その3 恋の目覚め
口角を、無理やり、引きあげる。
頑張ってでも笑おうとしないと、やっぱり、泣いちゃいそうだから。
あー、でも……。塩対応な雪ちゃんのことだから、『わかった。なら、そうする』ってあっさりとうなずきそうだなぁ――
「…………なんで?」
――あれ。
「なんで、そんなこというの」
ビックリした。
まさか、そんなショックを受けているような顔をされるなんて、少しも思わなかったから。
雪ちゃんは、呆然としてしまったわたしの肩を、遠慮がちにつかんできた。
「昨日まで……、中学生になっても、ずっと一緒だよって言ってたよね。毎日毎日、耳にタコができるくらい」
「い、言ったけど……」
面と向かって、本人に問いただされると恥ずかしいっ。
「あれは……ウソ、だったの?」
黒曜石みたいな瞳には、切羽つまったような焦りの色が浮かんでいて。
クールな雪ちゃんが、珍しいくらい、必死だ。
やだ。こんなの、どうやってもドキドキしちゃう。
だってさ、雪ちゃん。それじゃまるで『わたしと一緒に帰りたい』って、だだをこねてるみたいだよ。
「ウソ、ってわけじゃなかっただけど……」
ああ。流されちゃ、ダメダメっ。
ほんとは、すぐにでも『ごめんね、ちょっと冗談を言ってみたくなったの!』って、抱きしめたいけど……でも、でもっ。
その先にある未来は――死んだ方がマシだと思うような地獄だ。
「……気が変わったの!」
肩にのった彼の手を、そっと振りほどく。
雪ちゃんの、ただでさえ白い顔が、幽霊みたいに青ざめた。
「とにかく。中学では、他の友達と一緒に帰るから!」
これ以上、雪ちゃんの顔を見ていられなくて、わたしは走って逃げだした。
*
「ううっ……」
家に帰りついた瞬間、自分の部屋に引きこもってベッドにうつぶせた。
さっきから、メソメソと涙が止まんない。シーツにできた染みが広がっていく。
なんで、大好きな雪ちゃんに、あんなこと言わなきゃいけないの?
雪ちゃんとは、小学生になってから、ずっと一緒に登下校してたのに……。
野々宮家と、相良家はお隣さん同士。
雪ちゃんと、雪ちゃんの三つ上のお姉さんの
昔の雪ちゃんは、こぼれ落ちそうなほど瞳が大きくて、その辺の女の子よりもかわいかったんだ。
お姉さんの春ちゃんは、小さい頃から黒髪ストレートロングがよく似合う美少女だったから、わたしは二人並んでいるのを見て、美人姉妹だなぁって和んでた。
『あれ、雪ちゃん。そっちは男の子のトイレだよ?』
『…………は?』
『えっえっ! もしかして光ちゃん、今まで雪のこと、女の子だと思ってたの!?』
爆笑する春ちゃんに、白い頬をカーッと赤く染めて逃げるように男子トイレに入っていった雪ちゃん。
その後、雪ちゃんには三日近くも口を聞いてもらえなかった……。あれは、こたえたなぁ。
雪ちゃんが、美少女じゃなくて、美少年だったと知ったときは目を丸くして驚いたけど。
わたしにとっての雪ちゃんは、性別関係なく、大事な幼馴染だった。
クールでそっけない感じだけど、ほんとはすごく優しい男の子なんだ。
たとえば、夏休みの宿題。
頭がよくて、勉強のできる雪ちゃんは、最初の一週間で終わらせるまじめなタイプ。
一方のわたしは、夏休み最終日になって、宿題の山に埋もれるタイプなんだけど……。
『どうしよどうしよ! まだ、こんなにいっぱい宿題があるのに、全然、終わりそうにないよ!?』
『光が、今日になるまでためてたせいだろ』
『助けて、雪ちゃん~〜〜〜!』
『…………はあ。オレは、光のお助けロボットじゃないんだけど』
深々とため息をつきながらも、雪ちゃんが、わたしを見捨てることはなかった。学校の授業ではすぐ眠くなるんだけど、雪ちゃんの個別指導は、興味を持って聞けるんだ。教え方が丁寧で、上手だからなんだろうね。
わたしたちは、ものごころついたときから、当たり前のように一緒にいた。息をするのと同じぐらい自然に、隣にいる存在。
だから、雪ちゃんへの想いが特別な『好き』なんだって気がつくのには、少しだけ時間がかかった。
小学六年生のある日のことだ。
雪ちゃんと二人で教室に入ったら、クラスでも目立ってる男の子たちが黒板の前に集まってニヤニヤしてた。
『あっ、相良夫婦のお出ましだ~~!』
『二人ってぇ、ほんとにただの幼馴染なのかぁ?』
『毎日一緒に登下校するなんて、ラブラブだよなぁ~~~』
黒板を見て、ギョッとした。
でかでかとした相合傘。
その下に、相良雪斗と野々宮光って、わたしたちの名前が書かれている。
瞬時に、頬が、じゅわっと熱くなった。
わたしと、雪ちゃんが、ラブラブ……?
今まで考えたこともなかった発想に、胸がぎゅううっと締めつけられて。急に心臓の調子がおかしくなって、ドクドクと胸が高鳴った。
あれ。これって、からかわれてるんだよね?
だとしたら、否定しなきゃ。
だって、雪ちゃんは恋の話題とか苦手そうだし。そもそも、こういう風にみんなから騒ぎたてられるのが大嫌いだから、きっと今すごく困っていて……、
『うん。お前らの言う通りだけど、それがどうかした?』
……………エッ!?!?!?!?!
教室中に、静かな動揺が走った瞬間だった。
みんなが時を止められたように固まっている中、雪ちゃんはクールに黒板消しを手にとった。
『もう授業始まるから、これ、消すよ』
『お、おう……』
それからチャイムが鳴って、授業が始まったんだけど……もちろんわたしはそれどころじゃない。ずっと顔が熱くて、大パニック状態だ。
雪ちゃん。さっき、わたしとラブラブって言われて、さらっと肯定したよね? あれ、どういう意味!?
悶々と、頭が爆発するんじゃないかってぐらい考え続けて。
いてもたっても、いられるわけがなかった。
下校時刻になって、雪ちゃんと一緒に帰っている最中に、挙動不審になりながらさっそく本人に聞いてみた。
『あ、あああああああ、あのっ。ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆ、雪ちゃん!!』
『……ん?』
『あ、ああああ、あのっ。今朝の……こと、だけど。わ、わたしと雪ちゃんって、ラ、ラララ、ラブラブだったの!?』
『……知らないよ』
知らない!? そんな無責任な!!
『えええええ!? だってだってだって、みんなにはそう答えてたじゃんっ!』
『あれは……面倒なことにならないように、軽く流しただけ』
ショックで、思わず、足が止まった。
『えっ……。じゃ、じゃあ、ウソついたの……?』
胸が痛くなって、悲しくて悲しくてうつむいたら。
雪ちゃんはものすごくギョッとして、慌てはじめた。
『ち、ちがう! ごめん! …………ウ、ウソとまでは言ってないっ!』
立ちどまったわたしに、彼がそっと近づいてくる。
『……おねがい。頼むから、泣かないで。光が泣きそうな顔してると、オレ、ダメなんだ。胸がギュッとなって、どうしていいのか、わからなくなる』
雪ちゃんの細長い指が、いつの間にか濡れていたわたしの目元を、ぎこちなくぬぐう。
その瞬間、指先から心臓まで、電気が走ったみたいだった。
今までも、雪ちゃんのことは、大・大・大好きだったけど。
これは恋で、特別な好きなんだって気がついたのは、あのときだった。
雪ちゃん。わたしね、やりなおす前の世界で雪ちゃんが告白を受けいれてくれたこと、本当に本当にうれしかったんだよ。
それをなかったことにするのは、息がつまりそうなほど、悲しいことだけど。
わたしは、雪ちゃんが笑えない世界なんて、いらない。
今度こそ、間違えないよ。
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