強硬龍エンテーラ
ブエナ平原で戦闘するリノとクルエラ。
時を同じくしてそこから少し離れた場所にあるフェブル山脈。その
「座標は問題ないなァ。本当にこの時間は寝ているのかァ?」
「ああ、間違いない。エンテーラは現存する覇龍級の中でもかなり生態が解明されている方だ……ひひっ、計画に滞りは無いっ!」
重たい雲の隙間から月明かりが降り注ぎ、夜の闇を照らしていく。徐々にあらわとなった二人は、黒いローブに身を包んでいた。
人間にしては大きすぎる身長と肩幅。それに加え、背中に生えた大きな龍の翼。フードを押し上げる二対の角のようなもの。声質からして男と思われるが、明らかに人間ではないなにかがそこにはいた。
「こんな大掛かりな魔法陣を何晩もかけて描いたんだァ。失敗すれば俺たちの命はないぞォ?」
その言葉の通り、男の目の前には長い線が走っている。それはかなり遠くまで続き、
「既に百人分の魔力結晶を中央に配置してある。ひひっ、準備は万端だ!」
「流石は第八階梯魔法といったところかァ。覇龍級を転移するには少々
そう言いながら片方の龍人はしばし歩き、しゃがんで魔法陣の線に触れる。
「くくくっ、そのあまりの硬さから強硬龍の名を冠する覇龍だァ。こいつの硬度はアダマンタイトと同等か、もしくはそれ以上だと言われているからなァ」
「ひひっ、俺たちの命も危ないかもな!」
「問題ねェ。俺たち用の転移陣も用意してある。最後まで見届ける予定だが、万が一の時はこの転移陣で国に戻るぞォ」
「ひひっ!なら心配ないな!」
「では始める」
男は触れている魔法陣の線に赤黒い謎の液体を垂らす。垂らされた部分から線が光っていき、やがて魔法陣の全体図が闇夜のブエナ平原に明るく浮かび上がった。
「来たれ
詠唱とともに魔法陣の発光が更に強くなる。羅列された
地に描かれた魔法陣と空中に浮かぶ
「凄まじい迫力だなァ。こりゃラングラント王国も三日三晩ともたないだろうよォ」
「ひひっ、国が滅ぶ様を見るのは楽しそうだ!」
構築されていく何かは徐々に姿を現していき、やがてその一部があらわとなる。
それは巨大な龍の足だった。ゴツゴツと
────ふと、魔法陣の近くにいる龍人族が首を傾げる。
「変だなァ。寝ているのであれば足だけでなく、横たわった胴体も既に出現しているはずなんだがァ…………」
「ひひっ、立ったまま寝てるんだろ!」
「はんっ、面白ェ冗談だな。まぁ、そうだといいがァ……」
少しの疑問を持ちながらも、二人の龍人族は魔法陣から徐々に現れている龍の姿を静かに見守った。
月明かりに照らされて金属のような輝きを放つ銀色の龍鱗。巨木を遥かに凌駕する太い四肢と、その先に伸びる鋭利な爪。加えて腹部ですら見上げんばかりの位置にある。その圧倒的なまでの力の存在に、龍人たちは思わず息を飲んだ。
────神々しい。
覇龍という邪悪なイメージとは裏腹に、その龍は神秘的な造形をしていた。月の光りも相まってか、見るもの全てに神聖な印象さえ持たせるだろう。それほどの美しさを持っている。
「さすがは神話の時代の生き物といったところかァ。高位の龍人族でさえ、束になっても手に余ると言われた怪物だァ」
「ひひっ、王都を壊滅させた後はどうするんだ?」
「知らねェよ。俺もその後の指示は聞いてねェ。勝手に他の人間領域も破壊してくれるんじゃねェのか?」
「ひひっ、だと手間が省けるな!」
おちゃらけた様子で小躍りをする相方。それを横目に、もう一人の龍人は再び魔法陣へと視線を戻した。もう既に首まで出現している。
「いよいよかァ…………思ったよりも時間が掛かったな」
目が出現した。その視線は見る物全てを射抜かんばかりの鋭い眼光だった。闇夜の中でも一層輝く黄金の眼をしている。
「おい、話が違ェじゃねェか────」
そう、龍の眼は開いていた。そしてその視線の先には自身を転移させた龍人族たちがいる。
「────寝てるんじゃなかったのかァ!?」
「お、俺の計算違いだったようだな。ひひっ、俺たち死ぬんじゃないか?ひひひっ!」
「笑い事じゃねェ!何とかコイツの注意を王都に向かせるぞォ!計画が失敗したらどのみち俺たちは死ぬんだからなァ!」
「い、一旦フェブル山脈に避難しよう!ひひっ、まだ転移は終わってないぞ!…………ひひっ!」
先に逃げ出したのは小躍りをしていた龍人だった。その言葉に、魔法陣の近くにいた龍人も「こんな時によく笑ってられるなァ!」と叫びながら後ろを追随する。
そして龍人族たちが避難したと同時に、強硬龍エンテーラの転移は完了したのだった。
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