俺の眠りを妨げたのはお前たちか!?せっかく気持ちよく眠れそうなところだったのに!』



そいつは目をカッと大きく見開いたかと思えば、そんな人間くさいことを言い出した。魔術を介して紡がれるその言葉はブエナ平原に広く響き渡り、声量によってビリビリと地面を揺らしている。



「なんじゃ?よく分からぬがそんなことはどうでもよい!強そうじゃなお主!我と戦え!」



『ああいいとも!ぶっ潰してくれるわ小娘が!』



────と、両者の発言によって戦いの火蓋は唐突に切られることとなった。

まず動き出したのはリノだ。その恐ろしく早いスピードでドラゴンとの間合いを急激に詰めると、がら空きの腹部に一撃を加える。

まるで爆発したかのような打撃音が辺りに響き渡った。



『ぐぉぉぉ!』



拳と龍鱗の間に大きな衝撃波が発生し、周囲の草を空へと巻き上げる。リノは続けてクルッと体を回転させると、今度は回し蹴りを放った。その衝撃でドラゴンの巨体が僅かに傾く。



「むむ?意外と硬いやつじゃな!面白い!」



『バカなっ!この俺に傷をつけるとは!』



ドラゴンは驚きつつも仕返しとばかりにその巨大な尻尾を振り上げる。圧倒的な質量のそれは目にも止まらぬ速さでリノへと接近した。



「ほぅ!」



かなりの至近距離から繰り出された攻撃により、リノは避ける間もなく空へと打ち上げられる。しかし、龍翼を使って体制を整えると再びドラゴンへと向かっていった。



「なかなか殴りごたえのある体じゃな!」



『ぬぅぅん!』



襲い来る鋭利な龍爪を掻い潜りながら──同時にドラゴンが放つ魔術の攻撃を避けながら──リノは絶えず攻撃を繰り出していく。腹部、顔、背中、翼、爪、あらゆる場所を目まぐるしいスピードで移動しながらもその攻撃の手を緩めない。鳴り止まぬ爆発音にも似た攻撃のぶつかり合いは、時間とともに平原の形を変えていっている。



『おかしい!』



────そして、どのくらい経っただろうか。不意にドラゴンが首を振り回しながらそうわめき始めた。



『なんなんだこの力は!なぜこんなにも痛いのだ!?俺は覇龍の中でも最高硬度の鱗を持っているんだぞ!?』



見るとドラゴンの銀鱗はところどころ砕け散っており、その隙間からは少量の血液が流れている。集中的に攻撃されたであろう部分に至っては完全に消えてなくなっていた。



『それになんなんだこの力の波動は…………?どこか懐かしいような、どこか身に覚えがあるような…………』



「ふむ、確かに我も戦い覚えがあるぞ?こんなに硬いやつはそうそうおらんかったからな」



その発言にピクリと体を震わせたドラゴンは、恐る恐るというようにリノへと問いかけた。



『お前、龍人族だよな?』



「うむ、そうじゃが」



『頭のツノはどうした。龍人族なら生まれた時に生えてるだろ』



「ふむ?そんなもの、最初からついてはおらぬな」



その言葉にドラゴンは押し黙ってしまった。先程とは打って変わってブエナ平原が静かになる。じっとリノを見つめるその瞳には、どこか動揺の色が浮かんでいた。



『いやしかし、そんなはずはない。あいつは確かに死んだと聞いた』



ぽつりとそうこぼすドラゴン。



『だがあの妙な言葉遣い。ツノのない龍人。黄金の眼。まさかな………』



「なにをブツブツと言っておる!早く戦いを再開するのじゃ!」



『ちょ、ちょっと待て!間違ってたらそれでいいんだが、一つだけ質問がある!』



「む?なんじゃ?」



かなりの剣幕でそうまくし立てるドラゴンに、リノもピタリと動きを止めた。出会った時の威厳はどこへやら。今はその巨体に反して小動物のような頼りない雰囲気を醸し出している。



『お前、リノラースか?』



「そうじゃが……」



────刹那、周囲の空気がドンと重くなった。それと同時に地鳴りのような騒音が辺りに広がっていく。揺れているのだ、地面が。震えているのだ、ドラゴンが。



『よ、用事を思い出した。帰らせてはくれないか?』



「ダメに決まっておるだろう!というかお主、もしかしてエンテーラか?」



ビクンッと巨体が揺れ、より一層地面に亀裂が入っていく。



『だ、誰だそいつはっ!?おい!エンテーラとかいうやつ!出てこいやっ!』



「久しぶりじゃのぉエンテーラ!また昔みたいに遊ぼうではないか!」



『ひぃっ!こ、殺される!』



エンテーラは慌てた様子で翼を広げると、かなりのスピードで上空へと逃げ出した。しかし、そんなことをリノが許すはずもなく、それを上回る速さで追いつくとエンテーラを地面へと叩き落とす。



『ぐはぁっ!』



「何故逃げるのじゃ!昔はよく遊んでいたではないか!」



『ち、違う!あれは遊びなんかじゃない!あれは狩りだ!お前の気分次第で俺の生死が決まるんだぞ!?ふざけるな!』



「むむむ」



予想外の返答だったのか、地面に着地したリノは不満そうな様子で顔をしかめる。



『何故かあの時ほどの覇気は感じられないが、まだ本気を出してないだけだろ?なぁ頼むよ。俺を故郷に帰らせてくれ。何も悪さしないからさ』



地面に落ちた状態のまま──首がその勢いで地面に刺さっている事にも構わず──ドラゴンは力無くそう呟いた。もはや哀愁が漂っている。漂いすぎてエンテーラが見えなくなりそうだ。

その様子にリノは大きなため息をつくと、やれやれといった感じで首を振る。



きょうが冷めたのじゃ。戦意のないやつに用はない。とっとと帰るのじゃな」



彼女は手をヒラヒラとさせながら踵を返すと、近くに待機していたクルエラの方へと向かう。遠ざかるリノの気配を感じ取っていたエンテーラは、心底ほっとしたようにぽつりと呟いた。



『た、助かった…………のか?』







◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆








「なんだァ?あの龍人族はァ」



「ひひっ、エンテーラを圧倒するほどの実力。化け物じゃないか。あれが王の言っていたフィーニス教とかいうやつか?ひひっ」



「ちっ、うさんくせェ奴が出てきやがったなァ。おい、ずらかるぞォ。あいつの情報を持って帰れば処刑は免れるかもしれねェ」



「ひひっ!お互い死なないといいな!」





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