第十二話 覇龍は笑う


光が止んでいき、視界を取り戻した俺の目に映っていたのは────全裸の少女の後ろ姿だった。【天再葬蘇リバイヴ・ディー】で蘇生されたらみんな裸になるのかな?



「む?」



彼女は見た目が少し幼いように見える。身長もカルミラと一緒で大体俺の肩と同じくらいの高さだろうか?

クルエラと違い肌は褐色だが、より際立つのはその背中まで伸びている漆黒の髪である。俺と同じで珍しい髪色だった。まるで太陽の光を拒絶するかのような、そんな黒さだ。

そして一番目立つもの────その小さな背中に生えたドラゴンの翼だ。確か教会の文献に龍人族の特徴の一つと記されていた気がするが、実際に見たのは初めてだな。あの時戦ったドラゴンのものとよく似た黒翼それは、彼女の戸惑いを表すかのように小刻みに動いていた。



「むむ?」



全裸とは言ったが少し違う。彼女の右手にはどす黒いオーラを放つ鎖がいくつか巻きついていた。それは緩やかな螺旋を描きながら肘まで続いている。



「むむむ?」



リノラースと呼ばれる少女は両手を確認すると、次に足元を見た。慌ただしく、動揺している姿が後ろからでもわかる。体の隅々を見終わったリノラースは、眼前で膝を着くクルエラへと視線を向けた。



「おい、そこの者よ。ここはどこじゃ?」



妙に威厳と落ち着きを加えた声音だった。その問いかけに、クルエラは無言で立ち上がるとフードを外す。外気に晒された銀髪は、さらさらと風に揺られながらその顔を露わにしていった。ぴくりとリノラースの体が反応する。



「リノ……」



「ふぁ!?」



クルエラの姿を見たリノラースは仰け反りながら素っ頓狂な声を上げる。あまりにも衝撃的だったのか、彼女はしばらく呆然としていた。



「び、びっくりしたのじゃ!我を驚かすでない!」



「別に驚かすつもりはなかった」



反応を見ていると年相応にはしゃいでいる子供にしか見えない。この子が本当にクルエラを倒すほど強い龍人族なのか?とてもそうには見えないが……。

それにあの腕に巻きついてる鎖は何なんだろうか?どことなく嫌な気配が漂っている。



「ん?何故ここにクルエラがおる?てかここはどこじゃ?」



その問いかけに困惑した表情を浮かべたクルエラは、ちらりと俺を一瞥する。彼女はこの王国や周辺地域について知らないから戸惑うのも無理はないよな。後でざっくりと説明しようか。

そんな事を呑気に考えていると、クルエラの視線につられてリノラースがこちらへと振り返った。もちろん全裸で。



「ちょ、ちょっと待った!」



すぐさま下を向き、牽制するように手を前に突き出す!この流れは知ってる。クルエラを蘇生した時と一緒だ!



「クルエラ!まずは服を着せてやってほしい!」



「……わかった」



視界の端で血の粒子が溢れ出るのがわかった。それはリノラースの足を伝っていき、徐々に服の形を成していく。少しして顔を上げると、彼女は俺たちと同じ赤色のローブに身を包んでいた。何故か黒い鎖だけが服の上から巻きついている。



「いつ見ても便利なスキルじゃな!羨ましいぞ!くれ!」



「そんなこと言われても……無理」



「むむ……まぁ仕方ない」



少しも残念そうに見えないが、リノラースは手を上げてため息をつく。うん、可愛いな。幼いけど、逆にそれが愛くるしい。小動物を愛でるような感情に似てるかな。

小さな口もぱっちりとした金色の目も、少しふっくらとした輪郭も細い鼻筋も、全てが可愛らしい。クルエラとはまた違った良さがある。年齢は十四歳くらいかな?カルミラと同じように見える。



「して人間よ、我をここに呼んだのはお前か?」



その質問に俺はゆっくりと頷く。リノラースは性格が危ないとか言ってたよな?ここは慎重に会話を進めていくべきか。



「俺はカイン。ちなみにクルエラを蘇生したのも俺だ」



「ほぅ、蘇生スキルとな?これは興味深い!」



リノラースはこちらに詰め寄ってくると、俺の体を隅々まで観察していく。忙しなく動き回り、背中や足、体、そして最後に顔を覗いてきた。



「ふんふん、すんすん」



……ちょ、近いって!てかなんで匂いを嗅いでんだ?……えっちぃぞ?

──それでも構わずこちらを見つめてくるリノラース。その金眼の奥には全てを見透かされているような気がした。思わず顔を逸らしたくなるが、じっと我慢する。それは何かを期待するような眼差しだった。目が細まる。彼女は乾いた笑い声を放つと、口角を吊り上げた。



「カインは────強いのか?」



…………っ!

ぞくりとした。殺気ではない、敵意でもない、底知れない恐怖という名のざわめきが俺を襲った。血の気が引くとはこのことか。足が震える。立っているのもやっとだった。息が苦しい。思考が停止していく。心臓が激しく脈動した。



「えいっ……!」



「ふぎゃぅ……っ!」



気が付けばクルエラがリノラースの頭に手刀を入れていた。

助かったな……あのままだったら気絶していたかもしれない。それほどこの少女のプレッシャーは凄まじかった。冒険者ギルドで感じたクルエラの殺気よりも幾分上だろう。



「うぅぅ……痛いのじゃぁ!」



「カインは人間……害を与えないで」



「ちょっとからかっただけじゃろう。そこまで本気にするでない」



いやいやいや、あれがちょっとなわけないだろ!本気で殺しに来てたまである!若干落ち着いて来たけど、まだ心臓がバクバクいってるよ!



「カインに謝って……」



「いやじゃ!我は悪くないっ!」



「謝れ」



「ごめんなさい」



こっわ!どっちも怖ぇよ!やめてよ!俺人間なんだよ!?そんな人外のプレッシャーを安易に放たないでよ!



「と、とりあえず状況を整理しよう。まず俺とクルエラは仲間だ。彼女は俺が蘇生した。ここまではわかるか?」



「うむ、理解しておる」



「で、新たな戦力が欲しいと思って君を蘇生したんだ。俺たちの仲間になってほしいんだけど、いいかな?」



「ふむ」



リノラースは少し考える素振りを見せる。てかもし仲間になってくれなかったらどうしよう。これほどの強者を野放しにしておくのは流石に不味いよな?もう仲間にする以外の選択肢はないように思えるし、かなり危ない橋を渡ってしまったな。



「戦力といったな?」



「ああ」



「つまり戦うということか?」



「そうだ。魔物と戦ってほしい」



戦いと聞いた瞬間リノラースの目がカッと開き、満面の笑みを浮かべる。



「よいのじゃ!」



即答かよ!いやありがたいけどさ!



「リノは戦うのが好きだから……危ない」



「なるほど」



そういうことだったのか。確かにかなり好戦的なように見える。しかしこんな少女が本当にクルエラより強いのか?手足も子供みたいにか弱そうだぞ?



「リノラースの──」



「リノと呼んでよいのじゃ!」



「リノのスキルってなんなんだ?」



強さの秘密はスキルにあると予測する。一体どんな能力なのか。クルエラのスキルもかなり破格の性能だったし、リノも同じような感じなのかな?多分ユニークスキルだと思うけど。



「我のスキルは【覇龍アシュターク】じゃ!これは我に力を与えてくれる!」



覇龍アシュターク】────やはり聞いたことのないスキルだった。龍人族は元から力が強いと言われてるみたいだけど、それを更に強化するスキルか。



「そんなことより早く戦いにいくのじゃ!」



鎖が巻きついた右手を掲げ、意気揚々と前を歩くリノ。俺とクルエラもそれに続く。波乱な展開になるかと思ったけど、一応仲間になってくれたみたいだから当面は安心できるな。もうあのプレッシャーを受けるのだけは二度とごめんだ。



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