第八話 授血するなら優しくね!


部屋に入ってきた人物はどこか殺気立っていた。その怒りを表すかのように二つの紅眼が鋭く光っている。



「そいつ、何者なの」



「まず部屋を覗いていた理由を教えてくれ」



「別に、ちょっと気になることがあったの。ギルドでの殺気、アンタもわかったでしょ?」



「ああ」



「私はアンタ以上にあの時死の恐怖を感じてた。体が、血が、本能が、その吸血鬼を恐れていた。そいつの正体を教えて」



いつもとは違う雰囲気のカルミラに、少し恐怖を感じる。その身から溢れ出る魔力によって部屋の小物がカタカタと揺れていた。



「別に、ただの吸血鬼だと思うけど?」



「とぼけないで!私は純血にして高貴なる吸血鬼なの!そんな私の恐れた相手が、ただの吸血鬼なんてあるわけないじゃない!」



「だから勘違いだって──」



──言ってるだろ。そう言いかけた俺の発言は、クルエラの手によって制される。彼女はベッドから降りるとカルミラの前まで歩いていった。



「私の楽しみを邪魔しないで」



「だったら早く名乗りなさいよ。それとも私にビビってるわけ?」



ちょ、そんなに挑発すんなって。あんまり感情の起伏がないクルエラでも、怒ったら怖いと思うぞ?真祖だし。



「私はクルエラ・ルガト・ノートニクス」



「……ふーん、そう。あくまで誤魔化すってわけね?しかも偉大なる真祖様の名を気安く語るなんて、到底許される事じゃないわ!」



「何を言ってるのかわからない」



この反応はどちらもしょうがないだろう。カルミラからしたら既に死んでいる真祖が生き返ったなんて信じられないと思うし、本名を名乗っているのに偽物呼ばわりされてるクルエラも訳が分からないだろうし。



「なぁカルミラ。お前そもそもその真祖様の姿って見たことあるのか?」



「いいえ、見たことはないわ。ただ、私は先祖返りと言われたほど真祖様と容姿が似てたみたいだから…………って、あなたも少しは似てるみたいだけど。かの偉大なる真祖様は自らの血を操っていたとされているわ」



ふむ、であれば<死の森>で猛威を奮っていたあのスキルをカルミラに見てもらえれば納得してくれるだろうか?あんまりここに居座られても面倒臭いし、彼女の正体を明かせば追い出す手段にもなってくれるだろう。



「クルエラ、あれを見せてやって欲しい」



「わかった────血斬剣ロクトエーチ



クルエラの右手から血の粒子が溢れ出し、それは剣の形を成していく。一瞬にして顕現したその武器を、彼女はカルミラの首筋へと押し当てた。



「なによこれ、血の剣なんてそんな…………嘘よ、真祖様はもう何千年も前に死んだとされているわ」



「…………真祖は不滅」



「そんな……それじゃ……本当に?」



ガダガダと震え出すカルミラは、脱力したように地面へと崩れ落ちる。そしてそのままこうべを垂れて土下座のような体勢になった。



「も、申し訳ありません、真祖様。今までのご無礼をお許しください」



「……別に気にしてない」



「寛大なお心遣い、ありがとうございます」



さっきとは打って変わって態度が変わるカルミラ。彼女自身も先祖をかなり慕ってたみたいだし、旅の道中でもよくクルエラのことについて語ってたからなぁ。まさか挑発してた相手がその本人だとは思わなかったんだろうけど。



「あ、あの……」



「……なに?」



「私に血を…………血をお恵みください。お願いします。どうか私に、真祖様のお力を分けてください」



震える声で血を乞うカルミラ。俺もあんまり吸血鬼のことについては知らないけれど、確か先祖の血の濃さによって吸血鬼の能力も変わるんだったよね。



「私に真祖様の血を頂ければ、ヴラルド様にも近付けると思っています」



「……ヴラルド?」



「はい。今は吸血鬼勢力の筆頭であり、そして真祖様の血が一番濃いとされるお人です」



なんか今凄い名前が聞こえたんだけど。ヴラルドって確か吸血鬼と人間が共存している国、ヴラルド王国の王だった気がするんだが。



「…………私が最初に眷属にした子」



「そのように伺っております」



「…………血が欲しいの?」



「はい!どうか、どうかお願いします!」



勢いよく頭を上げて必死な形相を浮かべるカルミラ。彼女のそんな様子なんて初めて見たけど、よほど真祖の血っていうのは吸血鬼にとって重要なんだろう。それを見ていたクルエラも小さく頷いて彼女に近寄っていく。そうなる前に俺は気になることを二人に聞いてみた。



「ええと、こんなこと言ってもいいのか分からないけど、真祖の血ってそんな簡単に分け与えていいものなのか?下手すれば吸血鬼の勢力図も変わると思うんだけど」



だって今までの話を聞く限り、そのヴラルド王が強いのは真祖の血が濃いからだよね?もちろんスキルも加味しての強さなんだろうけど。それをカルミラに分け与えたとしたら、彼女もそれくらい強くなるってことなんじゃないのか?


そんな俺の発言に、彼女は血相を変えて半歩近づいてくる。



「待ってください!あの、今までの発言は謝罪します!今回囮にしたのも本当にすみませんでした!もう二度とそのようなことはしません!だからお願いします!私の授血を邪魔しないでください!」



「いや、俺は別に邪魔する気はなかったんだけど……」



なんかこう、彼女の態度に対して凄く違和感がある。今までパーティで見てきたカルミラの姿は幼いながらも気品さがあって、誰に対しても怯まずに自分を貫き通すイメージがあった。だけど、今の彼女の姿はそれとは真逆だ。


そんな様子のカルミラにクルエラもどうしていいかわからないといった感じで俺の方を見てくる。俺に委ねられても困るんだけど……。



「まぁ、少しくらいならいいんじゃないのか?」



「…………っ!あ、ありがとうカイン!真祖様!お願いします!」



急に元気になったかと思えば何かを期待する子供のようにクルエラを見つめる小さな吸血鬼。



「わかった」



そう短く返事をした彼女は差し出された少女の首に躊躇なく噛み付いた。



「……んっ」



わずかに表情を歪めたカルミラも、時が経つにつれて徐々に顔を上気させていく。



「……んっ、はぁ。すごいです真祖様ぁ…………力が、どんどん湧いてくる。これが、本物なんですねっ」



エッッッッッッッ、と。俺はいま何を見せられているんだろうか。見目麗しい美少女たちの扇情的な交わり合いは流石にくるものがあるんだけど。これを耐え忍ぶなんて生き地獄だよ。なんて過酷な修行なんだっ。



「ありがとうございます、真祖様」



「……ん」



そんなことを考えていたらいつの間にか事が終わってた。よかった、あのまま続けられてたら窓から脱出を試みてたところだった。



「えーと、それでカルミラはこれからどうするんだ?」



ここはどうしても聞いておきたいところ。真祖の力を経た彼女がこれからどうするのか。このままヨハンとともに冒険者を続けていくのか。



「私は……国に帰るわ。元々冒険者になったのも吸血王の試練に挑むためだったし、今回の授血でそれも出来そうだから」



吸血王の試練っていうのは聞いたことがないけど、名前からしてヴラルド王国に関係のある儀式なんだろう。カルミラが冒険者になった理由ってそれなんだな。



「あの!真祖様も是非ヴラルド王国に来ていただけませんか?私たち吸血鬼は共に理想的な国作りを目指しています!そのためには平和の維持が必要なんです!魔王を討伐したあとの各国への抑止力として、真祖様のお力が必要なんです!お願いします!」



「それはできない。私はカインとともに生きていくと決めた…………それに、魂の契約もある」



「そ、そんな…………」



目に見えて落ち込むカルミラ。どんよりしすぎて体の周りから負のオーラが漂ってるように見える。さっきから明るくなったり暗くなったり、顔の筋肉が忙しそうだな。



「わかりました、今日はここで失礼します。それと血を授けてくださってありがとうございました。このご恩は一生忘れません。もし気が変わるような事があれば、いつでもヴラルド王国へいらしてください。私たちは真祖様を全力で歓迎いたします」



「……ん」



「それと、カイン。今日は本当にごめんなさい。あなたを殺すような真似をしたこと、どれだけ謝っても許されることではないと思うわ。ただ、今の私は自分を見つめ直すことが出来るようになったの。罪滅ぼしの意味も込めて今後困ってる事があればヴラルド王国に寄ればいいわ。その時は力になるから」



「あぁ、まぁ……カルミラも元気でね」



「ええ」



さっきまでの弱々しいカルミラの姿はもうそこにはなかった。凛として自尊心に溢れ、清々しい表情で悠然と立っている。彼女は俺とクルエラを一瞥すると、頭を下げて部屋を出ていった。その後ろ姿を見ながら冷静になった俺はふと思う。


──あれ?そういえば何で俺たちの部屋がわかったんだ?


いや、深く考えるのはよそう。こんな時間だし怖い想像なんてしたくないからな。



「クルエラ、まだ吸血するのか?」



「……満足した」



「そっか、なら寝ますかね」



今日は本当に色々とあったからすぐに眠れそうだ。スキルのことだったり、これからの俺たちのことだったり、気になることはまだまだあるけれど、それはまた明日考えることにしよう。

カルミラの件もそうだけど、俺は難しく考えるのがあまり好きじゃない。それが今後どのような影響を与えるかなんて分からないが、疲れてる今は無心なろう。



「俺は床でいいからさ。クルエラがベッドを使いなよ」



「……不要。私は睡眠を必要としない」



「そうなんだ……」



なら遠慮なくベッドを使わせてもらおうかな。



「おやすみ、クルエラ」



「……ん」



仰向けに寝転がると猛烈な睡魔に襲われる。再び窓辺から月を眺めているクルエラを一瞥して、俺は目を閉じた。



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