ヨハンの動向
薄暗い森の中。<死の森>と呼ばれるその場所を、三つの影が走り抜けていた。
「アイツはまだ来てないか?」
先頭を走る豪華な鎧を纏った金髪碧眼の剣士。身につけている装備は金や銀などをふんだんに使った煌びやかな意匠で、その腰に刺している剣も同様に高価なものだとひと目でわかる業物だ。
「アイツって誰のこと?カイン?それともドラゴン?」
並走する銀髪紅眼の吸血鬼は、ローブに軽装加工を施した動きやすそうな防具を身につけており、息切れする様子もなく先頭のヨハンについていく。
「んなのドラゴンのことに決まってんじゃねえか。カインなんかどうせ生きちゃいねぇ」
カルミラの横に並ぶ武闘家のジルベルトは苛立った様子でそう吐き捨てる。彼は武人然とした風貌で、防御よりも動きやすさを重視した皮の鎧を身につけていた。
「にしても魔物が多すぎるな」
少し疲労の見える表情で魔物をなぎ払いながらヨハンが愚痴る。彼の言うように、進行方向の先には次々と魔物が現れていた。
「多分ドラゴンのせいよ。森の魔物が一斉に移動してるみたいだから」
走りながら周辺の魔物を倒していくカルミラがそう呟く。
「くっ、あのドラゴンのせいで全て狂ったんだ……」
「つか何でこんなところにドラゴンなんかいんだよ!アイツら普段はドラグネル王国領にたむろってるはずだろ!?」
「私に言われてもわからないわよ!だけど、あれだけ上位種のドラゴンとなると本来なら龍人族が管理してるはずだわ!」
三人は苛立った様子でどんどん魔物を倒していく。しかしその内の一匹、ヘルドッグと呼ばれる犬型の魔物がジルベルトへと襲いかかった。
「バカが!【
拳に橙色のオーラを乗せて渾身の一撃を放つジルベルト。腹部に攻撃を受けたヘルドッグはそのまま後方へと吹き飛んでいく。その様子を満足気に見つめるジルベルトの背中を、後ろから別の魔物が襲いかかった。
「ぐっ……!……おいカイン!なに雑魚をうち漏らしてんだ!お前の仕事は雑魚狩りだろォが!」
「カインは見捨てたじゃない!何言ってんのよ!」
「ちっ!……おい、
「それも全部カインに渡したじゃない!あんたがやったのよ!」
「ああぁくそが!あの雑魚!どこまでも俺の邪魔をしやがる!」
「いい加減にして!」
そんなジルベルトの様子に我慢できなかったのか、カルミラが声を荒らげる。
「カインを囮にしたのは私たち!あの状況じゃ仕方なかったとは言え、これは自業自得なのよ!それについてとやかく言う資格なんか私達にはないわ!」
「うるせぇぞカルミラ!お前はアイツの肩を持つってのか!?」
「そこまでだジルベルト。カルミラの言う通りこの状況になったのはドラゴンと、そして俺達のせいでもある。そんなことより今はこの状況を抜け出すことに専念するぞ」
「ちっ、わかったよ」
渋々といった感じで黙りこくるジルベルト。三人は沈黙を保ったまま黙々と魔物を討伐していく。
しかし、そこで異変が起きた。
「魔物が逃げていくぞ」
今まで三人を目標に集まってきていた魔物が、急に散り散りとなって逃げていく。その様子はまるで何かに怯えているような────
「…………っ!?みんな横に逃げて!魔力砲が来るわ!」
カルミラの声で瞬時に避難するヨハンとジルベルト。その瞬間、辺りが真っ白に染められたかと思えばけたたましい轟音と共に魔力砲が木々ごと地面を抉ってやってきた。それは森の全てを破壊しながら遠くの方で自然に消えていく。
「あっぶねぇ!ナイスだぜカルミラ!」
「よく魔力砲に気付いたな、流石だ」
「あんな高密度の魔力が迫れば嫌でもわかるわ。それよりも今ので魔物もいなくなったことだし、ペースを上げていくわよ」
突然の脅威で散らばっていった魔物もしばらくは来ないだろう──そう判断した三人はスピードを上げて森の出口を目指していく。
それからしばらくして<死の森>を抜け出した一行は、近くの街道を通っていた商団に同行を頼み、王都へと向かっていったのだった。
「さて、後はギルドになんて言うかだが」
ギルドの前に立ったヨハンがそう呟く。
「別に言い訳なんていくらでもあるだろ。ドラゴンがやっちまったって言えばいいんだよ」
さして気にする様子のないジルベルトの提案に、それもそうだなとヨハンも同調する。一行は暗い雰囲気を漂わせたままギルドへと続く扉を開いた。
中は賑わっているようで、冒険者たちの喧騒が絶えず聞こえてくる。仄かに流れてくる酒の匂いとよく響く受付嬢の声。王都の冒険者ギルドは酒場と併合している数少ないギルドの一つなのだ。
そのままヨハンを先頭に受付の方まで歩いていく三人。ギルドは忙しいようで、冒険者たちの質問や素材の鑑定など、各部署を担当する受付嬢たちが忙しなく動いていた。
その中の一人、前からヨハンたちがよく世話になっているクレアという受付嬢の列に並ぶ。彼女も人気なようで、他の受付嬢よりも長い列が出来ていた。それからしばらくして、ヨハンたちの番となる。
「こんにちはヨハンさん、もうクレイジーベアーの討伐が終わったんですか?相変わらず早いですね!」
「ああ、それもあるんだが。もう一つ報告することがある」
「なんでしょうか?」
ヨハンは討伐した証であるクレイジーベアーの爪をクレアに渡しながら、神妙な面持ちで口を開く。
「仲間が死んだ」
「それは、お気の毒に。それでどのような状況だったのでしょう」
「死の森で依頼の討伐対象であるクレイジーベアーを倒した後、王都に帰還しようと思ったんだが、そこでドラゴンが襲ってきた」
「ドラゴン!?」
あまりの内容につい大声を出してしまったクレアは周りから注目を集めてしまう。彼女は慌てて平静を装いながら再びヨハンの声に耳を傾けた。
「俺たちも果敢に立ち向かおうとしたんだが、そいつは上位種のドラゴンで手も足も出なかった。そしてパーティが全滅の危機に瀕している時、カインが身を呈して俺たちを逃がしてくれたんだ」
「なんと……そういうことでしたか。わかりました、ドラゴンも出たということなので一度上司に掛け合います。少々お待ちください」
そういうとクレアは奥の部屋へと消える。しばらくして中年の男性と共に受付へと戻ってきた。
「どうも、ギルド副長のエルメニコ・リンスキーです。現場の詳細を聞きたいのであのテーブルまで移動しましょうか」
エルメニコは酒場とは別に設けられた冒険者たちの休憩スペースを指さしてそう言う。三人もそれに従い場所を変えた。
そして事の顛末を説明していくヨハンたち。話が進むにつれ、エルメニコの表情がどんどん険しくなっていく。
「ドラゴンが現れたとなれば、王都やその近郊の街にも被害を与えるかもしれない。ギルドマスターと相談してすぐにでも討伐隊を編成し、必要であれば王国騎士団にも参戦してもらおう」
「あのドラゴンは魔術も使っていました。恐らく王龍級か天龍級以上の力はあると思います」
「情報に感謝する。仲間の死はつらいとは思うが、今は非常事態だ。君たちSランクパーティにも討伐隊に参加してもらうがいいかな?」
「「「はい!」」」
話が纏まったところで早速準備に取り掛かろうとするギルド副長。席を立ち、受付の方まで移動しようとしたところ、彼は急に立ち止まった。
「あれは…………君たちのパーティにいたカイン君じゃないかな?」
その言葉に驚愕の表情を浮かべた三人は慌てて扉の方へと目を向ける。そこには悠然と立ち尽くす赤黒のローブを身にまとった男がいた。
黒髪短髪、身長や体型はやや平均くらい。良くも悪くもない容姿だが、珍しい黒眼に目を引かれる容姿だ。そこまで目立つわけでもないが、彼を知るものからすれば見ただけで気付いてしまう。
「カインッ……!」
そう、
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