辿り着いた答え


 しゃらん――。


 ――――――

 ――――

 ――

 ――

 ――

 ――


 闇。


 広がるのは、終わりも果てもない闇。

 そしてその闇に浮かび上がるは、鮮血で染め抜かれたように赤い巨大な逆さ富士。


 そしてよくよく周囲に広がる闇に目をこらしてみれば、そこには数多の命と可能性の残滓ざんしが無惨に砕かれ、濃密な闇の藻屑となって広がっていることがわかる。


 突如として溢れた膨大な憎悪と、その狭間に聞こえた危機を知らせる少年の声。そして――。


『――ああ、そうだったんだ』


 どこまでも続く闇の中。

 互いの光を必死に繋ぎ、散り散りにならぬように意識を束ねるカルマとエルミール、そして緋華ひばなの三人はそこで先ほど耳にしたのと同じ少年の声を聞く。


『僕だけじゃなかったんだ――』

『――なにもかも壊したいって思ってたのは』

『辛い目にあってたのは――』

『――酷い目にあってたのは』

『〝僕だけじゃなかった〟んだ――』


 周囲を埋める闇に、突如として〝幾億もの光〟が灯る。

 否、それは光ではない。

 膨張した闇に取り込まれ、砕かれた数千、数万という数の〝異世界の記憶〟だった。


『――みんな、とても辛かったね』

『大切なものを奪われて――』

『――大好きな人を奪われて』

『嫌で嫌でたまらなくて――』

『――こんな世界、消えてしまえばいいって』

『みんなも、そう思ってたんだね――』


 三人の周囲に広がる数多の記憶の光。

 それは時間という概念すら超越した、今まさに起きていることでもあり、過去に起きたことでもあり、これから起きることでもあった。だが――。


「こ、これは……この光景は……っ」

「どうして〝こんな物〟を見せるの……?」


 だがしかし。闇に浮かび上がった綺羅星きらぼしのような記憶の星雲は、その全てが凄惨かつ残酷な殺戮と憎悪――そして〝絶望の現実〟を映し出していた。


 無慈悲に命を奪われ、引き裂かれる親子がいた。

 強大な力によって踏みにじられる願いがあった。


 欲望と殺戮。

 謀略と裏切り。

 酷薄と加虐。


 そこには命が持つあらゆる負の面を収束させた、目も背けたくなるような無惨な光景が浮かび上がっていた。


僕だけじゃなかった僕だけじゃなかった――』

『――辛かったのは辛かったのは

泣いていたのは泣いていたのは――』

『――僕だけじゃなかったんだ僕だけじゃなかったんだ

だからだから――』


 世界はあまりにも厳しく、残酷で、絶望に満ちている。

 かつて、少年が目の前で無慈悲に最愛の母を奪われたように。

 あまねく命は、その全てが絶望と悲しみの中で生きている。


 可能性などなければ。

 願いなど抱かなければ。

 人の暖かさなど知らなければ。


 全て消えてしまえば。


 誰も悲しむことはない。

 誰も絶望することはない。


 それこそが、目の前で母を奪われた心優しい少年が無数の異世界を喰らい尽くした先に至った〝答え〟だった。


『――だから、僕が終わらせるそれでも、みんな生きている

もう誰も夢を見ないように辛くても夢を見て――』

『――もう誰も奪われなくていいように奪われても前を見て

僕がぜんぶ、消してあげるみんな、必死に生きてるんだ――』


 それまで闇が帯びていた気配が、冷え固まるようにして変貌する。

 無数の記憶の光の前を、闇が横切る。


 闇に浮かぶ記憶の光をさえぎり、その巨躯の果てすら見えぬ闇と憎悪と絶望からなる〝死万岐しまた大蛇おろち〟がゆらりとその身をもたげる。そして――。


『――そうだどうか

『我は願いを終わらせ僕を終わらせてる者――』

『――我が闇で全ての悲劇を無に還どうか、僕を殺してくださいそう――』


 だがその時。

 三人は確かに声を聞いた。


 闇から響く悲しみと苦しみに満ちた木霊とは別に、かすかに届いた少年の声を。

 自らの消滅を望み、先ほど闇の濁流からカルマたちを救ってくれた、どこまでも無垢な少年の声を聞いたのだ。


「今の声は……!」

「間違いねぇ……! 俺が前にここで見た、時臣ときおみのおっさんが助けようとしてた〝あの子の声〟っしょ!!」


 瞬間。救いを求める少年の声を聞いたエルミールとカルマが、闇に向かって驚愕の眼差しを向ける。


「緋華さん、わかりますか!?」

「あなたならそう言うと思って、〝もうやってる〟。ほんの少しだけど……闇の流れをせき止める〝何か〟が見える……たぶん、これがあの子……」

「やっぱ、あの子はまだ生きてるってことだな……!」


 周囲を埋め尽くす濃厚な闇。

 その闇に満ちる膨大な憎悪と怒り、そして悲しみはその全てが世界の破滅を望む怨嗟の声に満ちていた。


 もはや、そこにかつての優しい少年の意思などなく。


 たとえ残っていたとしても、この破滅の化身を打倒する助けになるなどとは到底考えられない状況だった。


「なんにせよ、あの闇を前にしてつるぎさんの策を通す事は出来ません……! 〝あの子のこと〟は私たちに任せて、カルマは囚われている皆さんの解放を頼みます!!」

「任せときなって! 頼んだよエルきゅん、はなちゃんもさ!」

「はぁ……仕方ない。あなたたち勇者のやり方にもだいぶ慣れてきた……」


 しかし。

 だがしかし。


 もし自分たちの言葉が、まだこの〝罪なき一つの命〟に届くというのならば、たとえ本来の計画とは異なる道であっても手を差し伸べる。


 それがこの地で自らと他者の痛みをその身に刻み尽くした二人の勇者と、一人の隠密が共に出した答えだった。


「では、緋華さん――!!」

「がってん。わたしはいつでもいける……!」


 闇の中で掲げられたエルミールの聖剣――オーラクルスがかつてないほどの輝きを闇の中に放つ。

 その光はエルミールと緋華を共に包みながら収束。

 秒とかからぬうちに純白の甲冑に巨大な十字架を背負う勇者の最終到達点、閃神オーラクルスとなって顕現する。


『囚われた勇者たちを解放し、その力を結集して闇を滅ぼすことがつるぎさんの策……! カルマを守り、私たちの言葉をあの子に届けられるのは、今この時しかありません――!!』

『あの子の居場所は見えてる。飛んで、太助たすけ――!』


 機神形態を取り、闇を照らす光そのものと化したエルミールと緋華が飛ぶ。

 オーラクルス内部で並び立った二人は緋華が放つ雷光に導かれるようにして加速。

 立ち塞がる闇を切り裂き、一条の流星となって闇の天を昇った。


『――〝我は真皇しんおう〟』

『無数の可能性を閉ざし――』

『――あまねく希望を喰らい』

『全ての絶望を終わらせる者――』


『ぐっ――!?』


 真皇。


 ついに自らその名を口にした闇が、閃神オーラクルスの放つか細い光をまたたく間に叩き弾く。


 エルミールと緋華の絆と力はかつての無条と対峙した時とは比べものにならぬほど増していたが、覚醒した真皇の闇の前ではあまりにも矮小。

 闇に弾かれたオーラクルスの光は大きく湾曲しながら虚空を奔り、しかしすぐさまその勢いを増して再び闇に挑む。


『確かに貴方の言うとおり……生きるということはとても辛く、耐えがたい絶望が待ち受ける苦難の道でしょう……。逃れられるのなら……避けられるのなら……もしもう一度〝あの時に戻れるのなら〟と……私も、何度思ったかわかりません……っ』


 僅か一撃で大きく破損したオーラクルス内部の魂の座。

 中破したオーラクルスと同様に傷つき、緋華に支えられてなんとか立ち上がったエルミールは、まるで自らの内にある苦悩と後悔を吐露するように呟く。


『――ならば身を委ねよ』

『我の闇の中で――』

『――苦しみも、悲しみもない世界で』

『我と共に眠ろう――』


 まるでエルミールの苦悩と苦しみを哀れむような真皇の声。

 真皇は哀れな勇者の苦難に満ちた旅路を終わらせるべく、星の質量にすら匹敵する膨大な闇の濁流をオーラクルスめがけて叩きつける。


『いいえ……! 私は貴方と共には行けない……どれだけ絶望し、何度後悔を重ねたとしても。それでも――!!』

『わたしたちは、まだ死ぬつもりはない――!!』


 刹那、オーラクルスの放つ閃光に紫色の雷撃が激烈な放射をもたらす。

 そしてそれと同時、オーラクルスの機体背面に備わる巨大な十字架がついにその連結を解除。

 解放された〝神判の十字架〟はオーラクルスの周囲を舞うように飛んで迫る闇を打ち砕くと、神々しい閃光を放つ〝射程距離無限の光剣〟となってオーラクルス前方を埋め尽くす闇を一太刀の元に焼き払ったのだ。


『たった今……私は〝貴方の声〟を聞きました!! たとえ闇に飲まれても……貴方だって、まだ願いを捨ててはいないのでしょう!?』


『我の、願い――?』

『――そうやもしれぬ』

『だがそうだというならば、その願いと共に我も消えよう――』

『――我も、汝も、なにもかも共に』


 銀と紫が混ざり合い、紫銀の光芒と化したオーラクルスの無限の十字が押し寄せる闇の津波に正面から拮抗する。

 だがその拮抗は一瞬。輝きを増すオーラクルスの光を更に塗りつぶすべく、無限とも思える真皇の闇は尽きることなく押し寄せる。


『ぐっ――! ああああああああああああッッ!?』

『……っ!! 前、を……っ! 前を向いて、太助――!!』


 迫る闇に光が飲まれる。

 光は尚も決死の抵抗を見せて二度三度と明滅するが、いくら押し返そう尽きることの無い闇の前に、やがてその光は見えなくなっていく。


『私……は……っ! 祖国を……シェレン様を――!!』


 もはや、オーラクルスだけでなく遙か彼方で勇者たちを解放するために残ったカルマの安否すら定かではない。


 鮮血の山脈も無音の荒野もなにもかも。

 ありとあらゆる物が真皇の闇に飲まれていく。


『――これで、悲しみは終わる』

『苦しみも終わる――』

『――もう、誰も泣かなくていい』


 全ては闇。 

 無こそが結末。


 そう思えた、その時――。


「否――っ! 誰よりも心優しきお主が消えて全てが終わる……そのような結末、我は絶対に嫌ぞ!! 我らはいつだって二人で一つ……千年経っても変わらぬ〝ズッ友〟のはずであろう!? のう――ひかるよっ!!」 


 そこに現れたのは闇。


 襲い来る結末の闇に向かいどこからともなく現れたのは、眩いばかりの虹の光と共に飛翔する〝もう一つの闇〟だった。


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