彼女の道


無条むじょう様のこと……ですか?」

「はいっ! 明里あかさとさんは、無条さんと京でお話しされたことがあるってカルマさんから聞きました。実は僕も、無条さんとは一度だけお会いしたことがあるんですけど……その時は思いっきり怖がっちゃって……」


 それは、奏汰かなた新九郎しんくろうが祝言を挙げるよりも前のこと。

 奏汰の策がまとまりを見せる中。思うところのあった新九郎は一人、歌明星うたみょうじょうの女将である明里の元を訪ねていた。


「カルマさんとクロムさんから聞いたこと……それに、僕が前にここで見たあの男の子のこと……色々考えて、僕ももっと無条さんのことを知っておいた方がいいんじゃないかなって思ったんです。なので、明里さんからも無条さんのお話を聞いておこうと思いましてっ!」

徳乃とくのさん……あなたは……」


 訪れた新九郎のその言葉に、明里は思わず感嘆の声を漏らした。


 明里は目の前に立つこの年端もいかぬ少女が、今まさに世を滅ぼすやもしれぬ魔の元凶を〝いかに倒すか〟ではなく、〝どうすれば理解できるのか〟を志向していることに、心の底から驚愕したのだ。


「……わかりました。私があのお方と共に過ごした時はほんの僅か。けれどその間に私が感じたこと……あの方を見て気付いたことを、包み隠さず徳乃さんにお伝えします」

「やったー! ありがとうございます、明里さんっ!」


 ――――――

 ――――

 ――


『行きましょう奏汰さん! 僕たちなら、きっと――!!』

『ああ……! 俺たちなら出来る!!』


 剣神リーンリーン内部。魂の座コックピットと呼ばれる亜空間で、共に肩を並べた奏汰と新九郎が互いに目を見合わせて頷き合う。

 かつて、台覧試合たいらんしあいに現れた闇の中でリーンリーンに乗った時、用意された魂の座は〝奏汰の物だけ〟だった。


 しかし今。思いを通じ合い、夫婦として身も心も一つとなった二人が立つ魂の座は二つ。

 その席次は前後でも、上下でもない。違わず並び立った二つの魂が鮮烈な虹の輝きを放ち、今にも崩壊を迎えようとする無条の残骸めがけてその剣を重ねたのだ。


『おお……おお……! 遊ぼう……遊ぼうぞ……! こう見えて、我は虫取りも得意ゆえのぅ――!!』

『来るぞ、新九郎!』

『承知――!!』


 落ちる光。

 そしてその光を求め、夏の羽虫のように巨大な腕を伸ばす無条。

 その力はすでに、台覧試合の闇の比ではない。

 理性というたがも、人格というたがもぐずぐずに崩れて解放された無条の闇は、その腕の一薙ぎで現世の全てを粉砕するほどの破滅を秘めていた。しかし――!


天道回神流てんどうかいしんりゅう――!!』 


 しかしその時。無条の闇に包囲されたリーンリーンが降下しながら光剣を構え、一振りのみだった聖剣を〝二振りの長剣へと分割〟。

 奏汰ではなく〝新九郎が見せる流麗な所作〟を取ると、二刀それぞれに溢れんばかりの虹の光を灯したまま、裂帛れっぱくの気合いと共に闇に叩きつけたのだ。


清流剣せいりゅうけん、開眼奥義――!! 虹天こうてん――終雪しゅうせつ龗神おかのかみ!!』

『お、お――おおおお!?』


 顕現。


 リーンリーンの振るう二刀から現れたのは〝七色の龍〟。

 それは奏汰の持つ七つの力それぞれを宿した光の奔流となり、制御不能となった無条の破滅の力をまたたく間に押し流す。


『まだだ新九郎! 一気に押し切るぞ!!』

『がってんです!!』


 無条の闇を切り抜けたリーンリーンは、そのまま無条の巨躯に大上段から追撃の切り下ろし一閃。

 奏汰の赤を宿した滅殺の炎が天と地を覆う無限の闇を焼き払い、地平の彼方まで林立する赤鳥居の廃墟を閃光で染める。


〝無条様は私に何をするでもなく、いつも隣でただにこにこと……一緒に鞠やおはじきで遊んだり……私の歌やおとぎ話にも、とてもお喜びになってくださいました……太田宿おおたしゅくであのようなことになるまで、あの方にそんな恐ろしい闇が潜んでいるなんて……少なくとも私には思いもよらないほど、無邪気に――〟


『――無条さんにも、僕たちと同じ心がある!! 明里さんや他のみんなと一緒に遊んで……楽しいって思う心がある!!』

『ほ、ほほ……っ? まさか……本当に、我と遊んでくれるのか……? お前たちは……我と……? ほほ……ほほほ……ほほほほっ! 楽しい……楽しいぞよ! おほほほ――!!』

『無条さん……! 僕はクロムさんや明里さんに、貴方のことを聞いたんです……貴方のことをもっと良く知れば、もしかしたら戦わなくて済むかもって……そう思ったから! だけど――!!』


 しかし増大した無条の闇は、極限まで高められた奏汰の赤を持ってしても滅しきることは叶わない。

 天にも届こうかという紅蓮の火柱が溢れる闇によって散り散りに砕かれ、まるで親に縋り泣きわめく子のように、無条の闇は奏汰と新九郎の駆るリーンリーンへと執拗に迫る。


『――だけど足りない。結局、いくら他の人に聞いたって駄目なんですっ!! 本当に貴方のことを分かろうと思ったら、やっぱり貴方と話さないと駄目なんですっ!!』

『はな、す……? 我と……話を……? おお……我も、みなと話すのは大好きでの……』

『だから僕はここに来ました――!! もう〝静流しずるさんの時〟と同じことは嫌だから……! 何度失敗しても、何度裏切られても……たとえ貴方が何をして、どんな人だったとしても!! 〝なにも分からないまま戦う〟なんて……僕は、絶対に嫌なんですよっ!!』


 迫る闇。その闇を貫いて虹の光芒が飛翔する。

 奏汰と新九郎が共に剣を振るう度に闇は晴れ、しかしその光を見た無条の闇は何度も何度も手を伸ばす。


 それはまさしく、打ち寄せる光と闇の満ち引き。

 互いに求めながら決して混ざり合うことはない、延々と続く世の摂理のようですらあった。


『それでいい――! 新九郎がそうしたいのなら、なにがあっても俺が支える!! 新九郎が何度間違えたって、どんなに傷ついたって、俺はずっと新九郎の傍にいるから――!!』

『だから僕は僕でいられる……〝僕の道はこれでいい〟んだって、大好きな奏汰さんがいつも隣で教えてくれるからっ!!』

『おおおお……っ! なんと……美しい虹であること……』


 そう。新九郎が事前に奏汰に話し、そうしたいと願ったこと。


 それこそは彼女がかつて拒み、今や世を滅ぼす災厄と化した〝無条と話をしたい〟という、あまりにも無謀な願いだった。

 

 倒すのではない。

 打ち勝つのでもない。

 

 笑みと共に歩み寄り。

 興味と共に理解する。


 それはかつて、新九郎が無意識のままに奏汰を癒やし、静流の喪失と共に自覚した彼女の持つ〝最も強い願い〟。


 母と父に愛され。

 江戸に住む多くの人々に愛され。

 その愛に応えようと懸命に生きてきた新九郎だからこそ見いだした、〝彼女の道〟だった。


『行きます、奏汰さん――!!』

『任せろ!! 新九郎の道は俺の道だ――!!』


 二人の想いを乗せ、剣神リーンリーンが虹の尾を引いて天に昇る。

 無数の赤鳥居を七色の光で染め、リーンリーンは天上の頂点で加速反転。

 そのまま両手に握る二刀を広げ、一条の流星となって無条へと加速。

 それを見た無条は自らが存在する空間そのものすら総動員し、リーンリーンの虹をその手に掴もうと無限に肥大化した。


『前にお会いした時は、逃げちゃってすみませんでした……今度は、ちゃんとお話ししましょうね。無条さん――』

『あ、あ……お主ら……お主らは……まことに我と……我を、見て……――』

 

 天と地から伸びた光と闇は、そのまま虚空の狭間で激突。


 凄絶な衝撃波を二度三度とマヨイガに響かせた後。まるで互いの持つ正と負を精算したかのように、何もかもを残さずに消えた――。


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