第四話 最強の復活



「成功……したのか?」



眩い光が止んでいき、視界を取り戻した俺の目に映っていたのは────真っ白なお尻だった。


それはもう見事なまでに素晴らしいお尻だった。お尻評論家なるものがいれば間違いなく絶賛していたであろう完璧さだ。


────って、そんな事を考えてる場合じゃない!蘇生できたんだ!伝説の吸血鬼を!



「ドラゴン?…………何故?」



目の前の少女は眼前の敵に戸惑っているみたいだった。まぁ無理もないだろう。いきなり意識を取り戻したかと思えば、目の前にあんな化け物がいるんだから。


しかし、どことなく幻想的というか儚い印象を強く抱く後ろ姿だな。というよりも正直美しすぎる。


傷跡もなくシミひとつない雪のように真っ白な肌と、垂れることなく最高に揉みやすそうな形を維持しているお尻。少し華奢にも見える小さな背中には、色艶よく絹のように美しい銀髪が腰まで伸びており、それは太陽の光に晒されてキラキラと輝いている。


そんな美少女が、不意に右手を横に向けた。



「グォォォォォ!」



ドラゴンの咆哮が響き渡る。自身の魔力砲が弾かれたことに体全体で怒っているみたいだった。

奴は右腕を振り上げる。その大木くらいありそうな剛腕で、眼前の少女に襲いかかった。



「敵対するなら殺す────血斬剣ロクトエーチ



ヒュンッと空気の切れる音がした。それと同時に舞い上がる血飛沫。一緒にドラゴンの腕も宙を舞っていた。


視線を戻せば少女の手には真っ赤に蠢く長剣が握られている。そしてその剣筋は全く見えなかった。相手が俺だったら反応する間もないまま殺されていただろう。



「グガッ!?」



「まだ、やる?」



「グォォォォォ!」



言葉を理解しているのか、今の発言でさらに怒り狂った赤龍は再びもう片方の爪で少女に襲いかかる。



「遅い────血重槍ロクトランサ



今度は俺にも見えた。どうやってかは知らないが少女の剣が槍へと変わり、それを持って認識しうる限界の速さでドラゴンの体に穴を開けたのだ。



「グゥ……!?」



流石の龍も体に穴が開いたら一溜りもないだろう。そのままゆっくりと力なく崩れ落ちていき、最後は地面に横たわっていった。


彼女はその死骸を見つめながら微動だにしていない。



「あ、あの!」



「…………なに?」



急いで立ち上がり、少女の近くまで歩ていく。今回は命を助けられて本当に感謝してもしきれない。絶対絶命のピンチを救ってくれた命の恩人にお礼を言おう。



「その、助けてくれてありがとう」



「別に助けた覚えはないけれど…………あなたが私を蘇生したの?」



少女は顔だけをこちらに覗かせ、その真紅の瞳で俺を見つめてくる。



「あ、ああ。そうなるな」



「そう…………」



あまり感情の起伏がないのか、抑揚の少ない声音でそう呟く。その整った顔立ちには困惑した色が混ざり、なにか物言いたげな表情でこちらを見ていた。


──しかし本当に可愛いな、可愛すぎる。正直に言おう、めちゃくちゃタイプだった。まるで神が造りたもうた芸術品かと思うほど、その容姿は完成されている。それはもう凄すぎて語彙力を失うほどに。


こちらを向く小さな顔。少し開いた口からは犬歯が見えているが、それも含めて全ていい。小さな鼻も、大きな目も、全てのパーツが完璧に配置され美しいと思わざるを得ないが、どちらかと言うとその幼さから可愛いのほうが当てはまるだろう。



「…………なに?」



じっと見つめたまま何も言わない俺を不審に思ったのか、怪訝そうな顔でこちらを見つめてくる少女。



「ああ、ごめん。なんでもないんだ。その…………多分行く宛てとかもないと思うから俺について来て欲しいんだけど、やっぱりダメかな?」



その言葉に少し考える素振りをすると、彼女は小さく頷く。



「…………わかった」



え、そんな簡単に受け入れてもらえるんだ。てっきり断られるかと思ってダメ元で頼んでみたんだけれども。まぁ何にせよ伝説の吸血鬼と一緒に行動出来るのはありがたいな。俺だけだとこの<死の森>を抜けることは困難だろうし……



「ありがとう。君がいるだけですごく心強いよ。俺はカイン」



「…………クルエラ」



名乗りながら少女──クルエラ──がこちらを振り向く。もちろん一糸まとわぬ姿で。



「おっおおお、おっぱ……!」



し、刺激が強すぎる!見えちゃってるよ!色々と!しかも結構大きいし!



「と、とりあえず何か服を着てくれ!」



恥ずかしさから横を向く俺は、そういえば服がないんだったと今更気付く。どうしよう、流石にこのままだと二人とも王都には入れないし、俺はいいけど女の子を全裸のまま連れ歩くのは流石に無理があるだろう。


くそぅ、恥を承知でそこら辺の葉っぱで隠してしまうか?スキルは進化してるけど俺自身は後退してる、なんてね。いや今は冗談を言える状況でもないな。



「服、これでいい?」



気付けばクルエラは真っ赤なドレスに身を包んでいた。



「え、それどうやったの?」



「こうする……」



彼女の開いた手から血のように赤い粒子が溢れ出し、それは俺の体を包み込んだ。そして数瞬後、なんと真っ赤なローブが現れたのだ。しかも結構カッコイイ見た目だし。



「す、すごい!これって魔法なのか?」



その言葉にクルエラは首を横に振る。



「私のスキル」



「こんなスキルもあるのか。すごい便利だな、これ」



「ありがとう」



その時、初めてクルエラが笑った。その笑顔は今まで見たものの中で一番美しく、そして可愛らしかった。



「ぐはっ……!」



「どうしたの……」



「いや、まるでトロールに殴られたかのような衝撃を受けたんだ。気にしないでくれ」



「…………おかしな人間」



そんなこと言わないでくれ。こうなるのは多分俺だけじゃないはずなんだ。



「そのドレスすごい似合ってるんだけど、流石に目立つから俺のローブと同じやつを着てほしい。あとフードも被ってもらえるとありがたい」



「…………わかった」



目の保養にはなるんだけど、この可愛さは注目を集めすぎるからなぁ。見た目はカルミラを少し大人にして神々しさを足した感じだけど、王都にいる吸血鬼は彼女だけだったし、不審に思われるのは出来るだけ避けたいところ。



「とりあえず王都に戻ろうか。俺に着いてきてほしい」



その言葉に小さく頷くクルエラを見て、来た道を振り返る。ドラゴンの魔力砲の影響で直線の木々が、かなり遠くの方まで綺麗さっぱり無くなっていた。やっぱり派手に抉られている。それだけあの魔力砲の威力が高かったってことなんだろうけど。

俺たちはその凸凹でこぼこの地面を歩きながら王都を目指していく。


そういえば、気になる点が二つある。ひとつは俺が生き返ったこと。あの状況は間違いなく死んでいたはずなのに、急に意識を取り戻したかと思えば全裸で生き返っていたのだ。多分【魂天入コンテニュー】のおかげなんだろうけど。


次にスキルの進化。これにはすごく驚かされたし、結果的に死者を蘇生するというぶっ壊れスキルが生まれたわけなんだが……。

これって実はものすごい発見だよな?教会で教わったスキルの事で進化については一度も触れられていなかったし、前例も恐らくないとは思うんだけど。やっぱり教会に報告した方がいいのかなぁ?でも蘇生スキルってだけで面倒事に巻き込まれるのも嫌だし、ここは秘密にしておくべきか……。



「そういえば〈不滅の吸血王アルディオン・ロード〉なんて呼ばれてたみたいだけど、クルエラって強かったのか?俺そこらへんの時代についてはあんまり知らないんだよなぁ」



「…………それは私に聞かれてもわからない。ただ、龍人以外には一度も負けたことはない」



「それは凄いな。流石は最強の吸血鬼だ」



その龍人以外には、って言葉が少し気になるけども。

ちなみに王都にいる吸血鬼はカルミラだけだけど、彼女以外のほとんどの吸血鬼は基本的にヴラルド王国という吸血鬼の国に住んでいるらしい。その国ではたまにその血の濃さから吸血行為を必要としない高位の吸血鬼が国を出ていくみたいなんだけど、今のところ何か問題を起こしたりとかもないので吸血鬼に対する人間側のイメージはあまり悪くないのだ。



「とりあえず、色々混乱してるとは思うけど俺に着いてきてくれてありがとう。出来ればこのまま一緒に戦っていきたいんだけど、いいかな?」



その言葉に、クルエラは小さく頷いた。



「そ、そっか。よかった……」



ヨハン達が言うように、俺は無能だから<死の森>を一人で抜け出すことも困難なのだ。クルエラの実力が天龍級のドラゴンを瞬殺できるほど強いってわかったし、そんな彼女が同行してくれることになって本当によかった。


さて、あとはギルドに戻った時にどうするかだが。多分ヨハンたちが先に着いてて、ドラゴンの事も俺が死亡したことも報告しているだろう。その誤解を解くのが一番面倒くさそうだ。アイツらには言いたいことが山ほどあるけど、まずはどういう感じに持っていくかだけ考えよう。


まず俺が生きてる理由。これは必死に逃げたことにしよう。そこら辺はどうとでも言えるはずだ。

それとドラゴンを討伐したことについては伏せておく。流石に単体ランクがBに上がったばかりの俺が、ドラゴンをソロで倒したなんて言っても信じて貰えないし、あまり深堀りされてクルエラの事に触れられるのも面倒だからな。


そんな事を思いながら、俺たちは〈死の森〉を歩いて行った。



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