結
春のねいろ
〝舞へ舞へ勇者
舞はぬものならば
魔の子や鬼の子に
踏み
生まれし世まで帰らせん〟
しゃらん。
しゃらん。
鈴が鳴る。
季節は巡り、冬は終わる。
雪解けの先、訪れるは
新たな命のねいろと共に。
「――そういうわけだから、他の世界のことも心配はいらないよ。この〝元・高位神〟であるクロム・デイズ・ワンシックスが、全部まとめて解決しておいたからねっ!」
春。
清潔な月海院の客間には、かつての少年の姿とも、神としての青年の姿とも違う、現代で言えば〝高校生ほどの容姿となったクロム〟が得意げに胸を張っていた。
「さっすがクロムさんっ。これでもう、勇者のみなさんが辛い思いをすることもなくなったんですね!」
「ありがとな、クロム。色々大変だったんじゃないか?」
「それは君たちが気にすることじゃないよ。もう神々に世界をどうにかする力はない……これからは、君たち一人一人が運命を切り開いていくことになるんだ。本当に大変なのは、そんな役目を勝手に押しつけられた君たちかもしれないんだからね」
「それでも、俺はクロたんにはマジで感謝してんだ。ここでひでー目に遭ってる頃は神なんて絶対に許さねーって思ってたけど……クロたんには、マジで世話になったからさ」
今、そんなクロムを月海院で囲むのは勇者屋の
カルマは妻である
「そういえば、カルマさんの妹さん……ツムギさんも、
「んだね。俺らは故郷に未練なんてねーからさ。しばらくはのんびりするつもりだよん」
「良かったな……やっと二人で一緒に暮らせるようになって」
「まあね……けどこうして終わってみれば、マジで百年も一瞬のことだったみてーに感じんのよ……終わり良ければ全て良しってこったね」
神々に力の放棄を促すために旅立ったクロムは程なくしてルナの元に無事帰還し、今度こそ全てが終わったことを現世の者達に伝えた。
力の大半を失ったとはいえ、未だクロムを初めとした神々には〝異世界間を移動する力〟は残されている。
すっかりルナに懐いたクロムは自分の世界と共に、神不在となったルナや奏汰の住むこの世界にも入り浸るようになった。
江戸に残された勇者たちも、望めばクロムの力で故郷に帰ることも出来たのだが、その申し出をカルマとツムギ、そしてルナと奏汰はすでに〝断わっていた〟。
「父さんと母さんは、いつだって俺と一緒にいる……だから、俺はこれからも新九郎と一緒にここで暮らすよ。新九郎に好きだって言ったときには、もうそうするって決めてたからさ」
「びええええっ! 奏汰さぁあああんっ!! 僕も奏汰さんが大好きですっ、死ぬまでずっとお慕い申し上げておりますからねぇええええええぇ!!」
「くぅ~~っ! わかる……俺にもかなっちのその気持ちはよーくわかるよ! やっぱ俺たちはズッ友ってわけ!!」
とてもかつて剣を交えた敵同士とは思えない、
共にこの地で愛する家族を得た者として、互いの言葉には深く同意するところがあった。
「でもでも! 僕は奏汰さんの生まれた場所がどんなところなのか、見てみたいなって思ってるんですっ。だから今度、まだ僕が身軽なうちにクロムさんと一緒に奏汰さんの世界を見に行こうって話になってましてっ!」
「ほーん? ってか、しんちゃんが身軽なうちって……」
「――お待たせしましたみなさんっ。明里さんの診察が終わりましたよ」
だがその話の最中。
閉じられた襖を開いて現れたのは、真新しい着物に清潔な前掛けをまとった
「こんにちは静流さんっ。その格好だと、もう〝本当のお医者様〟みたいですねっ」
「はいっ。ルナ先生がいつも丁寧に教えてくれているので……わたしも早く一人前になって、もっと先生のお手伝いができるように頑張ってるんです」
新九郎と奏汰の言葉に、静流は咲いた花のような可憐なはにかみを見せて頷いた。
戦いの後。現在の静流は、ルナの元で町医者になるべく医療の勉強に励んでいる。
それはかつての彼女が目指し、閉ざされたと思っていた医療の道――奇跡ではない、彼女自身の努力によって身につけた技術と知識で人を癒やす道――。
かつて
「静流さんならきっとなれるよ。俺たちも応援してる!」
「俺も俺も! しずちゃんなら、きっとどんな仕事も大丈夫よ!」
「お二人も……本当に、ありがとうございますっ」
励ましの言葉に応える静流の顔に、もはやかつての後悔と罪悪感に満ちた仮面は欠片もない。
あるのはただ前を向き、力強く自らの道を歩み始めた聡明な少女の笑みがあるだけだった。そして――。
「――お待たせしました」
「
「やっほー、待ってたよーん! それで、その……〝どうだった〟?」
笑みを浮かべて現れた静流からやや遅れ。
診察を終えたルナと明里も、共に部屋にやってくる。
ルナは一度カルマと明里に視線を向け、奏汰と新九郎も同席するこの場で診察の結果を話して良いかの確認を取った。
そして特に隠すこともないと二人が頷くのを見て取ると、ルナは柔らかく微笑んでその言葉を伝えた。
「ご懐妊です。私の見立てが確かなら、
「ご、ご懐妊……!? じゃあ、今日お二人がここに来たのって……っ!?」
「ふっふっふ……さすがはルナだ! 外科も内科も産婦人科も、全部まとめて一人で診れるんだからね! せいぜい感謝するといい!!」
「やったなカルマ! おめでとう!!」
「あ、ああ……っ」
すでにある程度の予想は出来ていたのだろう。
カルマは驚きつつも、内から沸き上がる喜びも露わに最愛の妻の身を気遣いながら抱きしめた。
「風吉さん……わたし、とても幸せです。これからも、ずっと〝わたしたち〟と一緒にいてくださいね……」
「当たり前だろ……! こんな俺と一緒になってくれて、マジで感謝しかねーんだ……! もうぜってーに、どこにも行ったりしねーからよ……っ!!」
初花月。
それは、新たな命が芽生える季節。
数奇な運命の果てで江戸の地に墜ちた勇者たちの新たな道もまた、季節と共に新たな歩みを見せようとしていた――。
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