第六話 パーティ脱退
会議室の中に入ると、そこには質素な調度品に簡易的なテーブルとソファがあった。エルメニコさんと俺、そしてクルエラの順番で横に並んで座り、それに向かい合うようにしてヨハンたちも席につく。彼らはフードを被るクルエラを怪訝そうな表情で見つめているが、今は特に触れてきていない。
「さて、事の顛末を聞かせてもらおうか」
「はい、まず俺たちパーティはクレイジーベアーの討伐依頼を達成するために<死の森>へと行きました。多分、依頼の達成自体は
「遭遇したドラゴンは王龍級か天龍級以上だと聞いているが、それは確かなのか?」
「間違いないと思います。文献でしか見たことはありませんが、魔術を使う龍種の中でも極めて高位に属するドラゴンであったと思います。天龍級かどうかはわかりませんが」
「そうか」
俺の言葉に深いため息を吐くギルド副長。彼の立場からしても今回の事態にどうやって対応するのか悩んでいるようだった。それもそのはず、もしあの時のドラゴンが天龍級以上であったとするならば、それは王都を一晩で破壊し尽くすこともできる存在が近くにいるということになるからだ。そんな脅威を放っておくわけにはいかないのだろう。
ちなみにこれは余談だが、ドラゴンの強さは六つのランクによって分けられている。一番下から非龍級・力龍級・地龍級・王龍級・天龍級、そして最強とされる覇龍級だ。一つランクが違うだけでかなり強さも変わってくるらしい。魔法を使うランクは一般的に王龍級からと認知されている。
「そしてそのドラゴンとの戦闘中、ジルベルトから【
その言葉で対面に座るジルベルトがテーブルを激しく叩いて立ち上がる。
「さっきから聞いてりゃデタラメばっか言いやがって!そもそもお前は戦ってねぇだろうが!雑魚のくせに被害者面してんじゃねぇぞ!」
「おい、やめろジルベルト!」
「離せよヨハン!なんでお前は何も言わねぇんだ!俺の提案に同意したのはお前たちじゃねぇか!それとも処罰を受けることにビビってる腰抜け野郎なのか!?」
「なんだと!?」
「やめなさい君たち!」
激昂するジルベルトとそれを抑えようとするヨハン、そして二人を宥めるエルメニコさん。会議室の空気は先程と打って変わって殺伐なものになっていた。唯一カルミラだけが何も言わずにクルエラを見つめている。
「お前も何とか言ったらどうなんだよ!カルミラァ!」
「別に私から言うことなんて何もないわ。囮にしたのは事実だし、虚偽の報告をしたのも事実。ジルベルト、あんたも今更言い訳できる状況じゃないってのは分かってんでしょ?」
「……ッ!このクソアマがァ!」
怒り狂ったジルベルトがカルミラに殴り掛かろうとする。しかし、寸前のところでエルメニコの抜剣した切っ先に止められた。
「言ったはずだ!ギルド内での暴力行為は厳罰に値すると!おい、クラベル班!コイツを取り押さえろ!」
初めて聞くエルメニコさんの怒声に、呼ばれた兵士たちがドアから入ってくるとすぐさま彼を取り押さえる。
「やめろ!触んじゃねぇ!」
「抵抗するな!大人しくしろ!」
普段からギルドに滞在している衛兵たちなのだろう。彼らに連行されているジルベルトを、皆なにも言わずにただ見つめているだけだった。元々短気な性格だとは思っていたけど、まさかここまで野蛮な人間だったとは……。
「ふぅ……彼には困ったものだな。さて、話の続きに戻ろうか。その囮の件に関しては殺人にも等しい行為であることから、ギルド側で何らかの罰を与えようと思っている。カイン君もそれでいいかな?」
「はい、問題ありません。ただ、主犯格はジルベルトだと思うし、ヨハンもカルミラも今は虚偽の報告を認めていると思うのでそこまで厳しくしなくてもいいかと思います」
「わかった、君の意向通りに進めさせてもらうよ。君たちもそれでいいだろう?」
ギルド副長の言葉にヨハンとカルミラは無言で頷く。
「それではこの件に関しての話は終わりだ。次にドラゴンについてだが…………今更ながらカイン君、よくそんな状況で生き延びてこれたね」
「そ、そうですよね……」
やっぱりそう思われるよなぁ。普通あんな状況で死なない方がおかしいはずだし、エルメニコさんが疑問に思うのも当たり前の反応だ。
「本当に死ぬかと思いましたが、まぁ何とか逃げき──」
「──ドラゴンは私が倒した」
ドキリと心臓が跳ね上がる。え、ちょっと待って。すごい衝撃発言。なにこれ。こんな展開予想してないんだけど。
今までの話からも分かる通り、天龍級にも等しいドラゴンは単体で王都規模の戦力を相手にできるほど強いとされている。それを一人で倒しただなんて一体誰が信じられるだろうか。それにそんな事を言ってしまえば真祖であるクルエラの身元を探られてしまう可能性がある。ここは何とかして誤魔化していきたいところなんだが……。
「あなた、自分がなにを言ってるのかわかってんの?」
まずいことにカルミラが噛み付いてきた!吸血鬼だけに!
「ドラゴンを倒したと言った……」
「ふざけないで!相手は大国の軍事力でも手を焼く危険生物なのよ!?それを──」
「──しつこい」
「ひっ……!?」
その時、一瞬だけ背筋がぞくりとした。まるで圧倒的な強者に睨まれているかのような、そんな強烈な圧迫感が全身を推し潰そうとする。
「お、おいカルミラ?様子がおかしいぞ、どうしたんだ?」
両肩を抱いて震えるカルミラを、心配そうに見つめるヨハン。どうやら今の殺気地味た空気は俺とカルミラにしか分からなかったようだ。
「な、なにこれ……なんなのよ。怖い、怖い……怖い……!」
「おい!しっかりしろ!」
彼女の尋常ではない様子に流石のヨハンも戸惑っている感じだった。普段の高貴さはどこへやら、今は怯える子供のように震えて縮こまっている。
ふとクルエラの方を見ると、薄暗いフードの中に真っ赤に光る二つの紅眼が浮かび上がっていた。なるほど、これは確かに怖い。
「そういえばギルドに来た時から気になっていたんだが、その隣にいる人は何者なんだ?声的に女性だとは思うけど」
エルメニコさんもカルミラの様子に驚きつつ、話題をクルエラへと向ける。
「それに今ドラゴンを倒したと言ったな?それは本当なのか?」
「…………はい。確かにこの目でドラゴンが討伐されるのを見ました」
こうなっては真実を話すしかなさそうだ。下手に隠して本当に討伐隊が編成されるのも困るし、なんとかうまく話を進めて行けたらいいんだけど。
「しかし単騎でドラゴンを……それも天龍級に匹敵するほどの脅威を倒すことなんて出来るのか?それほどの力を持っていれば国からの命令で魔王戦線に行っているはずなんだが……」
「か、かなり高位の吸血鬼みたいで……最近までずっとヴラルド王国にいたみたいなんですが」
それを聞いたエルメニコさんは少しだけ考える素振りをすると、再び俺の方へと顔を向ける。
「うむ、まぁ吸血鬼ならばあまり深くは詮索しないが、それほどの強者ともなれば話は変わってくる。上にも話を通さないといけないから名前だけでも教えてほしい」
俺はその質問に一瞬だけ考える。ここで本名を言うのは流石にまずいだろう。ヨハンたちの話を聞くにクルエラは神話の時代を生き抜いた伝説の吸血鬼みたいだし、その名前も同じように広まっているとみていいはずだ。ここは何か適当な偽名でも考えて乗り切るしかないか。
そんな俺の、一瞬の判断の隙を突いてクルエラが先に口を開く。
「私はクルエラ…………クルエラ・ルガト・ノートニ──」
「──クエラです!クエラ・ルノーティクスです!」
あっぶねぇ!クルエラさん何やってんすか!ここで本名を言ったらまずいですって!
まぁ彼女からしたらごく普通に名乗っただけなんだろうけど、それは色々とまずいことになるんだ。今はなるべく目をつけられないようにしないと。
「カイン……」
不思議そうにこちらを見つめるクルエラに、小声で「今は話を合わせて欲しい」と言う。その切羽詰まった様子に何かを察したのか、クルエラは小さく頷いて納得してくれた。結構融通のきく真祖様である。
「クエラ・ルノーティクスか、わかった。ドラゴンの生死についてはギルドマスターが帰り次第すぐに会議を開いて、明朝には調査隊を派遣できるようにしよう」
「あの、こんなことを言うのもなんですが、ドラゴンを倒したって話は信じてもらえるんですか?」
「うむ。にわかには信じ難い話だが、昔から吸血鬼の中にも特異点と呼ばれる超常の存在がいることは知っているからね。流石に今回の話は驚いたけど」
「ですよね……」
「ともかく王都の危機を救ってくれたお方だ。悪いようには報告しないよ」
「ありがとうございます」
とまぁこんな感じで、いい方向に話は纏まってくれたみたいだ。エルメニコさんもあまり深くは追求してこなかったので助かった。後は今後の俺の方針についてなんだが。
「カイン君、パーティの件はどうするんだ?」
丁度いいタイミングでエルメニコさんから話題を振られる。
「俺は[龍を追う剣]を脱退しようと思ってます」
「まぁ当然の判断だろう。脱退の手続きもこちらでやっておくから今日はもう休むといい。そろそろ日も暮れる頃だしね」
「何から何までありがとうございます」
「いいんだよ。それと残りのパーティメンバーは今回の処罰について説明するからもう少しだけここにいてくれ」
「……わかりました」
ギルド副長の言葉に頷くヨハン。カルミラの方は相変わらず肩を寄せて震えていた。俺はそれを横目に見ながら会議室を出ようとする。その通り過ぎるほんの一瞬だけヨハンと目が合った気がしたが、彼はバツが悪そうにそっぽを向いた。
俺は立ち止まってその後ろ姿に声をかける。
「ヨハン、そしてカルミラ、今までありがとう。色々と言われはしたけど、君たちとの冒険は俺に色んな経験を積ませてくれたし、その一つ一つが真新しくて楽しかったよ。無能な俺が偉そうに言うのもどうかと思うけど、そこはすごく感謝してる」
特に返事は期待していない。だから俺はそのまま会議室を出ようとした。
しかし、その時──
「……ああ」
どこか哀愁の漂うそんな声音を背に、俺たちは会議室を後にしたのだった。
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