虹のゆくえ


〝舞へ舞へ勇者

 舞はぬものならば

 魔の子や鬼の子にゑさせてん 

 踏みらせてん

 まことに美しく舞うたらば

 生まれし世まで帰らせん〟


 しゃらん。

 しゃらん。


 闇の果て。

 何処より聞こえてくるわらべ歌。


(いいや、違う……)


 全てを飲み込む闇の狂騒。

 そこにたゆたい流れる奏汰かなたは、闇から響く歌声の中に〝無数の願い〟が積み重なり、激流となって溢れていることに気付く。


(これは、みんなの願い……ここにいるみんなの想いが全部、ここにあるんだ)


 肥大化し続ける真皇しんおうの闇。

 その闇に飲まれた江戸を初めとした数多の異世界に生きる無数の命の願いが今、奏汰を囲む闇から必死に声を上げている。


 真皇の闇と正面から激突し、その奔流と余波に飲まれて弾かれた奏汰には、闇の中で起きる全てが手に取るように理解出来た。



〝この世界と勇者のみんな、どちらか片方しか救うことができないのなら、わたしは……わたしにとって大切なみんなを守る!!〟


〝どうして愛する祖国を救うことが許されないのですか……? 私がこの世で最も守りたいと願う人を、どうしてこの力で守らせてくれないのですか……っ!?〟


〝欲しいもんは何がなんでも手に入れるって気持ちだけは……誰にも負けるつもりはねーんだよッッ!!〟


 願いが聞こえる。


 それは、奏汰がいつか聞いた強い願い。

 この地で対峙し、正面から向き合った大切な仲間たちの願い。

 出会い、共に過ごした江戸に住む大勢の人々の願い。


 ある者は目の前の日々がいつまでも続くことを願い。

 ある者はより豊かになることを願い。

 愛する者の息災を。

 自らの栄達を。

 その日の食事にありつけることを。

 生きて明日を迎えられることを願っていた。


(俺だってそうだ……俺にはまだしたいことも、やりたいことも、守りたいものもいくらでもある……)


 そこで集い輝く数多の願いに大小は無く。

 軽重けいちょうも、善悪もなく。

 一つとして同じ願いなどなかった。

 

 永遠に失われた父と母に、もう一度会いたいと願うことも。

 大切な人々が生きる世を守りたいと願うことも。そして――。



〝父上と母上が僕に残してくれたもの……! 今度は僕が、奏汰さんと一緒に繋いでみせる!!〟



 ――そして、数奇な運命の先で出会った愛する人と、この先も共に生きたいと願うことも。


「奏汰さん……」

「うん……大丈夫、〝俺はここにいる〟」


 幾重もの願いが響く闇の中、気付けばもはや奏汰は一人ではなかった。

 奏汰のすぐ隣には、いついかなる時も彼のことを真っ直ぐに見つめる浅緑せんりょくの瞳――もはや二度と離れぬと決めた、最愛の少女の笑みがあった。

 

「俺……新九郎しんくろうと会えて本当に良かった」

「はい……僕もそうですよ」


 全てが消え去る世の終わり。

 一切の光が射さぬ闇においてもその手は固く結ばれていた。

 握られた二人の手は、一度として離れてはいなかった。


 なぜなら、それこそが奏汰と新九郎……二人の願いだから。 

 この江戸の地で出会い、結ばれた二人の最も強く、最も大切な願いだったからだ。

 


〝助けてくれ……っ。誰でもいい……どうかひかるを……俺の子を助けてくれ……っ! 俺では救えぬ……俺では、ひかるを救えなかったのだ……!!〟



 流れ、渦巻く数多の願いと闇の先。

 互いの目を見合わせて微笑みあう二人の元に、〝我が子の無事を願う悲痛な父の声〟が届く。


「やっと言えたんじゃんねぇ……あれを言うまで千年もかかるとか……まーじでとんでもねぇ頑固親父もいたもんだよ」

「けれど……こうして気づくことができたのなら、まだいくらでもやり直せる……そのために、私たちがいるのですから!!」

「あの男……〝あなたたちの元祖〟だけある。意地っ張りで頑固。でも……どこか放っておけない」

「よほほほほぉぉ……! わ、我は今……嬉しゅうて嬉しゅうてたまらぬ……っ! 我の想いも時臣ときおみと同じ……そして我とひかるは、他ならぬ時臣のことをこそ誰よりも救いたいと願うておるのだからのう……っ!!」


 時臣の願いを聞いた奏汰と新九郎の周囲に、共に闇へと挑んだ仲間たちの〝光と闇〟が寄り添う。


 カルマが、エルミールが、緋華ひばなが。

 そして無条むじょうが。

 

 初めて出会った頃は、互いに到底相容れぬとまで思われた頼れる仲間たちが、奏汰と新九郎を支えるように並び立っていた。


「みんな……ありがとう」

「行きましょう、奏汰さん!! 今日も明日も明後日も、その次の日も……これから先もずっと、僕たちは一緒ですっ!!」


 再び集った想いと力。

 そして闇の中に満ちる数多の命の願い。


 それらを受けた奏汰は最後に新九郎の言葉に力強く頷くと、数奇な運命に翻弄され、千年の時を苦しみ抜いた〝親子の願い〟を正面から見据えた。


「ああ……! 後は俺たちに任せろ――!!」


 瞬間、眩い閃光が闇を奔る。


 それは奏汰が持つ勇者スキルの中で最も強い力――〝結束の銀〟。

 その力は本来、奏汰が持つ七つの力を同時に発動するだけのもの。


 しかし今、銀の力はその枠組みを超え、かつて山王祭さんのうまつりの夜に奏汰と対峙した静流しずるが目の当たりにした、〝全ての想いを奏汰の元に結束させる力〟として再びこの闇に顕現していた。


 かつて、なにもかも一人で背負おうとした奏汰が失い、新九郎と出会って取り戻した最後の力。

 

 その本質こそ、数多の願いを分け隔て無く背負い、受け止め、認めた先にある奏汰本来の力だったのだ。

 

「だから俺はここにいる――!! 俺たちはここにいる!! 頼むみんな……俺に力を貸してくれ!!」


 闇を奔る虹の架け橋。

 それは奏汰の叫びに呼応するようにして幾重にも分かれ、一つの願いも取りこぼさぬと、あたりを埋め尽くす闇を七色の光で照らす。


 そしてそれと同時。奏汰たちは一丸となって虹の奔流に身を任せると、そのまま一直線に闇の深奥へ――ひかるの待つ深淵めがけて一気に加速した。


「――わたしにも、手伝わせて下さいっ!」

「え……っ!?」


 切り裂かれた闇から、無数の輝きが奏汰の虹めがけて飛翔する。

 そうして次々と集う数多の光――その光の中から、一際強く輝く〝灰色の光〟が奏汰と新九郎の元に合流する。


「こ、この声……もしかしてっ!?」

「静流さん……!! 無事だったんだな!!」

徳乃とくのさん、つるぎさん……っ! 本当に、本当によくここまで……っ」


 現れた灰の光――それはかつて二人が戦い、その果てに闇に消えた天恵てんけいの勇者――柚月静流ゆづきしずる


「静流さぁああああん……っ!! 僕……静流さんといっぱいお話ししたくて……!!」

「わたしも、徳乃さんとお話ししたかった……っ。でもまずは……私たちの力でこの闇を祓いましょう!!」


 静流は万感の笑みで成長した二人を見つめ、ぼろぼろと涙を零す新九郎につられるように涙を流して頷いた。

 

「にゃははっ! ぎりぎりだったけど、なんとか間に合わせておいたよん!! 真皇の中にいた勇者全員……エルきゅんとかなっちのおかげで、一人残らず釣り上げてやったってわけ!!」

「さすがです! では、囚われていた貴方の妹様も――」

「ああ……! 彼岸ひがんちゃんみたいにここには来れてねぇけど、さっきからツムギの声はちゃんと聞こえてる……! あとは、あの子をなんとかするだけだ!!」


 全てが闇に飲まれる寸前。一人残ったカルマは、勇者たちの解放を立派に成し遂げていた。

 今ここで虹に集う数多の光……それこそ、エルミールの力を乗せたカルマによって解放された勇者たちの光だったのだ。だから――。

 

「なーっはっはっは! そーいうわけだから、〝異世界一の天才美人ママ勇者〟であるこの僕も完全復活ってわけっ!! どやー!!」

「えええええ!? は、母上ぇええええ!?」

「こ、この人が新九郎の!?」

「お待たせ吉乃よしのっ! これでようやく一緒に戦えるね! あ……もしかして、そっちの男の子が吉乃の旦那様? 初めまして、吉乃のママだよ!! もちろん僕だけじゃなくて、みーんな一緒に連れてきたからね!!」


 静流だけではない。

 新九郎の母であり日向ひなたの勇者であるエリスセナもまた、奏汰と新九郎の虹の前に〝渾身のどや〟と共に姿を現わす。


 そして静流とエリスセナに続くのは、〝万を越える数の勇者〟たち。

 みな命をかけて異世界を救い、たとえ闇に囚われても諦めずに戦い抜いた、歴戦の救世主たちが奏汰の虹の元に集結していた。


『――僕を、殺して』

『僕を、止めて――』

『――とう、さん』


「あの子の事も、時臣のことももうみんなもわかってる……! 僕たち勇者が、今ここでなにをしないといけないのかも!!」

「たとえ嘘をつかれていたとしても、わたしにとって時臣さんは大切な恩人なんです……! お願いですつるぎさん……! わたしたちの力で、みんなを――!!」


 加速する虹の先。

 未だ自らの闇にその身を焼かれる真皇の――ひかるという名の少年の絶望が木霊する。


 数多の勇者の――そして闇に飲まれた数え切れないほどの命の願いに支えらた奏汰は少年の元に飛翔しつつ、その手に握る勇気の聖剣リーンリーンを新九郎と共にそっと握りしめた。


「実は僕……ずっと考えてたんです」

「うん?」

「父上は……天道回神流てんどうかいしんりゅうの剣は、勇者を殺すための剣だって仰ってましたけど……」


 流れゆく虹に身を任せたまま、奏汰と身を寄せ合い、共に聖剣リーンリーンを握りしめた新九郎が不意に呟く。


「僕にとっての勇者さんは、僕の大切な母上で……とっても仲良しのお友だちで……世界で一番大好きな旦那様なんです。だから、僕にはどうしても父上みたいには考えられなくて……」

「新九郎……」


 迫る闇を見据えたまま。

 そう話しながら奏汰を見る新九郎の横顔は、どこまでも穏やかだった。


「きっと、僕の終型ついけいは〝勇者を殺す剣〟じゃない……僕に沢山の気持ちをくれた大切な勇者のみなさんと、これからも一緒に生きるための剣。きっとそれが……〝僕の最後の剣〟なんだって。今は……そう思うんです」

「ああ……そうだな」


 新九郎の決意に、奏汰もまた笑みを浮かべて頷く。

 もはや、一つとなった二人の心に迷いはなかった。


「天道回神流、勇の終型――月虹一心げっこういちじん


 瞬間。奏汰と新九郎の声が重なり、固く結ばれた二人の手が掲げる勇気の聖剣が暖かな光を放つ。

 放たれた光はまるで春の陽差しのようなぬくもりで闇を切り裂き、絶望の闇に凍えるひかるの心を穏やかに暖めた。


『――ああ』

『ひかりが――』

『――とても、あたたかい』


 ただ真っ直ぐに。


 数多の勇者の想いと無数の命の願いを乗せた二人の虹が、泣き止まぬ少年の心にそっと触れた――。


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