第二章 叛天の黒覇龍

第十一話 誰でも間違いはあるもの!


王都から南に半刻1時間ほど歩いた距離に存在する集落跡地。冒険者ギルドの情報によるとその場所はよくゴブリンの住処となっているらしい。今回の依頼はそのゴブリンの討伐とその他の脅威がないかの調査だ。王都から少し離れたその場所を、街道を通って目指していく。今はその道程の約半分ほどの距離に達した所だ。



「お金があれば魔導車両グライヤーラに乗れたんだけどなー」



武器や必要経費で手元にあるのは銅貨十枚。これじゃほぼ無いのと変わらない。剣はいい買い物だったけどもう少し後先考えるべきだったか?結果的に回復薬ポーションや荷物入れなどが買えてないから物凄い不便な状態だし、それによってこの先クルエラに迷惑をかけてしまうかもしれない。俺にもうちょっと計画性があればよかったんだけどね!それに魔導車両グライヤーラがあればこんな距離なんて四半刻30分足らずで到達出来てたし……。まぁ過ぎたことを考えても仕方がないか。今は周りに敵がいないかだけ注意しておこう。

ちなみに魔導車両グライヤーラとは、魔石という魔力が固形化して出来た石を動力源とする乗り物だ。原理や構造は分からないが、魔術的な意味を持つ刻印を車輪などに施したものがそれだった気がする。基本的に貴族以外が使ってるのを見たことないが、金を払えば誰でも乗れる便利な乗り物だ。



「クルエラも流石に徒歩だとキツイよな?」



「……私は構わない」



フードを被ったクルエラは涼しげにそう言う。見たところ本当に気にしてない様子だな。暗がりの奥に見える彼女の表情は依然として変わらず、僅かに光る紅眼は前だけを見据えている。

無表情だけど、やっぱり可愛いな。クルエラを見ていると今朝の絶景が脳裏に蘇る。直視こそしてなかったけど、一瞬だけ見えたその姿を一生忘れることは無いだろう。素晴らしい、ただその一言に尽きる。あの光景には性欲を超えた何かがあった。

その姿はまるで──



「天使だな」



「……なに?」



「なんでもない!」



「……そう」



あっぶねぇ、危うく心の声が出るところだった。いや出てたか。それでももう一度言おう。クルエラは天使のように可愛い、と。実際に天使族の姿を見たことはないが、の種族はいずれも美男美女みたいだからな。この例えも間違ってはないはずだ。


それはそうとやっぱりクルエラは口数が少ない。王都からここまでの間に話した内容といえば天気の事くらいだし、気まずいというかなんというか。とにかく何か話題を探して会話を繋げたいんだが……。


うーむ、とりあえずまた天気の話でも振ってみるか?いや流石に二回目だと不自然だよな。であれば何か彼女の事について聞いてみようか。クルエラといえば吸血鬼の真祖だし、その昔〈不滅の吸血王アルディオン・ロード〉と呼ばれるほど強かったらしいけど。不滅か……不滅ってつまり不死ってことだよな?



「そういえばクルエラって不死なんだよな?【天再葬蘇リバイヴ・ディー】で蘇生出来たってことは死んでたと思うんだけど……どうやって死んだんだ?もしかして前に負けたって言ってた龍人族に殺されたのか?」



その言葉を言った瞬間、クルエラは立ち止まって俺を凝視してきた。何も言わずにただただ無表情でこちらを見つめてくる。

────えっ、何?もしかして触れてはいけないところに触れた感じ?ごめん!本当に軽率だった!時間よ戻れ!戻ってさっきの俺をぶん殴らせてくれ!

そんな感じで俺があたふたしていると、真顔のクルエラが遂に口を開く。



「……わからない。その付近の記憶が無い」



「そ、そうなのか」



よかった……嫌われたわけじゃなさそうだな。危ない危ない。こういった話題は慎重に出さないといけないか。



「記憶がないって、何か変だよな」



「そんなことはない」



「そっか……」



まぁクルエラが気にしてないならそれでいいんだけどさ。それにしても不死であり、天龍級のドラゴンを瞬殺する程の強さを持った彼女を殺した奴ってどれだけ強いんだろうか。俺はクルエラが死ぬ姿なんて全く想像出来ないけど。



「カインは、何故冒険者というものになったの」



久しぶりに来た質問に俺は少し考える。何故冒険者になったの、か…………。

言われてみれば確固たる目的とかも無いんだよな。村が襲われた訳でもないし、魔物に何かされた訳でもない。強いて言うならば、憧れていたからかな。


────昔を思い出す。

俺がまだ小さかった頃、村に常駐していた冒険者から当時の体験談をよく聞いていた。そのおじさんは色々な場所で色んな経験をし、それを面白おかしく俺に語ってくれていたんだ。

まだ見ぬ景色、まだ見ぬ人種、まだ見ぬ文化、それに対しての好奇心が気付けば俺の心を決めていた。今だって後悔はない。現にクルエラにも出会えたし、王都だけでも色んな経験をすることが出来たからだ。

それと高ランクになればなるほどかなりお金を稼げるらしい。それでおいしいものを食べたり、興味の湧いたものを買ったり、自由気ままな人生を送ってみたい。異国の地にいる美少女たちと戯れたい!ああ、妄想がはかどる!



「世界にはさ。虹色に輝く泉があったり、天を突くほどの巨木があったり、空に浮かぶ城があったり、伝説の遺物が眠る列島があったり。色んな未知が溢れてるんだ。俺はそれをこの目で見てみたい。だから冒険者になったんだ。変な奴かと思われるかもしれないけど、冒険者ってのはほとんどそういう奴らの集まりだと思うよ」



「……そう」



「今は王都を拠点にしてるけど、ゆくゆくは隣国のカザリックにも行ってみたいね」



事情はよく知らないけど、冒険者は他国間の行き来が他者と比べて簡単に出来るらしい。もちろん入国時にはしっかりと身元を調べられるみたいだけどね。

それに異種族国家との交流も現代では難しくないという。確か冒険者のおじさんもかなり遠方の国まで足を運んでたと言ってたからな。


そんな話をしながら俺たちは街道を外れて目的地を目指していく。隣に流れる小さな川を頼りに、それに沿って足を進めていった。ここからは人気ひとけもなく、魔物や盗賊がいつ現れてもおかしくない場所となる。注意は怠れない。今は俺が前方を、クルエラが後方を警戒しているところだ。二人だから万全の体制とは言えないが、クルエラの強さもあるのでまず問題ないだろう。本当はもう一人くらい欲しいところだが、有能な人材なんてそんな簡単に見つからないからなぁ。


────いや、スキルが進化した時も思ったけど、【天再葬蘇リバイヴ・ディー】で蘇生してしまえば簡単に人数を揃えられるじゃないか!とりあえずクルエラに聞いてみよう!



「クルエラが生きてた時代に強い人っていたよね?蘇生して仲間にしたいから教えて欲しいんだけど」



その言葉に彼女は一瞬だけ悩む。



「いるにはいる。私が負けた龍人族」



「いいね、強そう!」



しかしクルエラは首を横に振った。



「やめた方がいい。彼女は────リノは規格外だから。生物として見てはいけない」



「そんなに強いのか……」



「強さだけじゃない。性格もかなり危ない」



うーん、そう言われるとやめざるを得ないか。パーティの調和を乱す可能性があるなら迷わず却下だな。しかもあのクルエラがここまで言うんだから、間違いなくそのリノっていう龍人族は化け物なんだろう。


ん?てかそもそも蘇生できるのか?あの一件以来スキルの声も聞こえてないし、能力を使う方法も分からない……。

試しに呼んでみようかな?


────いでよ!【天再葬蘇リバイヴ・ディー】!



『蘇生する対象の名をお伝えください』



おぉ、反応はしてくれるんだな。なるほど、心の中で呼びかけたらいいのか。



「カイン……リノラースの名は聞いた事ある?」



不意にクルエラから質問が来る。



「リノラース……?」



確か昔聞いた伝説にそんな覇龍が出てきたような────



『対象名を取得。リノラースを検索します』



────えっ!?あ、ちょっと待って!今のは無しで!



『魔力の不足を確認。周囲にいる生命体の魔力を使用します────成功しました』



「…………っ!?」



突然、クルエラが地面に膝を突く。スキルによってあの時の俺みたいに魔力を取られたんだ!



『所有者の魂の一部を媒介として使用します────成功しました』



やばい!口に出したから不味かったのか!?今は何とかしてスキルの発動を止めないと!



『干渉権限を得ました。これより永久滅土リベルカイダに干渉します────成功しました』



止まってくれ!【天再葬蘇リバイヴ・ディー】!



『接続権限を得ました。これより世界記憶アカシック・レコードに接続します────成功しました』



止まらない!どうしよう、このまま蘇生していきなり暴走でもしたら俺達じゃどうしようもないよな!?クルエラが負けた相手なんだ!絶対に死ねる!



『蘇生条件を満たしました。最終段階に移行。代理詠唱を開始します────成功しました。一件の個体を発見。対象の蘇生を開始します』



必死の抵抗も虚しく、スキルが蘇生を開始した。眼前に眩い光が現れる。それはクルエラが蘇った時の状況と全く一緒だった。



「ごめん、クルエラ。間違って蘇生してしまった」



光が止んでいき、視界を取り戻した俺の目に映っていたのは────全裸の少女の後ろ姿だった。


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