神世の終わり


 その時。

 光が弾けた。


 奏汰かなた新九郎しんくろう、そして二人が闇に架けた虹の元に集った億千万の命と願いは、たしかに真皇しんおう――ひかるという名の一人の少年の心に届いた。


 収束した願いを受けた真皇の闇はまばゆいばかりの光へと反転。

 宇宙開闢うちゅうかいびゃくの炸裂にも似た命の放射となり、一度は飲み込んだ数多の命と世界を乗せて、どこまでも広がっていく――。


『――おお、闇が晴れた!』

『わかるぞ。あの闇の内にいた〝何者か〟が、恐るべき破滅の力を打ち砕いたのだ』


 無数の異世界を内包する無限の空間。

 そこで膨張する真皇の闇から必死に逃れようとしていた神々が、闇の消滅を見て安堵の声を漏らす。


『いや、まだだ……まだ危機は去っていない』

『あの闇に飲まれ、一度は砕けた命たちを癒やさなくては』


 真皇のもたらした災厄は、半数以上の異世界と命、そして神々を闇の果てに消し去っていた。


 その脅威は多くの神々を震え上がらせ、安穏とした久遠の日々に堕落していた神々の心に、久しく感じていなかった絶望と恐怖を蘇らせていた。しかし――。


『そうですとも! あそこには我々の同胞だけでなく、罪もない大勢の命がまだ生きているのです!』

『今ならばまだ間に合う。闇を討ち果たすことはできなかったが、再生と維持こそ我ら神の領分。すぐにでも彼らの救済に力を注がねば』

『あれだけの破砕を修復するには、私たちの持つ全ての力を使っても五分といったところ。私たちも、相応の代償を払うことになるだろう……』

『いえいえ。情けない話ですが、私どもはあれに対して何も出来ませんでしたし……せめて、どうにかできるところで働くとしましょう』


 しかし、たとえしなびようと神は神。

 かつて奏汰がクロムと共に百の異世界で出会った友好的な神々と同様、大半の神々はすぐに己の責務を思いだし、真皇によって砕かれた世界と命の救済へと向かった。だが――。


『な、なにを言うか! 我の力は、我が世界を守るのみで精一杯。他の者を救うための余力など残っておらん!!』

『それによく見てみれば、あのとてつもない輝きは神のものではない。あの光は人の力……私たちが人に与えた、〝勇者の力〟ではないのか?』

『ならば、此度の災厄は勇者どもによる我ら〝神への反乱〟の可能性も……!』

『それだけではない。〝神としての力を失いかねない暴挙〟を、そうやすやすと決断することなどできようはずがない!!』


 だがしかし。殆どの神々が我が身も省みず命の救済へと自らの力を振り向ける中、その行いに公然と〝異を唱える神々〟もまた現れる。


 元より、増えすぎた異世界と神はすでに一枚岩ではなく、かつての神々がみな持ち合わせていた崇高な理念や思想も、とうに失われて億年の月日が経つ。

 そしてそのように積み重なった神の堕落と自己保身こそ、真皇の災厄をもたらした元凶だったのだから。


「――いいや。神の力を〝失うかも〟じゃない。君たちには、今ここで〝神の力を捨てて貰う〟」

『なにっ!?』

『この声は……まさか、ワンシックスか!?』


 その時だった。宇宙すら超えて広がる真皇の光から、美しい銀色の光芒が神々の前に降り立つ。


 光の向こうから羽ばたきと共に現れたのは、七枚の羽を翻す絶世の美男。全ての神々の中で最も年若い高位神――クロム・デイズ・ワンシックスだった。


『き、貴様……この世の危機に今までなにをしていた!?』

「ふん……私はたった今、大勢の勇者たちと一緒にあの闇をなんとかしてきたところさ。文句の前に、感謝の一つくらい言ったらどうだい?」

『貴方が、あの災厄を止めてきたと!?』

「そうさ。そして君たちも気付いたように、あれの脅威は〝まだ去ってはいない〟。むしろ、今ここで私たちがあの光を全力で導かないと、私たちが存在するこの空間も、なにもかも消えてしまうことになる」


 現れたクロムはそう言うと、生き残った神々を前に荘厳かつ威厳ある口調で言い放った。


「消滅を止める方法は一つだけだ。私が救い出した神々と、闇に飲まれずに生き残っていた君たち……今ここに存在する全ての神の力を使って、あの光を〝癒やしのエネルギー〟に反転させる」

『わ、我らの力を全て使うだと……!? だ、だが……そのようなことをすれば……!!』

『なるほどー……一度消えてしまった世界と命を元通りにするには、私たちが持つ〝全ての力を使っても足りない〟……けれど、私たちがあの光の持つエネルギーを正しく導くことが出来れば、なにもかもを〝元通りに出来る〟と……そういうわけですね?』

「そういうこと。理解が早くて助かるよ」

『ですけど……クロムさんの言うように、私たち神は今のような強大な力を失うことになるでしょうねー……。その後でも残っていそうな力といったら、せいぜい〝異世界間移動〟と〝スキルの覚醒〟くらいでしょうかー?』

「それだけ残れば十分さ……それに、君たちだって本当はもうわかっていたんだろう?」


 現れたクロムの元に、美しい青髪をなびかせた〝双子の女神〟が歩み寄る。

 クロムは彼女たちと、そしてその後ろに控えるまだ〝神としての矜持を持つ同胞たち〟に向かって語りかけた。


「私たち神の役目なんて、もうとっくの昔に終わっていたのさ……世界に生きる命は、すでに自分たちの力で世界を守り、自分たちの運命を決めるまでに成長した。そんな世界にとって、私たちの介入は知らず知らずのうちに大きな歪みを生んでいたんだ……」

『いやはや……実に耳の痛い話ですねぇ』

『そのような物言いだからお前は〝万年ぼっち〟なのだ。とはいえ……今回ばかりはお前が正しいのかもしれんな……』


 クロムのその言葉に神々はみな思う所があるのか、様々な想いの入り交じる複雑な表情で俯いた。


『ば、馬鹿な……! なんと言われようと、そのようなこと認められるわけがない!!』

『そうだ!! 貴様があの闇から出てきたというのなら、あそこに囚われていた他の神々はなんと言っている!?』

「悪いけど、〝捕まっていたみんな〟は私の考えに賛同してくれているよ。むしろあの闇の中で全てを見せられた神は、〝私たちの犯した罪〟を身をもって理解することになったわけだからね」

『我らの、罪だと……!?』


 賛同する者。

 足掻く者。

 

 神々の反応は様々だったが、もとより世を救うべく動いていた神々は、やがてクロムの見せる覚悟に〝同意の方針〟を固めた。


 なぜならそれと時を同じくして、闇から救い出された大勢の神々が見た記憶と想い――闇に閉ざされたあの世界で〝一体何があったのか〟が、神の持つ強大な思念によって、残りの神々の元にもはっきりと共有されたからだ。


『私たち神でも太刀打ちできない闇を打ち砕いたのは、命の持つ可能性と願いだったと……そうなのですね、クロム』

『こんなものを見せられては、同意するしかあるまい』

『我の心は決まった……お前の好きにしろ、ワンシックス』

「ありがとう。詳しい説明は後でのんびりさせてもらうよ……今度はこんな天上の世界じゃなくて、私たちが生み出した人や動物と同じ……〝地上のどこか〟でね」


 神世の終わり。

 自ら生み出した世界と命の上位に君臨し続けた、上位存在の終わり。

 

 永遠にも思われた世のことわりの終わりは、それまで続いていた那由多の時に比べれば本当に一瞬――まばたきよりも短い説得によって決定した。


 そのあまりにも一瞬の総意形勢は、奏汰が信じた神々の良心が今も残っていたことをありありと示したのだ。

 

『い、嫌だ……!! 貴様らがなんと言おうと、私は神の力を失いたくない!!』

『目を覚ませお前たち!! 我ら神が地に墜ちるなど……決して!!』

「ふふ……実際に体験した私から言わせて貰うと、人としての暮らしもそう悪いものでもなかったよ。まあ、夜道で変態に追いかけ回されるのだけは二度とごめんだけどねっ!」

『や、やめろ……! やめろおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!』


 こうして――。


 砕けた闇から解放された無数の命と世界を癒やすため、神々による管理と治世の時は終わりを迎えた。


 これでそれまでに存在した問題が消えたわけでも、より良い世になると決まったわけでもない。

 

 だが一つだけ確かなことがあるとすれば――それはこの時を境として、世の行く末を決める存在が強大な力を持つ神々から、その世界に生きる小さな命に代わったということ。


 ただ、それだけである――。


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