今日から大・大・大好きな幼馴染に嫌われます!

久里

その1 人生史上サイアクの日


 今日は、わたし――野々宮ののみやひかりの十二年とちょっとの人生の中で、一番、幸せな日になる!

 まぶしいほどの青い空。きらきらの太陽。

 最高すぎる、ゴールデンウィークの幕開けだ!

 脳内では、たくさんの天使がラッパを吹きながら飛びまわり、『光、おめでとう! 念願の今日この日を、全身全霊で楽しんでね!』って、みんな笑顔で祝福してくれてる。

 ありがとう、ありがとう、みんな……! 

 わたし、幸せになるね!!

 今日はなんと、大・大・大好きな幼馴染のゆきちゃんとの、記念すべき初デートなんだ!!

 ひゃん。デートだって……!

 くすぐったくて、大人な響きっ。

 待ち合わせ場所は、この横断歩道をわたった先にある、噴水広場なんだ。

 横断歩道をわたっていき、雪ちゃんの姿が視界に入った瞬間、心臓がドッキンと飛びはねた。

 絹糸のように艶やかで、サラサラの真っ黒な髪。

 少し長めの前髪に隠された、大きな瞳。

 スベスベのきれいな肌、形の良い唇。

 顔が小さくてモデルさんみたいにスタイルが良いから、薄手の白いパーカーにスキニーのジーンズ姿が、すっごく似合ってる。

 幼稚園生のころは、しょっちゅう女の子と間違えられていて、お遊戯会では白雪姫に選ばれるほどかわいかった雪ちゃんだけど、中学生になった今や、誰もが認める美少年……!

 はぁん。今日も最高にかっこよすぎる!

 あんなにかっこよくてかわいい人が、他でもない雪ちゃん――相良さがら雪斗ゆきとくんが、わたしの告白を受けいれて彼氏になってくれただなんて、夢みたいっ。

 ひとたび彼の姿が目に入ると、脳内が幸せな桃色に染まって、しばらくそのことしか考えられなくなる。

 だから。

 わたしは、気がつけなかったんだ――

「……っ! 光!!」

 ――青信号を無視して横断歩道に突っこもうとしてきた、赤い車の存在に。

 えっ!?

 一連の出来事が、スローモーションに見えた。

 顔を真っ青にした雪ちゃんが、呆然と立ちつくしたわたしの腕を思いっきり引っぱる。

 雪ちゃんに投げとばされるようにして、道路に尻もちをついた。

 その反動で、雪ちゃんは、車の前に躍り出て―—

「やだっ。雪ちゃん!!!!!!」

 ――血を吐きそうなほど、大きな声で叫んだ。

 その後のことは、よく、わからなかった。

 ……違う。

 正確には、わからなかったんじゃなくて、認めたくなかったんだ。

 大好きな雪ちゃんが、わたしをかばって交通事故に遭い、そのまま救急車で病院に運ばれていっただなんて。

 その上、意識不明の重体で、いつ目を覚ますかもわからないなんて……。

 そんな、地獄に突き落とされたほうが千倍マシなんじゃないかって思うような残酷すぎる現実を、受けいれたくなかった。

 人間ってさ、理解を超えるほど悲しい出来事が起こると、涙を流すことすらできなくなるんだね。

 できれば、一生、知りたくもなかったなぁ……。

 なんでよ。

 どうして、こんなことになっちゃったの。

 人生で最も幸せな最高のバラ色ハッピーデイになるはずだった今日は、人生史上サイアクのおぞましい悪夢のような日になっちゃったんだ。



一途いちずちゃん! 一途ちゃん! ボクの声、聞こえている?」

 …………んん。

「ダメだよ! いくら大・大・大好きな雪ちゃんが大ピンチだからって、早まったりしたら絶対にいけないよ、一途ちゃん!! キミならしかねなさそうだけどっ」

 ……誰? 聞き覚えのない声だ。

 一途ちゃんって、もしかして、わたしのこと?

 わたしの名前は、野々宮光なんだけど。

「ふうん、光ちゃんって名前だったんだ。でも、キミには、一途ちゃんがしっくりくるなぁ。数年前から、毎週末欠かさずに、幼馴染くんの幸せを祈りにきてたもんねぇ。『今日も一日、雪ちゃんが幸せに過ごせますように! 今日も雪ちゃんと同じ世界で呼吸させてくれてありがとう、神さま!』って、自分のお願いごとそっちのけでさぁ。ふふっ。そんなに想われている彼がうらやましいよ」

 まぶたを、開く。

 わたしは、どこまでも広がる、真っ白な空間の中に立っていた。

 目の前には、この世の存在とは思えないほど、美しい男の子。

 月の光を編んで紡いだような銀色の髪に、不思議な金色の瞳。

 黒いローブ姿が神秘的な彼によく似合っていて、なんだか目が離せない。

 あっ、これは浮気心とかじゃなくて、わたしにとっての世界一かっこいいはもちろん雪ちゃんなんだけど。

 そういうことじゃなくて、目の前の男の子は、とにかく普通じゃない感じがする。

「ていうか……ここ、どこ? あなたは誰!?」

「ここは、キミの夢の中。キミの無意識に干渉して、話しかけているんだよ。ボクは、いつもキミがお参りにきてくれている、星灯ほしあかり神社の神だと言えば伝わるかな」

「星灯神社!?」

 それって、わたしの家の近所の、あのこじんまりとした神社!?

 知っているなんてもんじゃない。

 だってわたしは、週末になるたびに、そこに通っていて……。

「うんうん。キミが雪ちゃんへの想いの丈を熱心に念じていた姿はしかと見ていたよ。『雪ちゃんは、わたしが大好きって言うと、『……そーゆーの大声で言うのやめろ』って、いつもめちゃくちゃ素っ気ないです。でも、いざってときはやさしくて、何が言いたいかっていうと、雪ちゃんはこれ以上にないぐらい沼! 大好き!!』とか、『いつもチョー塩対応だけど、今日はなんと、雪ちゃんがちょこっとだけ笑いかけてくれました! 笑ってほしいけど、いざ間近で笑いかけられると、心臓ハレツしそーになるジレンマをどうしたらいいですか!?』とか、毎回、テンション高めでキャピキャピと報告してくれたもんねぇ」

「ぎゃあああああっ、やめてやめてやめて!! さすがに恥ずかしいよぉぉ!!」

 神さまにお祈りしたことに、ウソの気持ちは欠片もない。

 だけど……いざ、目の前の人に全てを聞かれていたんだなぁと実感したら、顔がぶわあっと熱くなる。

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