第九話 冒険者の朝は早い
冒険者の朝は早い。時刻はまだ日が昇りだしたばかりの早朝だろうか。俺は窓から差す太陽光の鋭い眩しさに目を細めながら、右腕の違和感に気付いた。意識を集中してみると、ローブ越しに僅かな重さと温もりを感じる。まるで誰かがそこに抱きついてるかのような感触があった。
「えーっと……」
そっと右を見てみる。うん、いる。てか寝てる。クルエラが、一糸まとわぬ姿で。
「はっ!?」
えっ!?昨日「……私は睡眠を必要としない」とかなんとか言ってなかったっけ!?それとも気付かない間に昨晩はお楽しみでしたね状態になってたとか!?
思い出せ俺…………昨日は何があったんだ?いや何も無かったはずだ。普通に寝てたよな?
「カイン、起きた……?」
「おぉぅ……」
なんという絶景。いや直視してはいけない。これをまじまじと見てしまえば俺の中の何かが壊れる気がする。
「クルエラって寝ないんじゃなかったのか?」
「別に寝てない」
いや寝てましたよ?完全に寝息みたいなのも聞こえてましたけど。それって触れない方がいいのかな?
ともかくこの状況は目に毒だ。俺の理性が壊れそうでやばい。女の子とあまり触れ合ったこともないヘタレだけど色々とまずい。
「と、とりあえず服を着よう!てか何で全裸なんだ!?吸血鬼って寝る時はみんな裸族なのか!?」
「カイン……うるさい……」
「えぇ……」
眠気眼を擦りながらふわーっと大きな欠伸をしたクルエラは、ベッドから降りると赤いローブを身に纏う。ちなみにフードも被ってる。こうして見ると吸血鬼の真祖とかじゃなくて普通の人間に見えるよな。それに本当に便利なスキルだよアレ。【
「……ふぅ、とりあえず準備するか」
朝の一悶着も終わったので、俺も身支度を整えていく。宿屋のサービスで用意してもらった布を水で濡らし、それで体を軽く拭いていった。次にクルエラにも勧めたが、彼女は首を振ってそれを断る。目立った汚れもないから気にしてないのかな?
後は忘れ物が無いように持ち物を確認していこう。お金、それを入れる袋、あとは──
「あ、そういえば剣がないんだった」
いつもの癖で探してしまったけど、昨日ドラゴンに吹き飛ばされたんだよな。特別高価な物ではなかったけど今まで命を預けてきた物だし、いざ無くなってみると少し寂しい。後このローブも悪くはないんだけどやっぱり急所を守れるような防具が好ましいよな。
「仕方ない。確かギルドの近くに武器屋と防具屋があったからそこで買うか」
銀貨三枚もあれば無難なものを揃えられるだろう。後は依頼を達成して地道に装備のレベルを上げていくとするか。そう思って部屋を出ようとした俺を、クルエラが裾を引っ張って止める。
「……その服じゃ、不満?」
「えっ?……いやいや!全然いいんだけどさ!ただ俺は剣も使うからなるべく動きやすくて防御力のあるものがいいんだ」
「それなら心配いらない────
クルエラはそう言いながら手先に血の小剣を出現させると、それを持って右腕を攻撃してきた。
「うわっ!?」
思わず仰け反った俺だけど彼女の方が圧倒的に早く、先に腕を斬られてしまう。
「痛っ!…………くない?」
「この服は頑丈」
自信ありげに口角を上げるクルエラへ目を奪われながらも、腕を確認すると確かに斬れていない。それどころかほとんど感触もなかった。
「攻撃を受ける瞬間、硬血する」
「すごすぎ」
「重さもほとんどないから邪魔にならない」
真偽を確かめるために色んな動きをしてみたけど確かに気にならない。というか動こうとするとそれに合わせて服の形も変わっているような気がした。こんな防御力と機動力を兼ね備えた夢のような服があるなんて……!
「すごい!すごすぎるよクルエラ!ありがとう!」
「……ん、構わない」
「よし、これで後は武器だけになったな!」
防具を買わずに済んだので銀貨三枚でちょっと高価な剣でも買ってしまおうか。すぐ買い換えることも無いだろうから頑丈な物がいいよね。
とりあえず目的も決まったので俺たちは宿屋を出ることにする。朝焼けに包まれた城下町の大通りは少しずつ人の賑わいを見せていた。
この光景を見ると俺が初めて王都に来た時を思い出す。ちらほらと見える冒険者たちの姿や荷を運ぶ商人たち。王都を綺麗にしている
「これ二つ頂戴」
丁度通り沿いに串焼きの出店が出ていたので買っていく。一つは俺が、もう一つはクルエラが食べる分だ。
「はい、これクルエラのやつね」
「私は飲食を必要としない」
「結構おいしいよ?」
「……ん、食べる」
結構ちょろい真祖様である。まぁそんなところも可愛いけどね!飲食を必要としないって言ってるけど、昨日の様子を見るに食べれないってわけじゃなさそうだしな。
そんな事を考えながらほどなくして串焼きを食べ終えた俺たちは、ようやく武器屋へと辿り着く。
「おはようゴートラルさん」
「おぅ?おぉ、ヨハンの連れじゃねぇか、久しぶりだな!」
がっはっはっと豪快に笑うこのおじさんは吸血鬼と同じくらい珍しい種族、ドワーフだ。身長はとても低く俺の腰よりも少し高いくらいだろうか。容姿は老人のような見た目で顎髭をとても長く生やしている。シワの多い顔には人間よりも高い鼻があり、その表情は優しそうだが反して眼光は鋭かった。四肢は筋肉質でかなり太く、力勝負をしようものなら確実に負けてしまうだろう。
そんなゴートランさんは祖国であるカザード王国に住んでたみたいなんだけど、その腕を見込まれてここラングラント王国に招待されたらしい。だから表の販売台に並んでいる剣や盾なんかもみな業物ばかりだそうだ。ちなみにヨハンが持っていた剣も彼が作ったものなんだとか。
「銀貨三枚で買える一番いい剣がほしいんだけど、あるかな?」
「銀貨三枚か、ちょっと待ってな!」
自慢のハンマーを肩に担ぎながら奥へと消えていったゴートランさんは、しばらくしてこちらへと戻ってくる。右手には布に包まれた長物が、左手にはそれを納める鞘があった。
「昨日仕上げたばかりの新品だ!値段はまだ決まってねぇが銀貨三枚で持ってっていいぞ!」
「ありがとうゴートランさん。やっぱりここに来て間違いなかったよ」
その言葉に彼は豪快に笑った。次いで布に巻かれた剣を取り出し、俺に渡してくる。持った感触は悪くなかった。重さも丁度いいくらいだな。長さも自身の半分くらいで長すぎず短すぎず、俺の戦闘スタイルにあっている。
「そいつぁエレメンお手製の魔鉄で作ったやつだからな!
「本当に銀貨三枚でいいのか?」
「そう思うなら今後もここを利用してくれ!俺は金よりも作った武器に感謝されるほうが嬉しいんだ!」
「わかった。改めてお礼を言うよ、ありがとう」
「おうよ、また来な!」
そう言いながら豪快に笑って鞘を渡してくるゴートランさん。俺はそれを受け取って納刀すると、一礼して武器屋を後にした。次は冒険者ギルドに行くとしよう。
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