光と闇の支え


『闇――』

『――懐かしい闇』

『汝は――』


「ほーっほっほ! 我こそはお主の心の友にしてお主自身……!! お主のことをこの世で最も良く知る男、無条むじょう様であるぞ!!」


 増大を続ける闇を前に為す術無く飲まれるオーラクルス。

 しかしその窮地に現れたのはもう一つの闇。


 七色に輝く虹の光と共に飛翔する、無条親王の放つ強大な闇だった。


『みんな無事か!』

『遅くなりました! 僕たちが来たからにはもう大丈夫ですからねっ!!』

つるぎさんっ!』

吉乃よしのっ!? どうして無条までっ?』


 その光景はまさに光と闇の結束そのもの。

 まるで互いに手を携えるように、無限螺旋の二重線を描いて飛ぶ虹と闇。

 そしてその螺旋軌道の頂点には、七色の翼をはばたかせ、自らが虹そのものと化した剣神けんしんリーンリーンの機影がはっきりと見て取れた。


「ほーっほっほっほ! エルミールもカルマも無事でおるな! それにこの気は……あの時の〝刃のような女子〟かの?」

『無条……まさか、お二人は無条を倒すのではなく、救うためにあの場に残っていたというのですか!?』

『俺はそこまで考えてたわけじゃない。だけど新九郎しんくろうは違った……新九郎だけは、最初から〝無条と向き合う〟ことだけを考えてここに来てたんだ』

『えへへ……それが出来たのは、こんな僕を信じて一緒に残ってくれた奏汰かなたさんのお陰ですっ! 前に明里あかさとさんの話を聞いてから、一度無条さんともちゃんとお話ししたいなって……ずっと思ってたものですからっ!』

『吉乃……なんて子……』


 現れた無条の闇とリーンリーンの光。

 それは一度は闇に塗り込められたマヨイガを、綺羅星のような七色を帯びた〝別種の闇〟で押し返す。

 

 剣神リーンリーンの放つ力は、数多の命を奪い去った真皇しんおうと対峙し、究極まで力を高めた今のオーラクルスと大きな差異はない。


 しかし真皇の闇を誰よりも知り尽くし、半ば同一化すらして見せる無条という〝闇の先導者〟の導きを受けることで、リーンリーンの虹は闇の中枢にその光の楔を打ち込むことに成功していたのだ。


「ほむほむ……? すまんが、面倒な仔細は後回しでよいかのう? 今この時の大事は、我が友ひかるをなんとしてもこの闇より救うこと……そしてお主らの願いを叶えることであろ? もたもたしている暇はないぞよ!!」

『……っ! たしかに、貴方の言うとおりです!! 私たちも続きましょう、緋華ひばなさん!!』

『それはそう……けど無条にそれを言われると、正直とてもとても腹立たしい。あとで納得するまで説明して貰う』


 闇から逃れ、再び態勢を整えたオーラクルスがリーンリーンの光に合流。

 勇者の光芒を引き連れた無条は実に楽しそうな笑い声と共に真皇の闇を切り裂き、その心奥へとまっすぐに加速する。


『――なぜ戻ってきた?』

『汝と我はすでに分かたれた――』

『――汝は滅び』

『我も共に滅びるが定めのはず――』


「嫌じゃ嫌じゃ! 我はまだ滅びとうない……食い切れぬほどの美味い料理に舌鼓したづつみを打ち、我に優しゅうしてくれる女子と双六すごろくで夜通し遊んだ上、気の合う者共と一日中蹴鞠けまりに興じておりたいのよ! 我は楽しい事が好きで好きでたまらぬゆえのう!」

『こ、こいつ……やっぱりぜんぜん変わってない……』

『でもでも、無条さんの気持ちは僕にもすごくよくわかりますっ! 僕も美味しい物はいくらでも食べたいですし、奏汰さんや姉様や江戸のみんなと、死ぬまでずーっと遊んで暮らしたいなっていっつも思ってますから! どやっ!!』


『――なぜだ?』

『なぜ〝汝が願いを口にする〟――?』

『――汝は我。我は汝』

『願いこそ、可能性こそ悲しみの根源だと――』

『――汝も理解しているはず』


 瞬間。数千、数万という数の死万岐しまた大蛇おろちの鎌首が光と闇の行く手を阻もうと立ち塞がる。

 漆黒の闇にあってさらに黒く沈む大蛇の影が、巨大な津波と化して全てを飲み込まんと迫る。


「新九郎と奏汰のお陰ぞ……この者たちのお陰で、我は思い出したのよ」

『思い出した――?』


 しかしその闇めがけ、無条はかつて同様の禍々しさを持ちながら、どこか無邪気さを感じさせる闇の奔流を放ち、リーンリーンとオーラクルスに迫る真皇の力を正面からいなし、受け流す。


「たとえ何もかもを忘れても、我はやはり戯れ遊びが大好きなのよ。そして我がそう思うと言うことは、ひかるよ……〝お主も本当はそうである〟という何よりの証であろう!?」

『ここに来るまでに、ひかる君のことを無条さんから聞きました……ひかる君がどれだけ頑張って、どれだけみんなのために耐えてきたのか……全部聞いたんですっ!!』

『どうして時臣ときおみさんがあんなに必死だったのか……どうしてあんなに神と勇者を憎んでいたのか。それも今ならわかる……! だから俺たちは、無条と一緒にここまで来たんだ!!』


 無条の闇に続き、奏汰の虹と新九郎の浅緑せんりょくが重なった光が一気に前に出る。

 それは七色を超えた八つの光芒を炸裂させ、星すら一呑みにするほどの巨大な大蛇のあぎとへと突貫。

 一瞬の静寂の後、大蛇を構成する膨大な闇を内部から木っ端微塵に打ち砕いて貫通爆散――更に速度を増して加速飛翔した


『――やめろ』

『来るな――』

『――もうなにもかも遅い』

『我は――〝僕〟はもう、自分を抑えられない』

『――助けなくていい』

『支えなくていい――』

『――お願いだから、早く僕を殺して!』


 大蛇の顎を貫いた先。

 その濃度を増し、まるで深い深い海の底――深海の如き冷たさと闇の中に響く少年の懇願。

 悲鳴のようにすら聞こえるその音の渦を超え、二つの光と一つの闇は構わず走り抜ける。


『――無理だよ』

『あなたたちがどんなに強くても――』

『――この憎しみは消えない』

『この悲しみは消えない――』

『――僕がやってしまったことは消えない』

『もう、どうしようも――』


 瞬間。深海の闇が膨大な質量と共に奏汰たちの存在を飲み込みにかかる。

 それは、それまでとは比較にならぬ圧倒的質量。

 リーンリーンの光も、オーラクルスの光も、無条の闇も。

 全てが一度に圧殺されるほどの、決して抗えぬ滅殺の意思だった。しかし――!


『そんなことない!! 君はずっと一人で頑張ってきた。一人で千年もこの闇を抑えてきたんだ――!!』

『それなら、僕たちみんなでやればきっともっと上手くいきますっ! 僕の大好きな旦那様の奏汰さんと、江戸一番の天才美少女妻剣士であるこの剣新九郎つるぎしんくろうにお任せあれですよっ!!』

『貴方には〝なんの罪もない〟……! 貴方がやってしまったことなんて、まだ何一つないっ! だから貴方だって……願いを抱いてもいいんです!!』

『子供なら子供らしく、素直にわたしたち大人に頼ればいい……そうしたら、後はわたしたちがなんとかする。それが大人の役目』


 まるで巨大な門の扉が閉ざされるかのように……迫る救いの手を拒むかのようにのしかかる闇。

 しかし奏汰たちはその闇に抗い、眩いばかりの光の矢となって突撃。


『だめ、だよ――!』

『――来ちゃ、だめだ!』


 マヨイガに広がる全ての視界、全ての感覚が闇に閉ざされるのと同時。

 闇の黒すら加えた奏汰の極光と真皇の極黒は、正面から激突して陰陽の地平へと落ちた――。


 

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