第十三話 同情しちゃいます!
王都へ続く小さな川のその途中────無人となった集落跡地にはボロボロになった家が並び、手入れされていない道には雑草が生い茂っていた。そこを住処とする魔物、ゴブリンが廃屋からひょっこりと出てくる。
見た目は六歳くらいの子供で、肌は緑。髪は生えておらず、耳はエルフのように尖っている。ぽっちゃりとしたお腹で、ボロボロの布切れを腰に巻いていた。
ギョロギョロとした目を動かしながらゴブリンは辺りを見回す。右手には荒く研いだ石の剣が、左手には廃屋にあったであろう布袋が握られていた。
「ゴブ!ゴブゴブ!」
どうやら今から狩りにいくらしい。ゴブリンは意気揚々と草原を歩きながら布袋を振り回している。容姿は醜悪だけど、行動だけ見ると可愛い生き物にも思えた。
「ゴブゥ!」
やたらテンションの高いゴブリンは、しかし次の瞬間には驚愕の表情を浮かべることとなる。
──彼の頭上が影になった。
「ゴブ?」
──ドゴォォォォン!
凄まじい爆音とともにゴブリンが消し飛んだ。ついでに地面も派手に砕ける。
「なんじゃ、手応えがないのぉ」
「うんちょっと待とうか」
クレーターの中心に佇むリノは土埃を払うと軽く欠伸をする。もうね、つっこみどころしかないよね。
「む?あそこにもいるのじゃ!」
「あ、ちょっ──」
──ドゴォォォォン!
ベチャッと俺の足元にゴブリンの片腕が飛んでくる。
……うわぁ、何やってんだよアイツ。「我に任せるのじゃ!」とか言うから何も言わずに見てたけどこりゃダメだ。地形が変わってるし、このままじゃ敵であるはずのゴブリンに同情しちまう。
「まだまだァ!」
「止まれぇぇぇぇい!」
「む?」
む?……じゃねぇよ!見てみろ!ゴブリンがあまりの光景に逃げ出しちゃったじゃないか!
「やりすぎだ!もう少し手加減とかできないのか!?」
「むむ、これでもかなり力を抜いてる方なのじゃが」
ああ、なるほど。これがクルエラの言っていた「生物として見ない方がいい」ってことか。うん、確かに規格外だな。こんなのどうしようもない。
「後は俺たちに任せてリノは休んでてくれ」
「なんじゃと!我はまだ戦ってすらおらぬというのに!卑怯なのじゃ!ずるいのじゃ!」
駄々をこねるように地べたでジタバタする龍人の少女。おいちょっと待て地面が割れてるって!
「あのな、実はこの後にもっと強い奴が控えてるんだ。リノにはソイツを倒して欲しい」
精一杯の真顔で言う。
「なんと!そういうことじゃったのか!しょーがないのぉ!我に任せるのじゃ!」
ふっ、この龍人ちょろいぜ。実際にはゴブリンしかいないけどな!
──いや待てよ。この嘘がバレるのは必然として、もしその事実を知った時にリノはどういった行動を取るだろうか?…………やばい!考えるだけでもおぞましい光景が脳裏に浮ぶ!
「あの、ごめん。実は今言ったことは嘘──」
「──ゴブゥゥゥゥ!!!!」
俺の言葉を遮って、ゴブリンとは思えぬ咆哮が辺りに響き渡る。なんだなんだ?親玉みたいなやつが現れたのか?
音の方向に目を向けると、そこにはゴブリンを家くらいの大きさにした巨体が佇んでいた。あれは難易度Bランク相当の魔物、ゴブリンキングだ!なんでこんなところに!?
見た目はゴブリンを何倍にも大きくした感じだが、筋肉量が圧倒的に違う。血走った目はリノを睨みつけ、ヨダレを垂らしながら奴は手に持っている大木を振り上げた!そのままこちらへと全力で走ってくる!
「あれがカインの言っておった強いやつじゃな!」
「違うけど!あ、あまり派手にやらないように!」
「加減はする!」
──ドゴォォォォン!
うん、まぁ予想はしてたけどね。一撃だったね。周りのゴブリンもボスが一瞬でやられてぽかんとしてるし、吹き飛ばされたゴブリンキングは文字通り木っ端微塵になってるし……。
今の衝撃で奴が武器にしていた大木が宙を舞う。それは勢いに乗ったまま俺たちの方へとやってきた。
「危ないな────
「問題ない────
隣にいたクルエラが手を突き出し、そこから血の弾丸を放つ。それは目にも止まらぬ速さで大木を撃ち抜き、激しい音を立ててそれを粉砕した。
「………………」
「カインは何もしなくていい」
なるほど、強者とパーティを組むとこういう事態に陥るのか。ヨハンたちの時は俺も少し活躍できていたけど、やっぱりクルエラたちは次元が違うようだ。そりゃそうだよな。天龍級を瞬殺した吸血王とそれを負かした龍人がいるんだ、こんな相手に苦戦するわけがない。
しかしこのままだと俺何もすることないよな。
「ゴブゥ!」
草むらに隠れていたゴブリンが襲いかかってくる。すぐさま抜剣し、力任せにソイツを両断した。血飛沫が舞い上がり、ローブの至る所に返り血を浴びる。クルエラを蘇生した時も思ったけど、やっぱり力が上がってるな。前はこんな簡単にゴブリンを両断することなんてできなかったけど、今は不思議と力が湧いてくる。これも【
「あれ?血が……」
ふとローブの裾を見てみると、そこに着いていたはずの返り血が嘘のように消えていた。確かに色は似ているけど、同化しているというよりは完全になくなっている。
「その服は血を吸収し、さらに耐久性を上げる」
「すごすぎ」
やっぱこの服も規格外だったよ!高性能過ぎるでしょ!クルエラの【
剣についた血を振り払い、鞘に納刀する。これも斬る時にあまり抵抗感がないというか、切れ味が良すぎるんだろうなぁ。改めてゴートラルさんの凄さを感じたよ。
「うげぇ……」
グチャグチャになったゴブリンの死体から討伐した証である耳を拾う。俺そんなに内蔵とか見慣れてないのに、こんなもの見せられたら飯食えないよ!
──ドゴォォォォン!
遠くでリノが派手に暴れている。うん、あれはもう無視しよう。言っても聞かないし、近くにいるだけで俺も弾け飛びそうだ。
「……ん、カイン」
隣にいたクルエラがゴブリンの耳を渡してくる。
「あ、ありがとう」
やっぱりクルエラは大人しくて可愛いよなぁ。素晴らしい!素晴らしすぎる!こうやって俺の事を健気に補助をしてくれるのも嫁みたいな感じで心が温まるし、リノとは大違いだよ。
「派手にやってる」
「やりすぎだよ。このままだと集落が更地になってしまう」
戦闘狂の凄惨な殺害現場を見ながら俺はため息をつく。果たしてアイツを王都に入れて大丈夫なんだろうか?頼むから問題だけは起こさないでほしいけど……。
ゴブリンを手当り次第に潰していくリノ。その表情は嬉々としており、血にまみれた腕を振り回しながら地形を変えている。そのスピードも尋常なものではない。自身の翼を使って空中からの攻撃や、目にも止まらぬ速さで地を駆け回り、逃げ遅れたゴブリンたちを葬っていく。伝説に出てきたリノラースという黒龍も世界で暴虐の限りを尽くしてたような……。まさか同一人物か?
──ふと、暴れ回っているリノの右手に意識がいく。あの手に巻きついてる黒い鎖はなんなんだろうか。蘇生した時から気にはなっていたけど、あの時は俺も聞ける状態じゃなかったし。クルエラなら知ってるだろうか?。
「そういえば、リノの右手に巻きついてる黒い鎖ってなんなんだ?不気味な気配を感じるんだが」
「あれは
「あれでもまだ抑えてる方なのか」
「リノが本気を出せばあれの比じゃない。
ひとつにつき半分って、一体どれほどの弱体化を受けてるんだろうか。しかもそれであの強さって……化け物すぎるって!それに
「流石にあの強さだと当時でも最強だったんじゃないのか?」
「一概にそうとは言えない。リノにも相性の悪い相手がいる」
「そうなんだ」
俺がその時代に生まれてたら間違いなく瞬殺されてたよな……。てかよくそんな状況で生き残れたよ俺たちの先祖様。昔は人間も強かったとか?他の種族と比べると人族は抜きん出た能力もないし、魔王という共通の敵がいない時代では他種族と争いばかりしてたって聞いたけど。実際はどんな感じだったんだろうかね。
「……ん、カイン」
「お、ありがとう」
クルエラから手渡されたゴブリンの耳を受け取ろうとする。
その時、間違えて彼女の手の方を握ってしまった。「……ん」とくぐもった声を放つクルエラ。綺麗で透き通ったその目は不思議そうにこちらを見つめている。
「ごほん、何を見つめ合っておるのじゃ二人とも」
「うわっ!?リノ!?」
びっくりした……っ!全然気配に気づけなかったんだけど……!
「敵はもうおらぬ!早く次の戦いに行くのじゃ!」
「いや、今日はここまでだ」
「なぬ!?」
あまりの衝撃に固まるリノ。お前まだゴブリンを血祭りにあげる気かよ!流石にもう満足したかと思ったけど、その闘争意欲はどっから出てくるんですかね!リノには悪いけど今日はこれで終わりだ。ゴブリンキングが出現したこともギルドに報告しなきゃいけないしね。
「まだ足りぬ!」と喚き散らすリノをクルエラが
そんな事を考えながら俺たちは街道を目指して足を進めていくのであった。
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