神無月


「なぜわざわざ別の世界の人間に頼るんだい!? そんなことをしなくても、私たちの力なら魔王だって倒せるじゃないか!!」


 神。


 それは、完全なる虚無の世界に生まれた変化と創造の意思の具現化。

 無に光と命をもたらそうというなんらかの意思が形となった、万物を生み出す力そのものといえる超存在……それが神である。


「ほっほっほ……未だ生まれたばかりの幼い同胞よ。君はまだ若い。それゆえに、全ての事象を自らの手で行いたがる悪癖がある」

「なんだって……!?」


 しかし、全ての神の中で最も最後に生まれ、最も若く、最も神としての使命感と情熱に燃えていたクロムが見た神は、もはやそんな〝超越者とは程遠い存在〟になり果てていた。


「考えてもみよ。魔王討伐などという荒事に我らが直接赴き、万が一手傷でも負えば、それは我らが管理する世界そのものの一大事」

「我ら神は絶対不可侵」

「決して傷つかず」

「決して間違わない」

「たとえ砂粒ほどの可能性だったとしても、我ら神が危険を冒すことなどあってはならないことなのだよ……幼い同胞よ」


 神という存在はあまりにも強く、あまりにも長い時を生きすぎた。

 その力が数多の世界と命を生んだことは事実でも、当の神々は自らが始めた異世界の創造と管理という行為にみ、とうに〝飽きていた〟のだ。


「ふざけるなよ……っ!! なら、私たち神の力は一体なんのためにあるっていうの!? 自分の世界に危機が迫っても、勇者に任せてただ見ているだけなんて!! そんな神に……存在する意味なんてないじゃないかっ!!」


 意味が無い。

 そんな自分では意味が無い。


 神として生を受け、ありあまる力と才覚を振るうことに胸を躍らせていたクロムを待っていた神の現状は、あまりにも無惨なものだった。


 その激しい憤りはやがてクロムを孤立させ、周囲の神々は彼を煙たがるようになった。


 あれほど唾棄だきしていた勇者にしても、クロムですら戦えば敗れるやもしれぬ程の大魔王が彼の世界に現れ、彼もまた奏汰かなたという勇者に頼らざるを得なかった。


(私は……何か一つでも、神としての役目を果たせたのかな……)


 挫折。

 神としてのクロムの記憶は、その尊大で自信家な姿とは裏腹に、大きな挫折と無力感に苛まれ続けた日々だった。だから――。


「やるよ……クロムがそうしたいって言うのなら、俺もクロムと一緒に戦う。俺みたいな勇者を、一人でも減らすために!」

「奏汰……」


 だから、クロムは奏汰と共に旅に出た。

 奏汰と共に、彼の相棒として共に戦えることが嬉しかった。

 生まれて初めて、神としての自分を感じることが出来た。


(ありがとう、奏汰……私は、君のおかげで――)


 ――――――

 ――――

 ――


「私は君のおかげで〝神になれた〟……! 神としての自分に、胸を張れるようになったんだ!!」


 開戦。

 神としての全力を解放したクロムが時臣ときおみへと加速する。


 そしてそれと同時。江戸城に残る最後の結界を破壊すべく、時臣が闇より生み出した強大な鬼たちと、結界守護のために集った武士たちも激突を開始する。 


「さあさあさあ! 現世の趨勢すうせいはこの一戦にかかっておりますよ皆々様! 我ら上代かみしろの者も総出で援護しますゆえ、死力を尽くして戦っちゃいましょ~~!!」

槍衾やりぶすま前へ!! 前線を固め、本丸への侵攻を許すな!! 城内は閉所ゆえ、それ以外の者は刀剣にて応戦せよ!!」


 武士たちの陣頭指揮を執るのは大老の鍋島なべしま寺社奉行じしゃぶぎょう夕弦ゆうげん

 見れば、すでに江戸城外の城下からも次々と火の手が上がり、鬼の侵攻がこの江戸城のみではないことを報せていた。


「あれ見て……! やっぱり城下にも鬼が出てるんじゃないの!?」

「であろうな! しかし我ら勇者屋の死地はとうに定まっている!! 城下は町廻まちまわりの皆々に任せ、我らはただ剣を振るうのみ!!」

「あっちは長谷部はせべの爺さんや岡っ引きの奴らが守ってくれてんだろ!? 今は信じるしかねぇ!!」

「かっかっか! このような時に町の心配とは余裕ではないか!! 俺も負けておれんな!!」


 江戸城のみならず、百万の都である江戸城下すら飲み込む闇の大攻勢。

 しかし城内で鬼と退治する春日かすが宗像むなかた三郎やぶろう平次郎へいじろうといった勇者屋の面々にも当然余裕はない。


 こうしている今も、城下では町奉行の長谷部老を筆頭に、木曽きそ同心や弥兵衛やへえ彦三郎ひこさぶろう伸助しんすけといった馴染みの者が命をかけて戦っている。

 そして今ここで彼らが敗れれば、現世を構成する何もかもは無条むじょうと共に消え去ることになるのだ。


「そんなことはさせない――! たとえここが私の世界じゃなくたって……一つでも多くの命を守り、導いてこその神だっ!!」

 

 光がはしる。


 神としての強大な力をその身に宿したクロムが、その両手に生成した〝双刀の光剣〟で時臣に突撃。

 時臣は難なくクロムの一撃を受けきるが、その表情には驚きと感嘆の色が浮かんだ。


「まさか、この俺に正面から斬り合いを挑むとは。自信か、それともただの身の程知らずか」

「もちろん〝前者〟さ!! この私を他の神と一緒にしないでもらいたいねっ!!」

「ならば見せろ、お前のその高慢な自信が砕ける様を」


 周囲に暴風のごとき光の竜巻を巻き起こすクロムの一撃。

 それはまともに喰らえば、たとえ魔王でも一撃で消滅するであろう真なる神の剣だ。


 しかし時臣はすぐさま力点をずらしてクロムの流れを断ち切ると、前のめりになったクロムのみぞおちめがけて鋭い蹴りを放つ。

 受けるクロムは時臣と競り合う双剣を中心にそのまま前方回転。

 純銀の光の尾を引きながら時臣の背後を取ると、双剣を握る両手を大きく開き、後方に目も向けぬまま全方位を切り裂く。


「やるな。どうやら口だけではないらしい」

「当たり前だろう!! 私はクロム・デイズ・ワンシックス……! 全ての神において最も美しく、最も優秀と謳われ(自称)、超勇者奏汰と共に百の異世界を救った完全無敵の高位神だよッ!!」

「……くだらん」

「くっ!?」


 しかし時臣は完全な死角からの一撃を余裕と共に迎撃。

 その肉体に裂帛の力を込め、そのままクロムの光剣の一方を返す刃で容易く打ち砕いて見せた。


「お前も他の神と同じだ。所詮、力ある者として生まれたお前たち神に、弱者の定めなど理解しようもないと言うこと」

「否定はしないよ……! 私はなにも分かっていなかった。奏汰と出会って、ここに落ちて、ルナと一緒に暮らすまで……私はなにも分かっていなかった! だけど――!!」


 光剣を砕かれたクロムは即座に飛翔。

 一息に時臣の直上へと駆け上ると、自身の周囲に神の力を収束させた裁きの光弾を数千と生成。

 一切の躊躇無くその全てを時臣めがけて叩きつけた。


「だけどこれからは違う!! 私は、私が〝何も知らなかったこと〟を知った……私たちが産みだした命が、どれだけ懸命に日々を生きているかを知ったんだ――!!」

「〝遅すぎる〟。今さらお前一人が気付いたところで、なにもかも手遅れよ!」


 しかし時臣は万にも届こうかという数の神の光弾を、たった一太刀で消滅せしめる。

 さらにはぎらりと上空のクロムを睨むと、目にも止まらぬ加速で神の眼前へと飛翔した。


「死ね。お前たち神の重ねたとが……引き受けるというのなら、その命を持ってあがなえ」

「神を――この私を舐めるな!!」


 時臣の刃がクロムへと迫る。

 しかしそれを見たクロムは、すぐさま自身と時臣の間に巨大かつ荘厳な〝門〟を数十、数百と生成。

 その白くしなやかな指を楽団の指揮をとるかのように振るい、迫る時臣を全方位から押し潰しにかかった。


「ほう……固く重く、〝良く練り上げられた力〟だ」

「伊達に奏汰の相棒を名乗ってはいないっ!!」


 迫る神の門。

 時臣は始め片手でその門の両断を試みたが、収束した神の力で生み出された門は時臣の刃を見事に弾き返す。

 自身の一撃を返された時臣は鼻を鳴らして空中を滑るように飛翔。

 迫る門と門の間を小刻みに駆け抜け、やり過ごしにかかった。


「君にとっての最大の誤算は、神である私を奏汰と一緒にこの世界に落としたことだ!! 君もまさか、勇者と神が一緒に世界を渡ってるなんて思いもしなかったんだろうっ!!」

「ふん……たしかにあの時、無条の闇を滅ぼすために俺は〝後一押しの力〟となる〝最後の勇者人柱〟を求めていた。超勇者の力は強大ゆえ、闇に直接落とすことも、狙った地に落とすことも叶わなかったが、この地で討ち果たしてしまえば同じ事と高をくくっていたのだ」

「けど残念っ!! 君は奏汰を故郷に送り返すためについてきた、この私まで一緒にここに落としてしまったってわけだねっ!! ざまーみろだっ! ああ、本当に――!!」


 刹那。クロムが創造した神の門が一斉に時臣めがけてその扉を開く。

 開かれた扉の向こうに渦巻く膨大な神の力が時臣を狙い撃つ砲口となり、無数に折り重なった巨大な門は時臣から逃げ場を奪う。


「本当に、奏汰を一人にしなくて良かった……! 一緒について行って良かった……! 最後まで奏汰の力になれて良かった……!! 私は奏汰の友として……〝奏汰と一緒にここに落ちたことを誇りに思う〟!!」

「友……神が、人を友と……」

「さあ、受けるがいい――!! これが私の……剣奏汰つるぎかなたの友として、百の異世界を戦い抜いた私の光だ――!!」


 閃光。

 数多の門に収束したクロムの純銀の光が、時臣めがけて一斉に放たれる。


 その圧倒的光は余波だけで城内に現れた大鬼の体を焼く裁きの力。

 しかし反対に、現世のために戦う剣士たちにとっては、その身を守り癒やす救済の光にもなった。そして――。


「よく分かった――認めよう、お前は確かに他の神とは違う」

「っ……!?」


 極大の光を放ったクロムの体が一度だけ震え、同時に彼が背負う星雲の光輪が砕ける。


「因果だな……たとえ憎んでいようと、お前のような神は〝斬りたくはなかった〟」


 声は背後。

 クロムがゆっくりと視線を巡らせると、そこには刃を切り払い残心する時臣の背があった。


 その時。すでにクロムの神の肉体は、時臣によって袈裟斬りに両断されていたのだ。


「か、な……――」

「眠れ……もし神にも来世があるのなら、もう二度と、お前が神などに生まれ変わらぬよう祈っているぞ」


 クロムの意識が急速に遠ざかる。


 切り裂かれた七枚の翼から飛散した純銀の羽が渦を巻き、クロムは鮮血に似た光の尾を引いて地に墜ちていった――。


 

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