第七話 吸血するなら優しくね!


会議室を後にした俺たちはそのままギルドを出て大通りへと歩いていく。時刻は夕暮れを少し過ぎたくらいだろうか。わずかに暗くなった城下町は、いまだ人の賑わいを見せていた。



「クレイジーベアーの報酬を少し貰えたから食事と寝床は確保できそうだな」



貰えた報酬は銀貨五枚。宿屋で二人一泊するのに銀貨一枚と食事で銅貨四十枚は使うだろうから、残りは銀貨三枚と銅貨六十枚。それだけあれば何日かは持つだろうし、これからも依頼を達成していくわけだからとりあえずは問題ないな。



「腹も減ったし、そろそろ日も暮れるから晩食にしようか」



「……ん、カインに任せる」



クルエラの了承も得たので近くにある<エルサの旅亭>へと入っていく。ここは食事処と宿屋が併設されており、ギルドからも近いことからよくパーティメンバーも利用していた場所だ。俺たちは一階にある食堂に入り、適当な席へと着く。



「今日の料理はウィークバードの丸焼きです。二つで銅貨三十六枚ですね」



すぐにやって来た従業員に銅貨三十六枚ではなく、四十枚を手渡す。



「なるべく早めに頼むよ」



「わかりました」



彼女は軽い会釈をすると調理場の奥へと消えていった。



「ふぅ……やっと落ち着けるな」



いつもの空気、いつもの光景、いつもの匂いだ。こうして席に着くと、急激な疲れがどっと押し寄せてきた。今思えば俺は<死の森>に入ってから何も口にしていない。あの時はそれどころじゃなかったけど、安心したら猛烈な空腹感が襲ってきた。



「そういえばクルエラも同じものでよかったのか?」



「……私は飲食を必要としない」



「そ、そうなんだ」



やっぱり吸血鬼の生態って謎だよなぁ。言われてみれば確かにカルミラが何かを口にしている所とか見たことないけど。まぁ飲食代がかからない点を考えると得をしてるのかな?でもどうせなら一緒に食事を取りたいし、俺一人だけ食べるのも何だか悪い気がする。



「お待たせしました」



さっそく運ばれてきたウィークバードの丸焼きがテーブルの上にどんと乗った。立ちのぼる湯気と香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。はやる気持ちを抑えながら一口食べると、肉の豊潤な旨みが口いっぱいに広がっていった。やっぱりウィークバードの丸焼きは美味うまい。この魔物はその数の多さや狩りやすさ、そして手軽に調理出来ることから身分階級問わず普及している料理の一つなのだ。


そんな俺の一心不乱に食べている様子を、クルエラが何も言わずにじっと見つめてくる。



「ん?どうしたんだ?」



「それ、好きなの?」



「うん、安価だし美味しいよ?食べてみる?」



試しに一口分の肉を切り分けてクルエラの口へと持っていく。彼女は恐る恐るそれを食べると、小さく口を動かしながらウィークバードの丸焼きを凝視していた。



「……ん、悪くない」



満足気に目を細める彼女に反して、俺は内心すごいドキドキしていた。やっちまったよ。女の子にあーんというものをしてしまった。断られたら精神的に死んでたよな。冒険者だけどよくこんな冒険に出られたよ俺。よくやった。後は平静を装って出来る男を演じよう。



「そそそれはよかった。どどどうせなら一緒に食べようよ」



まずい、かなり動揺してるな。落ち着け俺。ゆっくりウィークバードの焼け残りの羽毛を数えるんだ。

………すぅ、はぁ。よし、元に戻った、気がする。


そっとクルエラの方を見ると、特に気にしてない様子で頷いていた。それを確認した俺は従業員に追加のナイフとフォークを頼み、その使い方を教えながら食を進める。



「ふぅ……」



お腹いっぱいだな。こうして誰かと食を囲むのは何時ぶりだろうか?パーティメンバーとはよくここに泊まっていたけど、飯の時はいつも一人で食べていたし……。だから今日は久しぶりに人の温もりというものを感じることができた。それもこんなに可愛い仲間と一緒なんだから最高だ。


それから俺は一旦情報を整理するために自分のスキルのこと、そしてクルエラのスキルについての情報を聞いていく。どうやら彼女は【血根犠牲ブリジッド】というスキルを持っているみたいなんだけど、そんな名前のスキルなんて全く聞いたことがなかった。やっぱり神話の時代のスキルだからめちゃくちゃ強いんだろうか?能力は血の操作とその生命力を犠牲にしてあらゆる力を得るとのこと。もはや未知数すぎてよくわからないけれど、あの天龍級のドラゴンを瞬殺したくらいだから相当強いんだろうなぁ。ちなみに【魂天入コンテニュー】と【天再葬蘇リバイヴ・ディー】については知らないみたいだった。


その後、晩食を終わらせた俺たちはそのまま部屋をとるために受付へと行く。だがそこで問題が起きてしまった。



「すまないねぇ、こんな時間だから部屋も一つしか空いてないんだよ」



受付のおばさんは申し訳なさそうにそう言った。まぁ日が暮れた後に来た俺たちにも非はあるんだけどね。



「うーん、流石に同室ってのはなぁ。どっか違う宿屋にでもするかね」



「ちょい待ちな兄ちゃん。多分この近くの宿屋はどこも空いてないよ。それは確かだ」



「うーん、しかしどうしたもんかなぁ」



かなり頭を悩ませる俺に、おばさんは悪そうな笑みを浮かべて小声で話しかけてくる。



「少しくらいなら敷き布汚してもいいからさ。今日は勘弁しておくれ」



「なっ、そそそそんな関係じゃないんで!」



「なーに言ってんだい。そんな凄いべっぴんさんを連れて歩いてるんだ。今日行かなきゃ男が廃るってもんよ」



そういえばクルエラって今フードはずしてるんだった!てかこのおばさん、俺の中の悪魔にでも話しかけているのか!?危うくその誘惑に負けそうになったじゃないか!



「いや、でもなぁ…………クルエラは同じ部屋でも大丈夫なのか?」



「別に問題ない」



うーん、そんなあっさり答えられるとそれはそれでショックなんだけど、まぁクルエラがいいなら今日はそうするか。



「わかった。一部屋お願いするよ」



「あいよ!階段上がってすぐ右の部屋だよ!」



おばさんに指定された部屋へと俺達はさっそく向かっていく。平常心だ。別に変な下心とかがあるわけじゃない。ここは努めて平静を装うんだ俺。というか女の子と同室なんて人生で初めてだからな。ドキドキしない方がおかしいだろ。


扉を開ける。こじんまりとした個室で、少し大きめなベッドが部屋の端に一つあった。王都の宿屋は設備がいいみたいだからこういう貴重なベッドなんかも部屋にひとつはあるんだが、流石に二人だと狭いんだよなぁ。仕方がない、今日は床で寝るか。



「結構明るいな」



窓から入ってくる月明かりのおかげで蝋燭も魔導具も使わずに済みそうだ。俺は脱力しながらだらしなくベッドへと飛び込む。羽毛のふかふかな感触が全身を包み込み、気を抜いたらそのまま寝てしまいそうだった。


ふとクルエラの方を見ると、何も言わずに窓からじっと月を見つめている。その光景は月光に照らされてキラキラと光る銀髪も相まって非常に幻想的なものに見えた。まるで有名な画家が手がけた一枚の絵画のように、それは美しかった。


クルエラがこちらへと振り向く。ゆっくりと、彼女は何も言わずにベッドまで歩いてきた。そのまま仰向けに寝ている俺を跨いで、じっと顔を見つめてくる。



「どどどどうしんだ?」



めちゃくちゃ動揺してしまった……。いや、するでしょこれは!恥ずかしすぎて変にどもっちゃうし、クルエラはそんなことお構い無しに顔をどんどん近づけてきてるし……。



「ク……クルエラ?」



やばい、なんか怖いんだけど。影になって彼女の顔はよく見えないんだけど、そんな暗がりをかき消すように真紅の両眼が怪しげに光っている。

二人の距離がもう目と鼻の先まで接近したところで、彼女は遂に動きを止めた。



「血……」



「へ?」



……ち?……ちって何?



「血、ほしい」



「血っ……あ、ああそうか、吸血鬼だもんね。そうだよね。血も飲みたくなるよね」



なるほど、近づいてきた理由はそれか。危うく緊張で心臓が破裂するところだったんだが。もう少し言うのが遅かったらもっと勘違いしてたぞ。



「えと、どうすればいいんだ?」



「……首」



「首ね、ちょっと待ってて」



上半身だけ起こして首の部分を見せると、クルエラはほんのりと上気した顔でカプりと噛み付いてきた。わずかに小さな痛みが走るが、そんなことよりも彼女の舌が変に動いててくすぐったい。



「血ってそんなにおいしいもんなのか?」



「……ん」



どうやらおいしいらしい。人間の俺には全く共感できないけど。いや、彼女とは今後も一緒に生活していくんだ!こんな種族間の違いに戸惑ってる場合じゃない!


そこでふと思い出す。そういえばカルミラは吸血鬼なのに吸血しているところを見たことがない。彼女曰く高位の吸血鬼になれば吸血行為は必要ないとか言ってたけど、それならクルエラにも当てはまるはずだよな?いや、深く考えることじゃないか。今はこの時間を楽しむとしよう。


それからしばらくして口を離したクルエラが、今度は耳元へと寄ってくる。

そして──



「──誰か見てる」



「え!?」



怖っ!え、この光景を誰かに見られちゃってんの!?それは絵的にやばいんじゃないでしょうか!


恐る恐るドアの方に目を向けると、そこにはわずかな隙間があった。そしてその奥からクルエラと同じ真紅の瞳がこちらを見つめている。怖ぇよ!



「えーっと、カルミラ……だよね?そこで何してんの?」



その言葉にビクリと震えた影は、ゆっくりと扉を開けて中へと入ってくる。銀髪紅眼、クルエラに似ている小さな吸血鬼、さっきまで同じパーティの一員だった【賢者マジック・マスター】のカルミラがそこにはいた。


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