その2 今度こそ、守るよ

「ふはっ、一途ちゃんにも羞恥心しゅうちしんというものがあったんだねぇ。雪ちゃん本人にもこれでもかってくらい伝えてるんだし、今更、恥ずかしがることもないと思うけどな」

「うう……。自分で言うのと、他人の口から言われるのとでは、全くの別ものなんですよっ」

「そういうものなんだ?」

「そうです!」

 わたしの一番の望みは、雪ちゃんが幸せになってくれること。

 星灯神社へのお参りを始めたきっかけも、そのためだった。

『恋なんて、どうでもいい。たとえ想いあったとしても、ずっとは続かないんだ。そんなの、最初からいらない』

 小学五年生のころ。

 ビー玉のように冷めた瞳で、雪ちゃんは、初めてもらった女の子からのラブレターを破りすてた。

 頭をガツンと殴られたみたいにショックで、胸が張りさけそうだったけど、なんにも言えなかった。

 雪ちゃんがそんな風に考えてしまうのも、ムリはないと思ったから。

 ちっぽけなわたしが、深い悲しみを背負った雪ちゃんのためにできることは、ほとんどない。

 だから、わらにもすがる思いで、星灯神社へのお参りをはじめたんだ。

 一秒でも長く、雪ちゃんに笑っていてほしくて。

 だけど……。

 わたしは、雪ちゃんを幸せにするどころか、サイアクの形で不幸にしちゃった。

 鼓膜を突きやぶりそうなほどのクラクション音、雪ちゃんの細い身体が赤い車体に突きとばされて、それで……っ。

「一途ちゃん、ひどい顔色だよ」

「……当たり前ですっ! だって……わたしの、わたしのせいで、雪ちゃんが……っ」

 神さまは、落ちついて、というようにわたしの両肩に手を置いた。

 恐々と顔をあげると、満月のような瞳に、蒼白な顔をしたわたしが映りこむ。

「ねえ、一途ちゃん。ほんとはね、ボクら神さまが、一人の人間に肩入れなんてしちゃいけない決まりなんだ。ボクらの力は、強すぎるから」

 その瞳に吸いこまれてしまいそうで、なんだか怖い。

「困ったときに、神頼みをする時代はとっくに終わった。みんな、手の中の小さな機械に夢中で、神を信じる人間は日に日に減っていくばかりだ。これも時代の流れだし、仕方ないんだろうなぁってあきらめてた。だけどね、一途ちゃん。キミは、ボクを頼って、会いにきてくれた。キミは、毎週末欠かさずに、雪ちゃんの幸せを祈っていたね」

 瞳がうるんで、胸が熱くなる。

「ボクは、キミと雪ちゃんが笑っている世界を見たい。驚いたんだけどさ、神にも情ってやつがあるみたい」

 神さまの琥珀こはくの瞳が、妖しく輝いた。

「一途ちゃん。キミは、いつに戻りたい?」

「なにを、言って……」

「キミが望まないこんな世界は、巻き戻して、なかったことにしようよ。このサイアクな未来を、消してしまうんだ。ねえ、一途ちゃん。キミは、いつに戻りたい?」

 もしも、本当にそんなことが可能なら……。

 わたしは、熱に浮かされたように、言葉を発していた。

「雪ちゃんに告白する前に……。一か月前の、中学校の入学式に戻りたいっ」

 わたしが想いを告げて、付き合ったりなんかしたから、雪ちゃんはあんな酷い目に遭ったんだ。

 そうわかっていたら、絶対に、告白なんてしなかったのに。

「一途ちゃん。キミの願いを叶えよう」




「……光?」

 鼓膜を揺らしたのは、男の子にしては少し高めの、透きとおった声。

 世界で一番大好きな、安心する声だ。

 再び目を開くと、奇跡が起きていた。

 目の前には、突然立ち止まったわたしに驚いて、不思議そうに首をかしげている雪ちゃんの姿。真新しい制服を着てる。

 ここは、学校の帰り道。

 うららかな陽気だけど、急に、少しだけ肌寒い。

 薄い桜の花びらが、ひらひらと舞っていて。

 雪ちゃんが、傷一つない姿で、ちゃんと息をしている。

 それだけで、泣いちゃいそうなくらい、胸がいっぱいだ。

「……っ。雪ちゃん!」

「うわっ!?」

 火がついたように駆けだして、雪ちゃんに飛びついた。

 制服越しに伝わる、ぬくもりと心臓の音。爽やかで、良い匂い。

 細身だけど、しっかりとわたしを受け止めてくれた身体は、昔よりも男の子らしく成長してる。

 夢じゃない。ちゃんと、夢じゃない!

 神さま、わたしのお願いを、本当に叶えてくれたんだね。

「……良かった。ほんとに、良かったよぉ」

「あの……。めちゃくちゃ、見られてるんだけど」

「えっ!」

 ギョッとして雪ちゃんから離れると、わたしたちと同じ、ぴかぴかの制服をまとった新入生にジロジロと見られていた。

「道ばたで、イチャイチャしてるーっ。カップルかなぁ」

「ねえねえ。あの男の子、めっちゃイケメンじゃない? きれいな顔してる!!」

「あぁ~。光ちゃんと、相良くんだよー。幼馴染なんだってさー、ついに付き合ったのかなぁ」

「ペットと飼い主みたいなものでしょ。野々宮さんって、相良くんに懐きまくってる子犬って感じ」

 ひえっ! いつの間にか、めちゃめちゃ注目されてるっ。

 わたしは、雪ちゃんと仲良しアピールができて、ルンルンだけど。雪ちゃんは、人から注目されるのが大嫌いなんだ!

「……あ、あの。雪ちゃん、怒ってる?」

 恐る恐る、顔色をうかがうと。

 いつもは、『人前でくっつくんじゃない、アホ光』って秒で返ってくる毒舌が、なかなか返ってこなくて。

 雪ちゃんは、急に、わたしの顔をのぞきこんできた。

 ひゃっ。きれいな顔が、めちゃくちゃ近い! 大きな瞳を縁どる長いまつげまで、見えちゃってるよ!

「光。なにか、あったの……?」

「えっ」

「今にも、泣きそうな顔してる」

 とくん、と心臓が高鳴った。

 雪ちゃんってさ、こういうところ、ほんとにズルいよね。

 いつもはクールでぶっきらぼうなのにさ、わたしが落ちこんでたり、様子がおかしかったりすると、すぐ見抜いちゃうんだ。

 わたしは、そんな雪ちゃんだから、恋をしたの。

 時を戻す前の世界で、わたしは、入学式の帰り道――つまり、今、雪ちゃんに告白をした。

 日に日に男の子らしく成長していく雪ちゃんに、これ以上、想いをおさえるなんて不可能だったから。

 神さまは、雪ちゃんに告白する前に戻りたいというわたしのお願いを忠実に守ってくれたみたい。

「光? ねえ、なにか言って」

 話せるわけがないよ。

 雪ちゃんが、わたしと付き合った未来で、意識不明の重体になっちゃったなんて。

 そんなこと、言えない。

 いくら『脳内お花畑』ってからかわれることのあるわたしでも、さすがにそんなの信じてもらえないってわかる。

 だけど……わたしは、今度こそ、絶対に雪ちゃんを守るよ。

「雪ちゃん」

 泣いちゃダメだ。感情を殺せ。

 今日からわたしは、雪ちゃんを、遠ざけなきゃいけない。

 嫌われなきゃいけないんだ。

「中学生になったからさ、もう、一緒に帰るのやめよ」

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