斬るべきものは


『くそ……っ! なんで勝てねぇんだッ!?』

『あはははっ! 今回も僕の勝ちだねっ! どやっ!!』


 切り抜けた光の先。

 渾身の切っ先の更に先。


 暖かな光に包まれた家晴いえはるは、そこでまだ二人だった頃の光景を見ていた。


新太郎しんたろうはさ、斬ってやるー! っていう気持ちが強すぎるんだよ。そんなに力まなくたって、今の新太郎ならもうなんでも斬れると思うんだけどなー』 

『うるせぇ……! 斬ると思わねぇでどうやって斬るってんだ……! てめぇだって、次こそは絶対にぶった斬ってやる……!!』


 勇者として三つもの異世界をその〝戦いにおける技量のみで救った〟エリスセナに、当然ながら出会った頃の家晴は手も足も出なかった。

 

『だーめー! 僕は斬っちゃだめでしょ? だって僕が君に斬られて死んじゃったら、ひとりぼっちになった新太郎が寂しくて泣いちゃうもんね』

『泣くかッ!! もう一度だ……!! 今すぐぶった斬ってやる!!』


 常日頃からどやどやふんすと鼻息荒いその横顔を。

 いつも前だけを向き、笑みを絶やさぬその横顔を。


 必ず認めさせてみせる。

 いつか必ず、自分の剣で驚かせてみせる。


 もはや自分の心が彼女のことばかりに囚われていることにも気付かず、家晴は何度となくエリスセナに挑み、彼女の〝どやの糧〟となったのだ。


『この世界にはね、斬っちゃだめな物や人が沢山あるんだよ……それが分かるだけで、新太郎はすぐに僕なんかよりずっと強くなるんじゃないかなーって……そんな気がするんだっ!』


 今の家晴にとって、その日々は何にも代え難い記憶。

 何度となく倒され、目の前でどやられ、悔しさが胸を埋める。


 当時は果てしない屈辱だと思っていたそれが、今は思い出すだけで暖かな思いが胸を満たす……家晴が前に進む意味そのものだった。だから――。


 ――――――

 ――――

 ――


 解き放たれた閃光。

 交差する極致と極致。


 時臣ときおみが放った紛う事なき渾身の一撃が、時空と因果とを飲み込んで家晴の左腕を肩口から斬り飛ばす。


 だがしかし。


 家晴の放った最後の刃はその時すでに時臣の巨躯を天地から押し潰すようにして切り裂き、胴体左下からの切り上げと右肩口からの袈裟斬りによって、時臣の身に宿る力の根源を断ち切っていた。


「なん……だと……ッ!?」

「これが、〝俺たちの終型ついけい〟……そうだな……エリス……」


 その身からおびただしい鮮血を吹き出し、時臣が一歩……二歩とたたらを踏み……ついには周囲を揺るがしながら仰向けに倒れる。

 家晴は残された右腕一つで握りしめた刀をくるりと回し、刃に残る鮮血をぴしゃりと払って納刀。そのまま静かに膝を突いた。


「――家晴!! 安心したまえ……君の怪我は、神であるこの私がすぐに治すからっ!!」


 二人の決着を見届けたクロムがすぐさま家晴の元に駆け寄る。

 すでに、クロムの傷はルナによって癒やされている。

 時臣によって断ち切られていた神の力も行使可能となり、家晴の負傷を治すことも容易いものだった。だが――。


「ま、て……! 俺は、まだ……ッ!!」

「いいえ……! それ以上はさせません!!」

 

 だがその身と力とを家晴によって断ち切られた〝時臣は生きていた〟。

 しかしなおも起き上がろうとした時臣の身に、〝蒼白に輝く不定形の鎖〟が何重にも絡まる。


「ぐ……っ!? ルナ……!」

「まだ分からないのですか……!? 時臣様はたった今、〝あの方に命を救われた〟のですよ!?」

「な……!?」


 その鎖の主。それは勇者としての力を取り戻したルナ。

 ルナの持つ勇者スキル……ドミネーショ支配ン。

 それは他者を隷属の鎖で繋ぎ、事象すら意のままに操る絶対支配の力。


 先ほどルナがクロムの持つ神の力を癒やせたのも、全てはこの力によって神であるクロムの潜在意識に、〝自らの傷を癒やせ〟と拒絶不可能の勅命を下したためになし得たこと。


 いかに時臣といえど、家晴によって身と力とを斬られた上でルナの絶対支配に抗うことは不可能であった。


「最後の斬り合い……あの方は、もうほんの一つ踏み込むだけで時臣様の命を奪うことが出来ました。でも、あの方はそこで剣を引いて……!!」

「馬鹿な……なぜ……そのようなことを……!?」


 ルナの鎖によって拘束された時臣が、驚きと共にその視線を家晴へと向ける。一方の家晴はクロムによる治療を受けながら、下らぬとばかりに鼻を鳴らした。


「まだ死なせるかよ……こんだけ俺たちの土地をぶっ壊して、その後始末もしねぇうちに、てめぇだけ逃がすわけねぇだろう……」

「舐めるなよ……! この時臣がおめおめと生き恥を晒し、あまつさえお前たちに力を貸すとでも……!!」

「ハッ……誰も力を貸せなんて言ってねぇ。これだから……てめぇは救いようのねぇ阿呆なんだ……」


 その孤狼のようなぎらついた眼光を時臣に向け、しかし家晴はどこか父親然とした……時臣に再び再起を促すような、立ち上がれと背を押すような眼差しと共に、倒れ傷ついた時臣に次の言葉を放った。


「まだ残ってんだろう……? てめぇがそうまでしてなんとかしようとした奴が、今も地獄の底で〝てめぇが来るのを〟待ってんだろ……ッ!? 死んで逃げようったってそうはいかねぇ……てめぇが始めたことのツケは、きっちりつけてから死にやがれ……!!」


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